第11話 その性能を試してみてほしい


 パスカルに隣接する葦の草原。

 ここに出現するコケムストリというモンスターを7羽捕まえるのが初心者ミッションの最初のクエストである。


「待って! 待って待って待って!」


 追いかけるカイリ、手を伸ばした先から「コケーッコッコッコ」と鳴きつつ遠ざかっていくモンスター。コケコッコという鳴き声と植物のコケとを掛け合わせたネーミングとなっており、その姿はまさに“コケむしたニワトリ”。緑と白のまだら模様が特徴的である。

 一般プレイヤーならモンスターにマウスカーソルを合わせてクリックするだけでアバターが動き、特に苦もなく回収できる。なんせ“初心者ミッション”の第一段階だ。いの一番に強力なモンスターと戦わせるわけがない。まずはキャラクターの動かし方を覚えるところから始まる親切設計なのに、転生者のカイリは偉く手こずっていた。

 もしカイリが六道海陸であった頃、なら5分もいらなかっただろう。残念ながらそのような趣味は持ち合わせていなかったようで、転生後のカイリにも不得手と引き継がれていた。


「んぎゃあ」


 コケて顔が地面に突っ込んだ。が、めげない。体力ならある。

 このウィザードもとい“賢者”というジョブは体力の初期値が他のジョブに比べると低めに設定されているが、所属しているギルドの加護によるステータスの底上げのおかげでレベル30のファイター並みにはなっていた。ゲームマスターからドロップした《麻の服》ではなくギルドマスターのルナから渡された《ビキニアーマー》に装備を切り替えればよりステータスが上方修正されるのだが、カイリには《ビキニアーマー》で草原を走る度胸はない。

 ルナはレモンティーに気付かれないようにスマートフォンのメッセージ機能で「レモさんからはロシアンブルーが白いビキニを着ているようにしか見えないから」と進言している。が、カイリはこれをずっと無視していた。確かにそうなんだろうけれども。17歳の平凡な女子高生だったカイリにはまだ恥じらいがある。そんな破廉恥な格好で人前に出られますか。


「これは初心者ミッション、これは初心者ミッション……誰にでもできるならわたしでもできる! よし!」


 呟いて自己暗示をかける。誰にでもできるが一般プレイヤーと転生者とでは難易度が違いすぎた。そうこうしているうちに一般プレイヤーが次々とコケムストリを発見していく。ちなみにもう1人の転生者であるルナはβテスト時のデータを引き継いでいるので初心者ミッションは免除されており、カイリが苦戦しているだなんて夢にも思っていない。


 そのルナとレモンティーはライプニッツ大橋にいた。

 レモンティーは「こんなに時間かかりましたかニャ?」と現在時刻を確認している。これはカイリを心配しての発言ではない。親愛なるお姉様ルナと2人きりになれる時間は長ければ長いほど嬉しい。


 簡単なはずの“初心者”ミッションである。


 TGXというゲームに於いて先輩である2人は、カイリに付き添う必要性を感じていなかった。クエストを達成したら合流する予定である。終わるまでの時間を利用してマジカルハニービーというモンスターの出現スポットのライプニッツ大橋に来ているというわけだ。このモンスターはありとあらゆる状態異常を回復することができる《万病治療薬》をドロップする。

 例えばギルド対抗戦で相手のネクロマンサーから《スキル使用不可》のスキルを食らった際、この《スキル使用不可》状態を解除するには《万病治療薬》を使うしかない。それなのに《万病治療薬》は各都市のNPCから購入できないアイテムとなっている。1度使うとなくなってしまう消耗品はあればあるほどよい。ギルドの倉庫にたくさん備蓄しておきたいアイテムである。

 移動ならレモンティーの《テレポート》で一瞬だ。ライプニッツ大橋から葦の草原はマップ上で東から西への大移動となるが、とっても便利な《テレポート》のおかげですぐに葦の草原へと飛べる。


「何かトラブルが起こっているのかもしれませんわね。戻りましょうか」


 ルナはマジカルハニービーを炎属性の《フレイムウォール》で羽音ごと焼き払い、ドロップした《万病治療薬》を拾い集めながらレモンティーに提案した。他の誰よりもログイン時間の長いルナは、効率の良いモンスターの倒し方を熟知している。マップのこの座標に立ち、このスキルを発動させれば1回でモンスターを倒せて、倒した後に所定の時間(マジカルハニービーなら10秒後)経過すると次はこの座標にモンスターが湧いてくるからこちらの方角にスキルを発動させればよい。といった風に。


「……わかりましたニャ」


 本当はまだまだルナと2人きりの時間を満喫したいので葦の草原に行きたくないレモンティーだが、お姉様の友人である(とレモンティーは信じ込んでいる)カイリが手こずっているようなら助けてやってもいい。この手助けによってお姉様が評価を上げてくれるならレモンティーにとって願ってもないことである。それに、たった7羽をクリックするだけのクエストにここまで時間をかけているのは常識的に考えておかしい。マウスがおかしいとか、画面の表示がバグっているとか。ハードウェア的な問題があるのならパーティーメンバーのルナかレモンティーがコケムストリを7羽捕まえたのちにカイリのインベントリに渡して、カイリがクエスト対象NPC(パスカルのコック帽を被ったブルドッグ)に提出すればクエスト達成となる。


「うわああああああああああああ助けてええええええええええええええええええええええ!」


 レモンティーの《テレポート》による移動。

 葦の草原到着。

 即悲鳴。

 悲鳴の主は我らのパーティーのリーダー、カイリである。


「トラブルね」

「トラブルですニャ」


 コケムストリが《ビキニアーマー》を着用したカイリを取り囲んでいる。モンスターたちには《魅了》が効いていて、すっかりカイリにメロメロなので攻撃はしてこない。四方八方を塞がれて逃げられないカイリは2人に気が付くと「ルナさーん! レモンせんぱーい! そこで見てないでなんとかしてくださいよー!」と泣き叫んだ。このままではらちがあかないので意を決して《麻の服》から着替えたらこれである。着替える前は逃げられ続けていたのに今度は無限に寄ってくる。


「ハァ……ウチが捕まえるかニャ」




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