第39話 作成するニャ
瞬きすると、ほこりっぽい別館から自分の部屋に戻されていた。
元屋みのりは生きている。
(……なんだったんだろう)
生きているが、なんとなく、身体中に麻酔が抜けた後のような脱力感はある。両頬を手で挟んで気合いを入れた。まだ足りない。ヨタヨタと歩いて部屋の扉を開けて、洗面台までたどり着くとバシャバシャと顔を洗う。ついでに台所に寄って、冷蔵庫で保管してあるエナジードリンクを1缶取った。プルタブを人差し指を引っ掛けてカシュっと開けると、ゴクゴクと飲み干す。
(よし)
現実の世界のMPがチャージされる感覚。
これからレモンティーとしてTGXの世界にログインし、宮城創から聞いた話(ほぼ理解はできていないが大事なのは“知恵の実”っていうのが敵というところ)をカイリに伝えないといけない。みのりは自室に戻り、ゲーミングチェアーへ深く腰掛けてTGXのログイン画面を開いた。ユーザーIDとパスワードを入力する。
エラーメッセージがポップアップで画面に表示された。
『ログインしています』
と書いてある。
「あれ……?」
そんなはずはない。みのりはパソコンを再起動させて、もう一度ログイン画面からログインを試行する。だが、同じようにエラーメッセージが表示されてしまい、ログインができない。そんなバカな。
考えられるのは、他の場所から“レモンティー”のアカウントにログインしている他のプレイヤーがいる可能性だ。
アカウントの乗っ取りである。
「嘘でしょ」
頬をつねった。痛い。嘘でも夢でもない。
公式サイトを開いてお問い合わせフォームから運営に相談しようとする。ただ、ここからだと対処されるのがいつになるのかわからない。順番に対応していくだろう。緊急事態だというのに悠長に待っていられない。
みのりは公式サイトをくまなく探して、電話番号を見つけた。電話なら早い。スマートフォンをショルダーバッグから取り出す。
(そうだ!)
スマートフォン。
ゲーム内と連絡を取り合う手段、あるじゃないか。
(メールを送ろう!)
六道輝が見せてくれた写真付きのメール。そのメールの送り主は間違いなくゲーム内のカイリである。
ならばそのメールアドレスに宛ててメールを送れば、ゲーム内のカイリとやり取りができる!
死人であるカイリがゲームの世界から現実の世界にメッセージを送っただなんて、冷静になって考えてみたらホラー以外の何物でもないけれどこうやってゲーム内のチャット以外でコンタクトが取れる手段を作り出してくれたのはありがたい。
みのりはメールアプリから『レモンティーです。返事をください』とメッセージを入力して、送信した。
メールが届く。
カイリからだ!
『レモン先輩!
いま、レモン先輩に襲われています!』
「ウチに襲われている……?」
襲われています!
と言われてもその“レモン先輩”はみのりではない。
すぐさま『ウチは今ログインしていない』と送った。
『いますぐやめてください!!』
みのりはTGXのログイン画面の左下、新規アカウント作成のボタンをクリックする。カイリが助けを求めているのにレモンティーのアカウントが使えないとなると、新しいアカウントを作るしかない。†お布団ぽかぽか防衛軍†の他のギルドメンバーにはサブアカウントを持っているプレイヤーもいたが、みのりは“レモンティー”のアカウントしか持っていなかった。レベル1のウィザードの“レモン先輩”を作る。
スマートフォンでちまちまとメッセージを送るよりパソコンのキーボードでゲーム内のチャットを使用したほうが早い。
『今どこにいるの』
陽光都市パスカルに出現したレモン先輩のアバターを左手に握ったマウスで動かしつつ、右手のスマートフォンでメッセージを送る。ギルドのメンバーになるかフレンド申請を送って承認されれば同じ画面上にアバターが存在しなくてもチャットが送れる上に現在位置も調べることができるが、作ったばかりのレモン先輩はユートピアのギルドメンバーではないしフレンド欄は0人だ。
『逃げた場所は教えられません!
さっき襲ってきたのに教えるわけないじゃないですか!』
カイリから返事がくる。
さっきカイリを襲ったのはみのりではない“レモンティー”なのであるが、カイリには判別できていないようだ。ここで現在位置を教えてしまえば逃げた意味がない、ということだろう。あの“レモンティー”がみのりではないことを証明しなければならない。さて、どうしたものか。
『レモンティーは今、アカウントを乗っ取られていて、ウチではない誰かが操作している』
こう言えば伝わるだろうか。伝わってほしい。レモンティーが何の理由もなくカイリを攻撃するはずがないじゃないか。短い付き合いだけど、そこそこの絆を築けているとみのりは信じている。もしカイリに伝わらなくても、その場にいるであろうルナにならわかってもらえる! 頼む!
『そのウチではない誰かって誰なんですか!』
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