獣の角
上の空
一
「依頼の相談をお願いします」
リラが朝の受付を開始して一時間ほど経った頃、その若い女の子たちはやってきた。見慣れない二人組だった。戦士と魔術師の組み合わせの二人は慣れない手つきでタグを取り出した。五級の証である青く光るタグ・クリスタル。その淡い輝きを見て、おどおどとした様子といい彼女たちがここを利用するのは初めてだなと、リラは思った。
二人は、戦士の格好をした方がエルナ、魔術師用のローブを着た方がステラと名乗った。二人は昨日訓練所を卒業して冒険者の登録を済ませたばかりだった。二人が持つ短刀と杖も、訓練所を卒業した時に支給される安ものだった。
リラは形式通りに依頼斡旋所の利用の仕方、依頼を受けるにあっての規則などを二人に説明した。ひととおりの説明が終えると、魔術師の方の娘が、
「あの……今日可能な依頼はありません?」
といった。
リラはそれを聞いて眉をひそめた。
初めての依頼としては危険のない「薬草採取」もしくは「失せ者・遺失物探し」を紹介するのが通例ではあるものの、この日その手の簡単な依頼は薬草採取だけしかなかった。しかもその依頼すらこの初心者二人に任せるわけにはいかない事情があった。
薬草を採ってくること自体に問題はない。薬草はこの市から離れた所に生えていたが、新人とはいえ冒険者としての訓練を受けた者の足なら半日もあれば十分に日帰りできる距離であった。
ただその薬草が生えている場所は、危険生物として分類される獣が生息する地域のすぐ近くにあった。危険度は定められた等級でいえば下から二番目。資格としては一番下である五級冒険者でもなんなく倒せるモンスターではある。しかし依頼を斡旋する側として、初めての依頼に多少でも危険の伴うものを紹介することはできなかった。リラはそのことを二人に伝えた。若い女二人は納得できないようだった。どうしても依頼を受けてみたいといった様子で特に女魔術師の方は随分やる気にはやっていた。しかしリラは日を改めるようにと強く勧めた。
二人はしばらく迷っていたがやがて諦めもついたのか、詰まらなそうに意気消沈して帰っていった。その後ろ姿を見送って、リラも少し気の毒に思ったが、万が一危険な目にあってはと思い直した。それから日々の業務に意識を戻し、再び仕事に専念した。
昼近くなった頃だろうか。人の列がふと途切れた時、リラはふと隣の酒場への出入口に目をやった。すると先ほどの二人がまたやってくるのが見えた。二人の後ろには男が一人ついてきていた。長い髪を後ろに無造作に束ねた、するどい目つきをした男だった。その男はリラも知っている人物だった。何度か受付対応したこともある冒険者の男だ。
三人は受付にやってくると、ステラが代表のように一歩前に出てきて、
「三人でなら先ほどの依頼受けられますよね?」
と興奮した様子で聞いてきた。そして後ろにいるエルナと男を手で示した。
どうやらステラ達は経験のある冒険者に助けを求めたらしい。よく見つけてきたものだと、リラはこんなときに変な関心をしてしまった。が、男を見てこの人ならまあ、とこれまた妙な納得をした。
グリスというその男は酒癖が悪く、女好きとして有名だった。その素行のおかげでいまだに四級冒険者止まりだった。顔を赤くしているところを見ると、おそらく朝から酒場で飲んでいるところを若い女二人に持ち上げられてその気になって、二人の用心棒になることを引き受けたのだろう。
「ねぇ、お姉さん。いいですよね。モンスター退治の経験もある方が一緒なんですから。」
ステラは台に身を乗り出すようにしていった。
「えーと、グリスさんもそれでいいんですか」
リラは若い娘の勢いに若干たじろぎながらも、男の方へ確認すると、
「ああ、かまわねぇよ。この道の先輩として可愛い後輩のお願いは断れねぇからな」
と、グリスという男はいった。顔をほころばせて若い女二人にデレデレしているところを見るかぎり、彼女らに頼りにされたことでそうとう気を良くしたものらしい。でもまぁそれなら、とリラは思った。彼らの等級的にも組んで依頼を受けることにも問題はない。
性格にすこし難があるが、グリスの腕はたしかだ。普段の品行が良くないおかげで四級に留まってはいるが、剣の腕前だけでいえば三級上位並みの実力はあると見られていた。依頼の上で問題を起こしたこともない。それに女の前ではいいとこ見せようと格好つける彼のことだ。若い女たちを危険な目に合わすような迂闊な行動を取ることもないだろう。
「わかりました。ではグリスさん、一応確認ですのでタグの提示をお願いします」
グリスの四級の証である碧色に光るタグ・クリスタルを確認すると、リラは依頼契約書を三人に渡した。ステラは嬉しそうに契約書を受け取った。
記入を終えた契約書を確認すると、リラは改めて依頼内容を説明した。
「採取対象となる植物はこの街の北東に位置するアルバ村を望む山のふもとに生えています。こちらが地図と薬草の見本図になります。では依頼期間は本日から始めて三日間となります」
三人が依頼斡旋所と酒場のある冒険者の宿から出ていくのを見送ってから、いまさらながら妙な不安がリラの心に忍んできたが、考えすぎだろうとリラは自分に言い聞かせた。
が、数時間後リラの杞憂は現実となった。
三人の内の一人、ステラがモンスターに襲われて亡くなったことが知らされた。
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