Medicine
伊島糸雨
第1話
『たとえるなら、なんだろう』
リノリウムの床が、てらてらと光を反射している。不整脈のように蛍光灯が瞬いて、青白い肌を露わにする。
『自分勝手。日和見。無秩序。退屈。気狂い。無彩色』
閉じられた細い道。横たわる肉。錠剤。散らばった容器。割れたガラス。そのようなものに、まとわりつかれている。
『どう思う?』
問われて、人差し指を頭上に向ける。彼女はそれを見て沈黙し、『なるほど』と呟く。
『雲かな』
頷く。過去に得た痛みを認めるように、粛々と、淡々と、肯定する。
『確かに、私たちは雲かもね。こんなにいっぱいいる。私たちも、こうなるんだ。救われるかはわからない。発狂するに私は賭けたけれど、考えてみればもう遅かったよね。こんなところでこんなことをする時点で、ここはパァだよ。どうかしている』
とんとん、と人差し指で側頭部を叩く。衝撃は毛と皮膚と肉と頭蓋に阻まれて、秘された脳を揺らすことはなく、その意志は揺るがない。
どうか救済を。助けてください、救ってください、お願いだから、どうか、と。
そのような祈りを、繰り返してきたけれど。
すべては無意味だと知っている。すべては無価値だとわかっている。
『けれど、だからこそやるんだ。これまでの肯定と清算とこれからのためにも。それをわかってみんなやった。みんなパァだったよ。たわんだリノリウムの箱庭の日々を、ここにぶちまけるんだ。私たちが』
たとえるなら、それは雲だという。ならばきっと、人は皆雲のようにあるべきなのだ。身体の中に折れた注射器の針を抱えたまま、風に流され、どこか遠くへと消えていくのがいい。箱庭から見上げた、あの空模様のように。
『──大好きだよ』
囁きが反響する。
錠剤を、飲み込んだ。
すべては病に罹患している。そして神は存在せず、ゆえに私たちは治療されない。
私たちが雲だとして、彼女たちもまた雲であったなら、所詮は皆無力なのだ。
いったい誰に、何が救えたというのだろう。
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