幼馴染はパーフェクトレディ
第4話 幼馴染は見た
「眠い……」
くあっと欠伸をしながら机の上に腕を伸ばす。ここ最近、ずっとこんなんばっかりだ。
「よう、なに眠そうな顔してんだ?」
だらだらと時間を潰していると、不意に頭上から声が降ってきた。からかうようなその声の主に、じとっとした視線を向ける。
「色々あったんだよ、色々とな」
「ほーん、まあどうでもいいけど」
「……そうですか」
相変わらずな態度に、はあと息を吐いて、のそのそと顔を上げた。目の前にいるのはThe体育会系といった刈り上げた髪をした男、根本 響也である。
俺とは完全にタイプが違うはずなのに、どういう訳かよく絡まれる。執拗に話しかけられたせいかおかげか、最近では昼や下校時など時折一緒に話すようになっていた。
「……ちょっと相談いいか?」
そう話しかけると、根本はピタッと動きを止めてこちらを見てくる。そして何度か目をぱちくり瞬かせると、恐る恐ると口を開いた。
「え、お前がオレに?」
「ああ」
「……保健室行くか?」
「何でだよ」
相談事があると言っただけで、何この言われよう。俺が相談することがそんなに珍しい……ですね、はい。なんなら、こっちから話題を振ること自体初めてな気がする。ほんとなんでこいつこんな奴に話しかけ続けられるの?
「あー、いや。無理にとは言わないけども」
さすがに都合のいい時だけ頼ってる感があるので、遠慮気味にそう付け加える。
「全然問題ないぜ。……場所変えるか?」
「そうしてくれると助かる」
爆睡してるとはいえ、元凶が後ろにいる状態では話しづらい。根本の厚意をありがたく受けとって、俺たちは移動することにした。
☆ ☆ ☆
「で、何があったんだよ」
屋上に続く階段に腰を下ろすと、早速本題に入った。
「このことは他言無用で頼みたいんだが……」
「おう、いいぜ。それより昼飯食っていい?」
「あ、どうぞ」
なぜ今聞いた……。
俺が許可を出すと、ドカ弁に焼きそばパン、カツの入ったパン、あと惣菜の唐揚げを取り出した。ガツガツと食い始める姿は、やはり体育会系だと思わされる。……俺も今度、購買でなにか買おうかな。
「ほへへ、はんはよ、ほうはんって」
「飲み込んでから喋れ。いやまあ何言ってんのか何となくわかるがよ」
「……相談って何だよ」
一気に飲み下すと、仕切り直しとばかりに尋ねてくる。率先して言いふらすタイプじゃないことは分かっているが、全部説明してもいいものか……。
「……お前って、異性からキスされたらどう思う?」
取り敢えずめちゃくちゃ遠回しに聞いてみることにした。
「……? いやまあ、状況にもよるがなんだこいつ? って思う」
「だよなぁ」
「あと、こいつオレのこと好きなんじゃ? とも思うかもな」
「だよなぁぁ……」
俺もそう思った。そう思ってしまって、昨日の夜は悶々と過ごした。
「でも、そういうのって人によって価値観違うからなぁ。実際、嫌な相手じゃなかったら気軽にする人もいるだろうし」
「……だよなぁ」
俺もそう思った。そう思ってしまって、今日の朝はモヤモヤと過ごしてしまった。
「んで、どんなやつにされたんだよお前は」
「なんで俺の話になった……」
「え、これってお前の話だろ。遠回しに聞こうとしてみたいだけど、全然直球だったぞ」
「直球オブザイヤー受賞おめでとう。オブラートや気遣いはどこに置いてきたのかな?」
「多分、玄関に置き忘れてきたんだと思う」
「なんで体操服とか給食着みたいな扱い……」
そんなくだらないことを話していると、根本はいつの間にやら最後の焼きそばパンを食べ始めていた。食うの早いな。
「ぶっちゃけ言うと、分からん。そいつに友達っていうか、親しそうな人がいるのを見たことがないから。有り体に言うとぼっち」
「お前も受賞だよおめでとう。ここまで来れた秘訣は?」
「友達のおかげです。近くにお手本となるような人がいたおかげでここまで来れたと思っています」
俺がそう言い切ると、根本が執拗に頬を引っ張ってきた。痛い痛い痛い。
そうこうしていると、昼休みが終わるらしく予鈴がなってしまった。
「……はあ、もう行くか」
グッと伸びをして、階段を降りながらそう声をかける。すると根本は口の中に残ったパンを詰め込むと、こくこくと頷きを返してきた。
……結局、何にもならなかったな、!
