第7話 百合のハンカチ


「先生」

「こんにちは。 今日は、どうしました」

 どうもしない、普通の日。 先生に、会いに来ただけ。

「お腹、痛いかも…」

「いらっしゃい」

 ちら、とベッドの方を見る。 一番窓際のベッドの、カーテンが閉まっている。

「誰か、休んでるの?」

「奥でね。 熱が出てしまったから、親御さんを待っています」

 じゃあ、いちゃいちゃできないじゃん。 空気読んでよ、熱の子(ひどい事言ってるって、分かってるよ)。

「だから、静かにね」

 先生は立ち上がり、私の頬を持ち上げて、キスをする。 舌を入れて、えっちなやつ。 うそでしょ。 私は爪先立ちになる。

 だめ、先生。 私、癖で、あなたに教わったから、癖で、喉が鳴っちゃう。

「ん、んっ」



「先生…?」

 ほら。 カーテンの向こうの子に、聞こえてる。

「どうしました? 頭、まだ、痛い?」

 唇を離して、でも、私を抱き締めて、髪を撫でながら、向こうに声を掛ける。 悪い先生。

「氷枕、冷えたやつに替えてほしいかも」

「分かりました。 少し、待ってくださいね」

 待ってくださいね、って。 私と目を合わせて、言うんだ。 本当に、悪い先生。

 冷凍庫を開けて、緑色の氷枕に薄いタオルを巻いて、先生はそちらへ行く。 私は、先生の机を見て、待つ。

 机の上の、白いハンカチ。 お花の刺繍がしてあって、きれいにアイロンが掛かってる。 手に取って、香りをかいでみる。 柔軟剤? 香水かな。 とっても、いい香りがする。 先生にぴったりくっ付いた時と、同じ香り。 私は目を閉じて、膝を擦り合わせて、何だか、変な気持ちになる。

 ぱたん、と音がして、そちらを見る。 温くなった氷枕を、冷凍庫に入れた音。

「かわいい子。 私のにおい、した?」

 私にだけ聞こえる声で、耳元で、囁く。 私はハンカチを当てたまま、頷く。

「耳まで真っ赤。 私の声で、感じてるの?」

 先生が、耳たぶを噛む。 声が、出そうになる。

「ハンカチ、差し上げます。 それで、声、我慢してね」

 私はあなたの言うなりで、ハンカチで口を抑えながら、耳や、首や、うなじに、何度も何度も、キスされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る