第227話 生卵

 そんな話を交わしている間に、冒険者達はバルゴさん達と親し気に話をしながら野営天幕の設置を既に終わらせていた。


 今回、商隊キャラバンを組んで開拓団ラドサに来訪する前に辺境伯ローベルト様とも話をしたようで、表向きは護衛の冒険者といいながら実際は騎士団の第二中隊から選抜された人たちという事だった。そんな話をドルナルドさんから耳打ちされて納得する。

 昔からバルゴさん達とも知り合いだったのか、どうりでね…

 

 その日の夜はもちろん歓迎会(宴会)… 娯楽が少ないから何かと酒を呑みたがるのは仕方ない事なのか?


 食事の準備の間に護衛してきた人達には風呂に入ってきてもらうことにした。しっかりと男湯と女湯で分けたことを説明しておく。バルゴさん達も入浴したそうな雰囲気だけど、男女を分けたおかげで狭くなってしまったので一斉に入浴するわけにはいかない。ガースさんが入浴のレクチャーをしながら一緒に入浴することになっている。

 脱衣所には、数字を振った格子状の棚とその中にバンブを編んだ衣類篭を入れてあり、予備の衣類篭も脱衣所の片隅に積み上げられている。余った木材を箱型に組んだ土台に座面はバンブの長椅子。設備が段々と整い、もうこうなると完全に銭湯そのものの雰囲気だ。とは言ってもこんな感想をいだくのはおれだけなんだけどね。


 早速ジーンさんとドルナルドさんが炊事場に入って調理を始めた。ジーンさんに仕込みを手伝うように言われてしまった。

 宴会メニューはスキャーキー? すき焼きか… 鋳鉄の鍋が無かったので土鍋で作るそうだ。鋳鉄鍋で肉を焼く工程はないのでボーアのすき焼き風鍋だな。ここまでくると焼き豆腐が無いのが残念で仕方ない、車麩はドルナルドさんの持ってきた食材にあったけどね。


 おれが手伝ってもそんなに効率が上がるとは思えないんだけど、スキャーキー用の卵を洗っておいてほしいと言ってた。

 コッケルの卵は、ハンザ君のお世話のおかげで毎日12~14個ほど採れる。マリーダさんの食事用に数日前から毎日 ”たわし洗浄” をしていて、鮮度と衛生管理には気を付けていた。サルモネラ菌が存在しているのかはよくわからないけどね。

 だけどその甲斐もあって、今では日々余りが出てくるので食糧庫に保管している数は増えていった。油断していたらおねぇ様方にチャワムシやプルンで全部消費されるところだったけど。


 マリーダさんのつわりも落ち着いてきたからいっぱい食べてもらって、お腹の中の双子の為にも栄養を付けてほしいな。


 ジーンさんは熟成させたボーア肉を薄切りにして大皿に刻んだ野菜と一緒に盛り付けている。その傍らではドルナルドさんが鍋を火にかけてメコー酒やショユー、コーブの出汁を混ぜて割り下を作っていた。

 砂糖代わりに麦芽糖を使って甘味を調整していたよ。砂糖は貴重品だからね。


 卵の洗浄も終わったので、各テーブルの上に練炭を入れたシチリーを置きいつでも着火が出来るように準備をしておく。当然ジョッキクーラーにも陶器製のジョッキを入れて準備は整っている。

 酒の保管庫からエールの樽も三つ運んできて、一つはサーバーにセットしておく。当然ミードの小樽も持ってきており、その脇でお湯割り用にシチリーに掛けたポットでお湯を沸かしておく。

 子供達もサクラさんと一緒に、戸棚から取り皿やボウルなどを取り出して各テーブルに置いていく。もちろんボウルの中には洗浄した卵が置いてある。

 テーブルごとにコップに入れて立てかけたトングや箸、フォークやスプーンなども置いていく。


 あとは護衛の人たちが風呂から上がってきたら、入れ替わりで子供達含めたみんなが風呂に行く。

 さあ、みんなが戻ってきたら宴会の開始だ。


 おれの目の前に置かれたシチリーの上で熱せられている土鍋の中に、ダッシュボーアの脂身が投入された。じわじわと脂が染み出してくる、一呼吸おいて薄切りされたダッシュボーアの熟成肉がダイブする。

 桜色の熟成肉に焼き色が付き

 まさに今! という瞬間に、ジーンさん渾身の割り下が注ぎ込まれ濛々もうもうと立ち上る湯気とともに何とも言えない香気が立ち上る。


 すかさず、卵を割り軽く白身を切るようにかき混ぜたら、すかさず土鍋の中のダッシュボーアの肉を引き上げてボウルの中の溶き卵にIN!

 軽く溶き卵の中を泳がせてから口の中に…


 美味い!


 上質な脂が口の中に余韻を残しているが、それを冷えたエールで一気に洗い流すように…


 プハァー!!


 同じテーブルにいたビラ爺と護衛の冒険者が目を見開く。


「ソーヤ、生卵じゃったが… 大丈夫か?」


「ビラ爺、大丈夫だよ。生で食べても大丈夫なようにしっかりと洗浄してあるから。心配しないで食べてみてよ。」


 ビラ爺はボウルに卵を割り入れ、同じようにさっくりとかき混ぜた。土鍋の煮詰まり始めた割り下にダッシュボーアの肉をくぐらせると、ボウルの中の溶き卵に漬けて持ち上げた。溶き卵をまとった肉をしばらく眺めて、意を決したかのように口の中に入れる。

 結果はすぐ表情に現れた。

 目を閉じて咀嚼して飲み込むと、ゆっくりとエールのジョッキを持ち…


 プハァ~~!!


「これはたまらんのぅ。肉が溶けるように口の中に消えていったわい。この卵が肉と脂と汁の甘辛い味を包み込んで一体になる… まるで口の中で料理が完成したみたいじゃ。

 そしてその余韻を冷えたエールがすっきりとさせておる。いくらでも食えそうじゃ。」


 その様子を見ていた護衛の冒険者も我先にと卵を割り溶き、割り下をまとった肉をくぐらせて口に入れる。


「なんじゃこりゃぁ~! とんでもなく美味いぞ! 

 いつも行く領都ラドの『』じゃぁ食ったことが無い味だ!」


 そう言って、冷えたエールを呑むと…


「この冷えたエールも最高だ。エールを冷やしただけでこんなにも味に違いが出るのか!!」


 あっという間にジョッキを空にしてしまい、エールのお替りのリクエストが入る。

 生卵を食べることに抵抗を感じていた他のテーブルにいた人たちも、その様子を見てスキャーキーを楽しみ始めた。


 一通り肉を食べたので、割り下とお湯を足して野菜を入れて煮込み始めた。野菜に火が通ったところで肉を投入する。肉と野菜を一緒に溶き卵にくぐらせて口に運びエールを呑む。割り下を吸い込んだ車麩も美味い! もう止まらないぞ!


 樽を交換したばかりのはずなのに、あっという間にエールの樽が空になる。もう最後の一樽だよ。


「ソーヤ、最後の〆を運ぶぞ。」


 ジーンさんと共に炊事場に行き、一度茹で上げて水で締めたウードンをもって食堂に戻る。ドルナルドさん、サクラさんにも手伝ってもらい4人で各テーブルを回りウードンを土鍋に投入していく。

 こうして開拓団ラドサの夜は更けていった。



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 年内の更新はこれにて終了です。

 今年2月の初投稿以来、お付き合いいただきありがとうございます。

 投稿再開は1/7を予定しております。


 皆様、よいお年を。

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