第70話 大晦日

 何日か前まで、クリスマスにうちに泊まりに来てくれたときのこと思い出して、ニヤニヤしてたのに。

 


 年末年始は、先生と一緒に過ごせない。

 ママは最初、「年越し、カレシの家? やるじゃん。 二日からは、受験勉強再開だよ。 それならいいんじゃない」って言った。

 先生は最初、「年越し? 実家? 帰らないわよ。 うちに来てくれたら、最高だわ」って言ってた。

 それぞれに、「オッケーだって」って伝えたら、なんか急に、考え始めちゃって。

 ママは、「やっぱり、カレシも実家に帰ったりとかさ。 夕陽ちゃんが行くって言うから、気ぃ使って、帰らないって言ってんのかも。 高校最後だし、ママと歌合戦見よ」なんて言い出した。

 先生も、「やっぱり、年越しはお母様と一緒がいいんじゃないかしら。 先生とは、また来年過ごしましょ」なんて言い出した。

 何だよう。 最初は、いいって言ったじゃん。

 私、年越しできると思ったから、お蕎麦に乗っける天ぷら、揚げる練習したのに。 おせちのかまぼこ、うさぎの形に切れるし、伊達巻だって作れるのに……。



「夕陽ちゃんは、紅組と白組、どっちが勝つと思う?」

「別に、どっちでもいい」

 ママと並んで、テレビを見ながらお蕎麦を食べる。

 さく、と音を立てて、ママがおいもの天ぷらを食べる。

「超うまい。 ママ、天ぷらなんて揚げた事ないよ。 夕陽ちゃんは天才だ……」

「知ってる。 揚げたてって、うまいでしょ」

 スーパーで買ってきた、安くなった天ぷらを卵でとじて、天丼!っていうのしか、家で天ぷら食べた記憶はない。 練習して、うまく出来るようになった天ぷら。 先生にも、食べて欲しかった……。

「でもさぁ。 歌合戦、赤とか白とか、ちょっと、古いよね。 別に、みんなでピンク組とかで、いいじゃんねえ」

 ママが、意外なことを言う。 そういうこと、言うタイプじゃなかったのに。

「ママ、今時だね。 かっこいい」

「まあね。 よく言われる」



「夕陽ちゃん。 初詣、行くの? 行くなら、早めにお風呂入っちゃったら」

 お蕎麦を食べ終わって、みかんを剥いて、お茶を飲みながら、ママが聞く。 初詣? 行った事ない。

「行かないでしょ。 歌合戦、どっちが勝ったか見たら、寝るよ」

「行きなよ。 初詣、行ってきな。 ママ、大晦日、堪能したから。 夕陽ちゃんが天ぷら揚げてくれた、最高の年越し」

 どういうこと? そんなに、天ぷら嬉しかったのかな。

「カレシと、行ってきたら。 ママ、今日は夕陽ちゃんといっぱい過ごせたからさ。 連絡してみなよ」

 ママはテレビを見ながら、こっちを見ずに続ける。 怒ってる声じゃない。 ご機嫌な時の、声。

「ほら、早く連絡しないと、寝ちゃうかもよ。 年上のカレシ。 って、そんな年寄りじゃないか」

 きれいに剥いたみかんを、私にくれる。 私は「食べてからにする」って答えて、みかんを三つも食べてから、先生にメールをした。





「おりえちゃん」

 水色のフランス車が見える。 手を振ると、運転席から、手を振り返してくれる。

「外で、待ってたの? ごめんなさい。 寒かったわね」

 迎えに来てくれた、先生。

 私は自分のマンションの前で、ベージュの大きいボアフリースの上着のポケットに手を突っ込んで、待っていた。

「全然、待ってないし。 寒くない」

 助手席に乗り込みながら、言う。

「嘘ばっかり。 お鼻が赤いし、頬っぺた、冷たいわ」

 鍵を閉めて、私のほっぺに手の甲を当てる。 待ってたの、ばれてしまった。

「えへ……。 ほんとは、待ってた。 早く来ないかなって。 先生、来てくれて、ありがとう」

「どういたしまして。 初詣なんて、何年振りかしら。 素敵」

 クリスマス振り、六日振りの、先生。 黒いコート、かっこいい。 横顔、きれい。

「見つめられると、照れちゃうわ」

 じーっと先生を見る私の、膝に置いた手の上に、先生は左手を重ねる。 それだけで、なんだか嬉しくなる。 どきどきする。

「先生」

「なあに?」

「好き……」

「知ってるわ。 私もよ」

 手を、ぽんぽん、としてくれる。 先生。 大好き。 初詣、行きたいけど、ずーっと着かなくてもいい……。

「えっちしたい……」

 つい、口から出てしまった。 先生は、ふふっと笑う。

「こないだ、いっぱいしたでしょ。 クリスマスに。 したがりやさんね」

「だって」

 私の右手の上に重なった先生の手に、私はさらに左手を重ねる。

「したいもん……」

「今日は、しないのよ。 初詣が終わったら、お家に帰って、ゆっくりなさい。 でないと、もう、お許し出ないわよ。 夜のお出かけの」

 う……。 それは、そうかもしれない。 でも、くっ付きたいよ……。

「ちゅーだけ。 ちゅーだけなら?」

「もう。 それなら、駐車場は、神社からかなり遠くにしましょうね。 人があんまり、来ないところに」

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