「あー、そうそう。解決法というわけじゃないが、相手の様子を見て決めるってのでいいんじゃないか?」
「は?」
上手いこと飲み込むことが出来ず、聞き返してしまう。根本は俺の隣に並ぶと、行こうぜと言って歩き出しながら口を開いた。
「その人の価値観がどうとかは、考えても分かるもんじゃないし、それからのその相手の反応を見て、どういった意味合いだったのか推測するしかないんじゃないかって話」
「確かに……」
それぐらいしかないか。とりあえずではあるものの、根本の助言の通り様子を見ることにしよう。
明確な解決策ではないものの、解消法ではある。相談してよかったかもしれない、そう思いながら隣に視線を向けると、くあと欠伸混じりにこう続けた。
「知らんけど」
「おい」
☆ ☆ ☆
「おーい今日も買い物行くぞー!」
放課後になるなり、藤谷がそう切り出してきた。
「え……あ、うん」
「……どした? なんか変じゃない、大丈夫?」
そっと視線を逸らしながらそう答えると、怪訝そうな顔で覗き込んできた。どうやら心配させてしまったか。
「ああいや、大丈夫だ。昨日と同じ店でいいよな?」
「うん。どの店がいいとか特にないし。家から近ければどこでも」
異論はないようなので、昨日と同じ店へ向かうべく学校から出る。
「にしても、授業中めちゃくちゃ寝まくったから目が冴えてるわ。夜、うるさくしたらごめんね?」
「いや、授業中に寝んなよ夜中にうるさくすんなよ。あと、先に謝ったんだしいいよね! みたいな雰囲気やめろ」
小さく手を合わせ拝むようにこちらを見てくる藤谷に、顰めっ面を返してやる。
ただでさえ、昨日の件で寝不足なのにこれ以上睡眠を妨害されてたまるか。
「でもさ、授業中って……眠くならない?」
「いやなるけどさ。そこは耐えろよ」
「三大欲求と謳われる睡眠欲に人が勝てるだろうか、いや勝てない」
「理性はどこいった理性は」
もしかしてこいつ、昨日のあれは単純にせいよ……いや、流石に失礼か。
チラッと横目で彼女を見つつ、昼休憩に根本が教えてくれたことを思い返す。
反応を見てどう振る舞うか決める、だったか。今のところは、特に変わった様子はない。何なら、少しも俺を気にしたような素振りを見せることは無かった。
俺ばっかりが気にして、戸惑って、慌てて。そうやって空回りしていたみたいだった。
そろそろ結論を出してもいいのかもしれない。ここまで、昼休憩の前や朝も含めて考えたところ、藤谷にとって頬にキスというのは大したことではなかったようだ。
外国では挨拶にハグをする文化があると聞いたことがある。そして、頬にキスをする文化があるとも。
藤谷の出身地がどこだったのか、それは覚えていないが!きっとあれはただのお礼みたいなものなのだろう。そこに深い意味や感情は一切ない。
そうであるならば、俺がこれ以上気にしたってしょうがないのかもしれない。
ふっと一息吐き出して、気持ちを切り替える。
「あ、そういえばそろそろ期末テストだけど、そこのところ大丈夫なのか?」
「うぐふぅ!?」
不意に思い出し、そう聞いてみると藤谷は奇妙な声をあげて肩を跳ねさせた。
「……前回のテスト、何位だった?」
うちの学校では、テスト毎に順位がつけられる。貼り出されるようなことはないものの、自分がどのぐらいの位置にいるのかというプリントが配られるのだ。
「……最下位じゃなかったよ?」
目線をぐにゃぐにゃと泳がせながら、そう答える藤谷。第一声に最下位じゃない、と言うのであれば多分、その付近なのだろう。
「で、順位は? 下から何番目?」
「下前提なのかよ……」
「違うのか?」
「いやまあ、あってますけどね、はい」
しゅんと肩を落として、ひーふーみーと指折りで数えていく。
「あ、下から六番目だわ」
