tutelary spirit that looks like a young girl

朝凪 凜

第1話

 今度やってくる人はどんな人だろう。

 前の人は女子大生で、近くの大学に通うために下宿をしていた。

 その後やってきた人は、やっぱり女子大生だった。近くの大学が女子大ということもあるのだろうか。同じような感じの女の人だった。

 しかし、どちらも大学を卒業すると同時に引っ越してしまった。私にも一度も気づかなかった。

 それから10ヶ月が経ち、再び入学シーズンがやってきた。

 早い人は年末には推薦が決まって引っ越し先を探しにやってくる。

 今年は雪が多かった。年末に降った雪が新年になってもところどころ残っている。

 何組か内覧にやってきて、しばらくしたら決まったらしく、清掃が入ってきた。

 引っ越し業者と一緒にやってきたのは母親らしき人と、今年から入学するであろうやはり大学生だった。

 一通りの家具が運び込まれ、フローリングには絨毯が敷き詰められた。エアコンや洗濯機、冷蔵庫も設置され、引っ越し業者と母親は帰っていき、大学生だけが残った。

 今日から一人暮しするのだろう、が――

 今までの住人は浮き足だってこれからの生活を楽しむのだけれど、今回の人は違った。

 入ってきた時から無言で、物静かというよりは無口という印象。

 言い方は悪いが、内気いや辛気臭いといういうのだろうか、鬱々とした雰囲気がある。

 しばらく見ていれば分かるだろうとあまり気にしなかった。


 そして一月ほどが経った。全くしゃべらない。まあ、一人なので普通はしゃべらないのだけれど、多かれ少なかれ独り言を言ったりするし、ふとしたときに声を出すものなのだけれど、それが全くない。

 それ以外にも食事も質素でテレビも動画も全く見ず、音楽も聴かない。ただただ静寂がいつまでも続く日々。

 さすがにどうしたものかと思っていると、住人が帰ってきた。帰ってくるやいなや写真を棚に飾った。

 どんな写真なのか覗き込むとここの住人である彼女ともう一人同世代の女の人が笑いながら並んで写っていた。

 なんだそんな顔も出来るのかと思って眺めていると――

「きゃっ!!」

 初めて聞く住人の可愛らしい声に少しばかり驚きながら振り返ると、スマホをこちらに向けていた。

 十数年ぶりに気づいてもらえたことが嬉しく、ついつい笑顔で手を振ってしまうが、住人は意外なことに驚くだけだった。

 スマホの画面を見て、直接こちらを見てを繰り返しているので、やはりカメラを立ち上げていたのだろう。

「なんで……?」

 どうやら失語症では無かったらしい。言葉が話せるなら私としても意思疎通が出来るので助かる。

 しかし不思議に思うのも分からないでは無い。直接こちらは見えないのだが、カメラを通すと見えるのが私だ。

 何故かは私も知らないけれど、誰も調べないので分からないままなのだ。

「声を出すのは十何年ぶりね。初めまして」

 そう声を掛けるが、住人はその場に固まったまま、瞬きすらしないでこちらを――いや、カメラの画面を見ていた。

「そんなに驚かないでくれると嬉しいわ。話すと長くなるんだけれど、座敷童っていうのかしら。学校の制服を着た女子高生にしか見えないでしょ?」

 ブラウスにタータンチェックのスカートを穿いたただの女子高生だ。直接見えないということ以外は。

 こくこくとようやく頷き、しかし気味悪がらないのは助かった。

「今までのここの住人、二人だったかしら、三人だったかしら。覚えていないんだけど、みんなね家の中でカメラって見ないのよ。だからずっと気付かれなかったの。可哀想じゃない?」

 物音は聞こえず、人や物に当たることも無い。声も普段は聞こえないが、カメラを通して聞くことが出来る。だからといって普段からしゃべっていても仕方ないので、声を出したのは本当に久しぶりだった。

「私のことは幽霊とでも思って、そんなに緊張しなくてもいいわよ。久しぶりにお話が出来るんだもの。私のことも話すから、あなたのことも聞かせて欲しいわ」


 それから30分くらいだろうか、私の座敷童になってからのエピソードを話して、ようやく落ち着いてきたので住人の話を聞くことが出来た。

 どうやらこの住人は元々ここで二人暮らしをするつもりだったらしい。

 姉妹で同じ大学に受かったのだが、引っ越す三週間前に事故に遭い亡くなってしまわれたそう。

 この住人はそれで大学に行くのもやめようかと思っていたけれど、母親にこう言われたらしい。

『あの子が受かった大学にあなたが行かなかったから悲しむんじゃないかしら。大学に行くのをやめてしまったらこう思うんじゃ無いかしら「私を忘れないで」って』

 そう言われ、ただ惰性でここまで来ていた。

 悲しみを乗り越えるのはまだ無理で、この一ヶ月ずっと沈んだままだったのだけど、今日の四十九日で決めたそうだ。ようやく頑張ろうと思い始めて卒業の写真を飾ったのだという。

「それは辛い話をさせてしまってごめんなさい。私はこの部屋からは出られないけれど、新しいものを招く存在。きっとあなたにも好いことがこれから起こると思うの。だから一人では大変だけれど、私と二人で少しずつでも進んで行きましょう」


 そこから二人の不思議な生活が始まった。

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