第270話 誘いと、呪文屋と、繰り返しと分岐

「ちょっと行ってみませんか」


 おも研の部室で、そろそろ引き上げようかなと思ってた俺に、レクティがそう声を掛けてきた。


「どこに?」

「新商売のお店です。ベーク・アンド・リッツという名前になってますけど」

「ベークとリッツのお店か。一度行ってみるのも良いか」


 婚約者4人とそのお店の前に立った。


「うちの店は永久保証だよ。あっ、オーナー。いらっしゃいませ」


 従業員、全員がお辞儀する。

 レクティはオーナーらしい。

 名前は二人のものだけど実質的にはレクティの店なんだな。


 店に入ると普通の品ぞろえだ。

 コンロ、水が出る蛇口、送風機、暖房、冷房、照明などが置いてある。

 デモンストレーションとして一台稼働してあるところなど、前世の家電量販店を思わせる。


 違うのは本棚が置いてある一角だ。

 家電量販店の雰囲気の中に本屋さんは違和感だ。

 いや、図書館かな。


「あれは何?」

「あれを見せたかったのです。なんだと思いますか?」


 うーん、本屋さんは違うな。

 本の中には少し汚れた物もある。

 古本屋さんか。

 でもそんなありきたりの物じゃないよな。


 何だろ。


 客が来たようだ。


「いらっしゃいませ。どのような呪文をお探しですか?」


 店員が応対する。


「氷を作る呪文をお願い」

「かしこまりました」


 店員が本棚から本を抜き取る。


「どのぐらいのサイズの氷ですか」

「コップに入るぐらいだから、これぐらいかな」


 客が手で大きさを示す。


「ではこれになります」


 開かれたページには、ソ・ミカカ語の呪文が書いてあった。

 店員が複写の魔法を使って呪文を写して客に渡す。

 代金を受け取り、これで売買が成立したようだ。


「呪文を売ってるのか?」

「正解ですが、時間切れですね」


 レクティが得意げにそう言った。


「誰の考えだ」

「商売にするには、わたくしが色々と手を加えましたが、発案はベークです」

「コピー対策が問題だな」


「それは手を打ってあります。呪文の写しはお札になってます。迷信深い人が多いですし、商人がコピーをやると叩かれます」

「神様を使うとはな。それはレクティの考えだろう」

「はい」


 この商売は巧妙に考えられているな。

 ちょうどいい威力の魔法を作り出すには、ソ・ミカカ語を知らないといけない。

 それに神様のお札を改造しようとする罰当たりは少ないだろう。

 お札が古くなったら、また買いに来るんだろうな。

 美味しい商売だ。


 教会に金を払わないといけない所が少し勿体ないが。


「タイトぅ、売れそうな魔法を教えてよ」


 いつの間にかベークがやって来て気持ちい目でねだる。


「お前いいかげんに新魔法作れるようになれよ」

「魔力を何か別の物にするのは覚えたんだ。でもそれじゃ便利だとは言えない」

「ループと分岐を覚えれば、ほとんど何でも出来る」


「ループって繰り返しだよね。ぜんぜん分からない」

「ループには4つの要素がある。まずカウンターの初期化。次に終了条件。次にカウンターの増減。最後にループの内容だ」

「全然分からない。カウンタって何?」

「数を数える物だ。指だと思えば良い。数を数える時に順番に折っていくよな。これと同じだ」

「うんうん、初期化は何?」

「カウンタ―をゼロから始めたり、1から始めたりする。これを初期化で決定する。もちろん初期設定で準備の魔法を組んでも良い。そんなのは特殊だが、まあ最初はカウンターが0から始まると覚えておけば良い」

「初期化はカウンター0ね。覚えた」


「次は終了条件だ。何回繰り返すかを決める」

「これは簡単だ」


 いうほど簡単じゃないけどな。

 プログラムでバグが起こり易いポイントだ。


「次はカウンターの増減。まあ最初は1ずつ増加で良い」

「うん」


「最後に繰り返す内容だ」

「こうして説明されると簡単だね。ええと」


 そう言ってベークは紙に書き始めた。


 『カタカナのには0から始まり、10回繰り返す、ニは1ずつ増加。繰り返し始め。ここに内容。繰り返し終わり』と書かれた。

 うん、出来てるね。


「じゃあ、1から10まで足す計算を作ってみろよ」

「ええと1から始まった方が良いのかな。答えをどうしたら良いんだ。ええと」

「カウンターと答えを入れる場所を分ける」


 『チは0。カタカナのには1から始まり、10回繰り返す、ニは1ずつ増加。繰り返し始め。チはチ足すカタカナのに。繰り返し終わり』と書かれた。


「出来てるね。優秀だ。次は分岐だ。もしも○○ならば、○○、違うならば○○。これが基本形だ。違うならば○○は省略できる」

「簡単だね」


 果たしてそうかな。

 まあ良いだろ。

 やってみると良いさ。

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