「……おい」
「てへっ☆」
頭をコツンと叩くと、ウインクを決めてきやがった。
こういうの、現実でやるとキツいって言うが、こいつの場合はどっちかっていうと腹立つな。
この子、見た目だけは可愛いので様になってるって言うか、そんな仕草も可愛く映ると言うか、まあそんなこんなでひたすらにウザい。可愛いのがウザイ。
「まー、そんなことよりも今日の晩御飯どうしよっか?」
「そんなことって……。昨日カレーだったしなぁ……リクエストはある?」
「なんでも!」
「何でもが一番困るんだよなぁ」
夏だし、さっぱりしたものがいい。ラーメンとか。ラーメンはさっぱりしてないな。何ならめちゃくちゃ重い。
ラーメンは今度自分で食いに行くとして、今は晩御飯だ。
「じゃあ、冷やし中華とかは?」
無難なところではないだろうか。少し暑くなってきた今現在、さっぱりしてかつ簡単な料理だ。なにより女子ウケがいい。知らんけど。
先ずは、切るところから覚えていかないとね。料理で一番重要なことだから。ちゃんと包丁扱えないと危ないから。
「えー……冷やし中華は気分じゃなーい」
「何でもいいって言われたんだけどなー」
抗議の目を向けてみるが、何処吹く風といった様子でうーん、と考え込んで名案とばかりに目を輝かせた。
「あ、じゃあさじゃあさ、肉じゃが! とかはどう?」
「その心は?」
「和の感じがして、しかも家庭的だから! これで勝つる!」
「何に勝つんだよ」
しかも理由超適当……。
「まあ、それがいいならそうするけど、カレーより難しいからな?」
「大丈夫。基本スペックは良い方だから」
「ははは。何言ってんだこいつ」
スペック高いのはルックスだけだろ。言わないけどさ。
そんなこんなで話しながら歩いていると、いつの間にか前回も来たスーパーに到着していた。
「んじゃあ、じゃがいもと肉と……玉ねぎ人参はあったよなぁ」
冷蔵庫の中身を思い出しながら歩いていると、不意に半歩先に進んでいた藤谷が動きを止めた。
「どうした?」
怪訝な目を向けてやると、無言で目の前を指をさして示す。少し体を横へスライドし、その指の先を見てみると……。
「あー……、どうも」
「……あ、はい。こんにちは」
クラスメイトの彩月さんが居た。
「……」
「……」
「……」
何も言えず黙り込む。別に疚しいことはしてないのだが、下校時に異性と二人きりでスーパーに寄る。その姿を、他者がどう見るかぐらい分からないわけじゃない。
しかも、よりにもよって彩月さんに見られるなんて……。
「わざわざ弁解するような仲じゃないことは分かってるけど――」
「あ、はい。わかっています」
言いふらすようなタイプじゃないことはわかっているが、一応念の為誤解を解こうと口を開くと、それを遮るように彩月さんはそう言ってきた。
「仲良いですものね、お二人は。下校時にちょっと二人でスーパーに寄るなんて最近じゃ普通だから、うん。……あ、私は別に後をつけていた訳じゃなくて、ちょっと用事があってこのスーパーに来たの」
「あ、うん。それは分かってるけど……」
スーパーから出てきた時点で、尾行されたなんて思わない。そもそもとして、そんなことをするメリットもないし。
「あ、ごめんなさい。ちょっとこれから用事があるから失礼するわね」
「あ、はい」
ササッと会釈をすると、横を通り過ぎて帰路に着く。あまりの勢いに、何も言えずに無言で見送る。
「……なあ、あれ大丈夫か?」
「多分……?」
柵やらゴミ箱やら人やら壁やらと手当たり次第にぶつかっていく姿を見て、言葉をかけるべきか考えてみる。けれど、うまい言葉が思い至らず、ただただそんな彼女を見送るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます