第1-4襲 襲撃前夜

 【キリエの思い出――14歳の記憶、ムシャノ村にて】


「キリエ、今日は森獣しんじゅうモーガメスを討伐しに行ってきます!」


 キリエは初めての任務だった。ムシャノ村に拾われてから8年間、村の人たちに育てられながら、時に手伝いをし、時には狩りの仕方を教えられながら今日まで生きてきた。


 キリエには魔力がなかった――この世界で生まれた人間じゃなかったからだ。


 しかし、ムシャノ村の人たちは暖かく迎え入れてくれた。


 先祖も魔力が使えなかったからである。

 きっと似た境遇だったから迎え入れてくれたのだろう。


 ムシャノ村の先祖は偶然、打ち取って領土を広げた村の住人に魔力を流し込んでもらい、魔術を身につけたものがいた。

 魔力を持つ者と結婚をして子を生み、魔力を持つものもいた。


 こうしてデカくなっていたのだと。


 だから、ムシャノ村の人たちからエールを受けた。


 『努力をすれば必ず身に付けられる。例え、才能がなくても諦めることだけはするな』と。


 その言葉に支えられて、今日まで頑張ってなんとか下級風魔術かきゅうかぜまじゅつ抜刀術ばっとうじゅつを身につけた。

 村の人からは抜刀術のセンスが天才的にいいらしい。




 いつかは超えてやる――先に旅立った義姉――ホムラ・トモエ――を。



「気を付けて行って来るんじゃぞ! 死にそうになったらこれを使え!」

煙幕玉えんまくだまだ! ありがとう!」

「生きて帰ってこれたらまたチャンスがある! 死にそうになったら帰ってくるんじゃぞ!」


 村長さんが涙を流しながら言うと、向こうから母代わりのホムラ・ゴゼンが息を切らしながら走りながら小包を投げた

「これ……! お腹が空いたら……食べなさい……!」

「これってご飯?」

「村伝統の食べ物、オニギリよっ! 『腹が減っては戦はできぬ』でしょ!」

「ありがとう! 狩ったら戻ってくる! 死にそうになっても戻ってくる!」



 こうしてキリエは森獣モーガメスを狩るために村を飛び出した。


 あの日、見た村の人たちの笑顔を忘れられない。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


「キリエ、ギルド加入お祝いと!」

「ゼネの奢りで!」

「宴じゃぁぁぁあああ!」


 キリエは困惑していた――まだ、加入すると言ってないのに既に打ち上げが始まろうとしていたからだ。

 でも、辺り狭しに何の肉か分からないステーキや魚介の刺身、果物が並んでいて、久しぶりに食事という食事にありつけて嬉しいかもしれない。


 ここ一週間、マロリーメイト――魔力を高めるクッキーみたいなもの――だったから、腹がなって仕方がなかった。


 流石、ゼネだ。黒三ツ星クラスの受付嬢は給料も違うということか。


「あはははっ、酒! 酒が美味い!」

「その代わり、明日はしっかり働くんですよ!」

「流石、親友! 気が利くのぉ!」


 ヴェールはそれでいいのかとツッコミを入れたくなるが、楽しくなっているからそれでいいのだろう。


「どうだ食が進んでいないんじゃないか? キリエン」


 きっ、キリエン!?


 まだ、出会って間もないのに愛称で読んできただとっ……!?


「あっ……、ありがとうございます……。ごちになっています」


 しかも、萎縮して敬語になっているし。


「そうですよ~! こういう時~、人の給料で~食べるご飯は格別ですよぉ~! ヴェールとゼネさんにぃ……、ひっく……、感謝しましょうぅ~」


(ハイネ、酒飲ませたらダメなタイプだ……! ってか、酔って寝るのが早いし……! ご飯、まだ食べてないし……!)


 こうして、ギルド〈デイ・ブレイク〉のキリエギルド加入パーティが幕を上げた。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢

 寡黙に食べていたアルムが口を開いた。


「なぁキリエ、外の空気浴びにベランダに出ないか?」


 辺りを見渡せばヴェールとゼネは何やら話をしているようだった。

 久しぶりの再開で話に花が咲いているようだ。


 ハイネはすやすやと巨大瓶を片手にすやすやと寝ていた。

 ってか、ご飯は食べなくていいのか……!?

 もう冷めてしまっているぞ。


「分かった」




 キリエはそう言うと、アルムと一緒にベランダに出た。



 明るい空気の中で誰とも話せずにいた。嬉しいかもしれない。



「ふぅ~、気持ちいい~、今日は星が綺麗だな~!」


 空を見上げれば、辺りに綺麗な星がところせましと並んでいた。


 毎日、毎日、暗殺依頼をこなしていたキリエだが、空を見上げる余裕なんてなかったのだ。




 心から感動した。




「どうだ、ここの夜空は? ヴェールがギルドを建てるなら星が見えるいい場所じゃないとダメって駄々をこねたからな!」


「ヴェールはロマンチストなのか……?」


「ただ単に、綺麗なものを見るのが好きなんだとよ」


「そうか」


「なぁ、本当にお前、ギルド入るって言ったのか?」


「何故、それを……?」


 どうやら顔に出ていたかもしれない。

 ポーカーフェイスができない暗殺者で恥ずかしい。


「せっかくの歓迎会なのに、辛気臭かったから絶対、裏でなんかあるだろう……って呼び出したんよ」


「バレバレだったのか?」


「まぁ、顔に出てたからな!」


 アルムはにっこり微笑む。

 やっぱり顔でバレてたらしい。


「っで、入るの? ギルド〈デイ・ブレイク〉に? 給料は時たまにしか出ないぞ」


「考えたい」


「おっ! いい返事じゃねェか!」


「入ると言ってないのに……?」

「考えてくれているだけで俺は嬉しいよ」


「そうか……」


 アルムがキリエに向けて手を差し伸べてくる。

 どうやら、握手を求めているようだった。


「握手だよっ! 握手! ヴェール曰く、異世界の¨友達になる¨おまじないなんだと」


 ムシャノ村の思い出が蘇る。義姉と喧嘩したら必ずと言っていいほど握手をしていた。


 『喧嘩してもこれで友達! これで絆は揺るがないね!』ってよく言っていた。


「絆……か……」




 キリエがなりたかったのは孤独な暗殺者なんかじゃない。



 仲間と笑って一緒に生きられる人だったのかもしれない。

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