温かい雪と部屋
藤田 芭月 / Padu Hujita
温かい雪と部屋
「あ」
電子タバコを片手に、彼女はベッドから起きあがった。どうした、と聞くと、今日は彼氏の誕生日だという。なんでも17時に洋菓子店でケーキを受け取らないといけないらしい。
「送っていくかい」僕は床に落ちていた下着を履きながら、彼女に言う。「外は雪が降っていることだし」と、雑に付け足す。
「大丈夫」
短く、彼女はそう断った。いつだって僕の親切を素直に受け取ってはくれない。キャメルの重く、甘ったるい匂いをまといながら、彼女は器用に髪を結んでいる。
カーテンの間から差し込む、雪の明かりが、彼女の背中に、目に、まるで雨上がりのみつばのクローバーのような色彩を与える。僕では彼女の光にはなれないらしい。赤いリップが剥げた唇も、細くも存在感のある腕も、腰の黶から生えている宝毛も、全て、僕のものではない。分かり切ったことだった。
彼女はムートンブーツを履いて、淡白に玄関の扉を開ける。
「じゃあ、またね」と、僕が声をかける。「気を付けてね」
彼女の黒い瞳が僕の目と重なった、だが、それは一瞬のことで、彼女は何も言わずに、白い幻想の世界へと消えていった。
僕は外へ出ることはない。風呂場でシャワーを浴びる。この部屋にいれば、雨にあたることはない。でも、決して雪にあたることもない。シャワーヘッドから流れる水が、僕をゆっくりと、外側から冷やしていく。栓を閉めても、水が止まることはなかった。
温かい雪と部屋 藤田 芭月 / Padu Hujita @huj1_yokka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます