第90話 先生の恋人

 強そうだと云われるけれど、特段、強い訳でもない。

 今日はそのうえ、飲み過ぎた。 普段は飲まない発泡酒を、あんなに。 こんな事なら、ワインでも持参した方がましだった。

 リビングのデジタル時計は、二十五時。 ソファですっかり寝入ってしまったお母様に、寝室から持ってきた布団を掛ける。



 彼女を起こさない様、静かに部屋に入る。

 五畳くらいの、狭い部屋。

 パイプベッドに、ビジネス用のような素っ気ない机と、椅子。 小さな本棚。 本棚には、使い込んだ参考書と、日焼けした少女漫画が少し。 それに何冊もの、日記帳。

 日記なんて、付けるのか。 真面目だから、ずっと昔から付けているのかも知れない。 

 すうすうと、可愛らしい寝息を立てる顔を見る。

 濃い睫毛。 薔薇の蕾のような、小さな唇。 痩せっぽちのくせにふっくらとした頬は、桃のよう。 かぶり付きたくなる。

 かじるのを我慢して、そっと唇を寄せる。

「うん……うふふ」

 良い夢でも見ているのか、微笑んだ。 なんと可愛らしい生き物か。 今でも時々、意地悪をしてやりたくなる。 他の誰にもされない様、私だけがしてあげよう。

 リビングの扉は閉めた。 この小さな、子ども部屋の扉も。



「あ……先生。 いま、何時?」

「さぁ? 夜中よ」

「ね、えへへ、やだぁ……。 うふふ。 きもちい……」

「静かにしないと、お母様、起きてしまってよ」

「えへへ。 むり。 先生がへんなとこ、触るんだもん……」

 ショーツの中の手に、温かい彼女の手が重なる。

「えっち……」

 くすくす笑う。 後ろから抱く温かい身体、ビロードの髪が、揺れる。

「ね、先生。 静かにさせて」

 こちらを振り返る。 小さな唇を尖らせて。 一丁前に、誘ってくる。

「かわいいこと」

 桜桃の様なその唇を、喰む。 暫く味わってから舌を吸うと、彼女は喉を鳴らす。 ショーツの中、差し込んだ指を動かすと、迎え入れる様に腰が揺れる。 まったく、いやらしい。



「先生、好き」

 二度、達してから、私の首に腕を回し、甘えてくる。

 幼い恋人は、甘えん坊だ。 目を瞑ってまた、キスをせがむ。 応じて、口付ける。

「えへへ…… 夢みたい。 しあわせ」

 常夜灯の下でも分かる、きらきらした瞳。 この瞳が、私を捉えて放さない。

「ね、先生。 ママと、どんなお話したの?」

「ふふ。 大人どうしの秘密」

「えー。 秘密、なしって言ったじゃん」

 大した話は、してないわ。 あなたがどんなに可愛くて、大切で、離れるのが寂しいかって、あなたのママがずうっと、一人で喋っていただけ。

「夕陽がもっと、お姉さんになったらね。 私、今日の事、忘れないから。 その時まで、お預けよ」

「ちぇ…。 いいもん。 絶対また、聞くからね」

 唇をとがらかす。 クルクル変わる表情が、何とも愛おしい。

 頭をくりくり擦り付けてくる。 これも、甘える合図。

「ね、先生。 まだ真っ暗だから、また、しよ…」

 欲しがりな、可愛い恋人。 彼女は輝く瞳を上目遣いに、続ける。

「あのね、ちゃんと、静かにするから。 だから、女の子のセックス…… したい……」

 呆れる程、貪欲! おかしくてつい、吹き出してしまった。

「な、なんで、笑うの。 したいもん。 ねえ、いいでしょ。 先生は、したくないの?」

 小さな声で必死にお願いされたら、たまらないわ。

「おばかさんね。 したくないと思って?」

「ううん。 したいでしょ。 わかるもん。 先生だって、夕陽としたいしたいって、思ってるもん……」

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