第12話 憐憫の情を覚えてほしい
スニーカ族の領地、常夏都市ガレノス。
リゾート地として作られており、ギラギラとした太陽光が白い砂浜とヤシの木に容赦なく突き刺さる。
扉を開ける。
1マス進む。
閉める。
回転する。
開ける。
1マス進む。
閉める。
海を見る。
首を傾げて、逆方向を向く。
扉を開ける。
1マス進む。
閉める。
扉に向き直る。
開ける。
1マス進む。
もう一度波打ち際を確認する。
「何かの儀式ですか?」
カイリが疑問を呈した。儀式といえばそうなのかもしれない。ルナは「こうやって読み込み直しているの」と答える。初心者ミッションの第二段階はガレノスのビーチに低確率で出現するレインボーフィッシュのウロコをNPCに献上しなければならない。低確率であるがゆえに今、ホテルの扉を開けたり閉めたりしているのである。待っていても出てこない。こうやってマップを読み込み直すのが手っ取り早いのでこうしているのだが、カイリには不審な動きにしか見えなかった。
「こういう場所に来たんですし、せっかくなので遊びませんか?」
「クエストのクリアが優先ですの」
キッパリと断ったルナに「そうよそうよ。誰のために来たと思ってんのニャ」とレモンティーが便乗する。クエストを受注する前にウロコを手に入れていればクエストを受注した際に「もう持っているじゃあないか!」というセリフが表示されてその場でクエストは成功となるのでビーチとクエスト対象NPCとを往復しなくてもいい。ルナ自身は初心者ミッションを通っていないが、一般プレイヤーの初心者ミッションを手助けしているので初心者ミッションの内容は知っている。だからこそできる時短テクニックである。
「わたし、ここでのクエストが何なのかわからないんですけど……」
まさか扉をパタパタと開け閉めするクエストではあるまい。カイリがおずおずと訊ねると、ルナは「体調は大丈夫?」と話題を変えてきた。お目当てのレインボーフィッシュがなかなかに出てこないので乱数調整の意味合いも込めている。
ガレノスに到着する前。陽光都市パスカルのクエストを終えたあと、ルナはカイリとレモンティーを連れてコック帽のブルドッグが営んでいるレストランに入った。そこで提供されたのが“コケムストリのフルコース”である。
前菜は自家栽培のキャロットサラダ。次にビシソワーズ。ここまではよかった。その次に出てきたのがコケムストリの丸焼きである。こんがり焼かれた1羽を見てカイリが「さっき捕まえた子ですか!」と騒ぎ出したのだ。葦の草原では取り囲まれて恐怖を感じていたが、こうやって無惨な姿で目の前に現れたので今度は「なんて可哀想なことをするんです!」と哀れみの気持ちを抱いてしまったらしい。
「生き物は誰しも他の命をいただいて生きていくものなのよ」
「うぅ……わたしが捕まえなければこの子は……」
そんなやりとりをよそに切り分けるレモンティー。ナイフを入れれば皮はパリッと、中からジューシーな肉汁が皿に広がっていく。美味しそうな香りにつられてカイリのお腹も鳴ってしまう。
「お先に遠慮なく。いただきますニャ」
自らの皿に取り分けた分へフォークを突き刺してその肉を口に運ぶレモンティーに「はわあ!」とその両目を隠すカイリ。人並みにトウキョーで暮らしていた六道海陸は屠殺されて加工された後の“鶏肉”にしか馴染みがない。生きて動き回るニワトリ(に近い生き物)を見たのは生前死後初めてであり、このようにほぼ生前の姿形を保ったまま調理された一品に衝撃を感じていた。
お腹は空いているのに食べたいと思えない。
「ちょっと無理かもです。外で待ってます」
カイリはルナの「なら、他のメニューを頼みますわ」という申し出を聞き入れずに立ち上がるとレストランの外へ出てしまう。ゲーム内では時間の経過がないので、建物に入る前と出た後で雲の位置は動いていない。まるで天井に貼り付けられた絵画のように、その空模様には一切の変化がなかった。
「たかがゲームなのに考えすぎニャ」
レモンティーは《テレポート》で消費したMP(=Magic Pointの略。プレイヤーのスキルを発動するたびにそのスキルに応じた数値が減っていく。0になると使えない)を全回復した。体力はメイジの《ヒール》やウィザードの《リジェネレーション》などのスキルで回復できるが、MPは基本的にアイテムや食事でしか回復できない(例外としてシーフには相手のMPを奪い取る《マジックスティール》というスキルがあり、シーフの上位職のアウトローにはMPの上限値を半減させる《ジャミング》というスキルがある)。
装備されているアイテムのスキル(例えば、《ビキニアーマー》の《魅了》や《会心率上昇》など)は自動で発動し、こちらはプレイヤーのMPを消費しない。プレイヤーの魔法攻撃や補助魔法と各種装備に付随してくる効果の両方ともが“スキル”と表記されているので混乱するプレイヤーも多い。
「私、あの子がモンスターを倒せるのか不安になってきましたわ」
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