第21話 さあ、戦いの舞台へ参りましょう

「スカーレット、準備は出来ているか?」


「ええ、大丈夫ですわ」


今日はいよいよ裁判の日。この日の為に、グレイ様はわざわざ騎士団のお仕事をお休みしてくれた。もちろん、私も今日は食堂を休んだ。お店の仲間や店長、さらに騎士団員やリンダさんからも激励を受けた。後は、思う存分戦うだけだ。


以前隣の街に行った時、グレイ様が買ってくれたワンピースに袖を通す。花柄の可愛らしいワンピースで、私のお気に入りだ。


「それじゃあ、行こうか」


グレイ様が差し出してくれた手を握り、裁判所へと向かう。温かくて大きくて、ゴツゴツしたグレイ様の手。この手を握っているだけで、心も落ち着く。


「スカーレット、きっとあいつらはギャーギャー言うだろうけれど、こっちにはしっかりとした証拠がある。それに、俺もそばに居るから、安心して欲しい」


「ありがとうございます。自分でもびっくりする程、今落ち着いております」


それもこれも、グレイ様が手をつないでくれているからですわ。そう言いたかったが、さすがにまだ言う勇気がなく、心の中でそっと呟いた。


「それはよかった。さあ、裁判所が見えて来たぞ」


初めて入る裁判所。まずは受付を済ませ、部屋へと案内される。この国では、裁判官立会いのもと、被告と原告が対面して、話し合いが行われる。その際示談と言う方法もあるが、たいていの場合話し合いは決裂し、法の下裁判官が判決を下すらしい。基本的によほど重大な事件でない限り、その場で裁かれることが一般的の様だ。


案内人に案内された部屋に入ると、既に裁判官3人、デビッドとキャロリーナさん、その隣には真っ青な顔をした男性が待っていた。私が入るなり、物凄い顔で睨む2人。いくら睨まれても、もちろん折れるつもりはない。


「これで全ての人がそろいましたね。では早速始めましょう。スカーレット殿、あなたは今回、両親の遺産を勝手に使い、さらにあなたの私物まで売り払ったデビッド殿とキャロリーナ殿を訴えるという事でよろしいですね」


「はい、間違いありません」


「待ってください。そもそも俺たちは夫婦でした。それなのに、どうして当時妻だったスカーレットの両親が残した遺産を使ってはいけないのですか?第一あの遺産は、スカーレットとの結婚生活で使ったものです」


「そうですわ。そもそも遺産を使った使わないなんて、夫婦の話でしょう?どうして私まで呼び出されるのかしら?」


すかさずデビッドとキャロリーナさんが反論している。


「なるほど、ではこの資料を見てもらいましょう。君たちに協力したとされる銀行員のディール殿は、すでに罪を認めていますよ」


あの真っ青な顔をした男性は、デビッドたちに協力した銀行員だったのね。


「本当に申し訳ございませんでした。謝っても許される事ではないと思っていますが、どうか謝罪させてください」


必死に頭を下げる男性。今回の事件で、この男性は銀行を首になったらしい。既に社会的制裁を受けている為、この男性をどうこうしようとは思っていない。この件はグレイ様とも相談済みだ。


「君は既にデビッド殿から受け取った金も返していると聞いた。今回は参考人として来てもらっただけだ。それで、デビッド殿が当時妻だったスカーレットの両親の遺産を引き出したのは、間違いないという事でいいんだね」


「はい、キャロリーナさんをスカーレットさんに見せかけ、お金をおろしていました。その時の資料も、先日提出しました」


「念のため筆跡鑑定を依頼したが、間違いなくスカーレットの字ではないと証明されている。他にも、これだけの証拠が残っているんだ。デビッド殿、キャロリーナ殿、もう言い逃れは出来んぞ!」


グレイ様が2人に向かってそう叫んだ。


「クソ…わかったよ。確かに俺とキャロリーナで、スカーレットの両親の遺産を使ったのは間違いない。勝手に金を使ってすまなかった。でも俺は、夫婦の金だから引き出しても問題ないと思っていたんだ。だから、どうか許して欲しい」


そう訴える。どうやら許してもらおう大作戦に、シフトチェンジした様だ。


「それならどうして、わざわざキャロリーナさんに私の役をさせたの?別に夫婦の金だと思っていたのなら、私に話して引き出させればよかったのではなくって」


「それは…ほら、キャロリーナの為に使っていたから、お前にお金を引き出してくれだなんていえないだろう。とにかくもう使ってしまったから、金はない。そもそもお前、この街の騎士団長の家で世話になっているのだろう?それなら、別に両親の遺産なんて必要ないだろう」


ついには開き直ったデビッド。本当に、どこまでクズなんだろう…ふとグレイ様を見ると、今にも爆発しそうな顔をしている。


「貴様、よくもそんな事が抜け抜けと…」


「グレイ様、私の為に怒ってくださり、ありがとうございます。でも、大丈夫です」


今にも殴りかかろうとするグレイ様の腕を掴み、自分は大丈夫と伝えた。そして、再びデビッドの方を向き直す。


「私の両親は、いつも忙しそうに働いていた。それこそ、朝早くから夜遅くまで。そんな両親が必死に残してくれた大切なお金を、あろう事かあなたとキャロリーナさんが豪遊して全てを使い果たしたのよ。その行為は、両親に対する侮辱にも値すると私は思っているの」


ゆっくり深呼吸をし、今度は裁判官の方を向き直した。


「私の為に必死に働き、遺産を残してくれた両親のお金を勝手に使ったデビッドとキャロリーナさんを私は許すことが出来ません。さらに、私の私物まで勝手に売り払いました。その代金を含め、全額返金を求めます。もし返金が不可能なら、それなりの裁きをお願いします」


自分でもびっくりするくらい、はっきりと告げられた。そんな私の手を、ギューッと握るグレイ様。ふとグレイ様の方を見ると、優しい眼差しで私を見つめていた。


その瞳には“よく言えたな。偉かったぞ”と言ってくれている様な気がした。

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