灰になるまで
硝子匣
灰になるまで
番を失くしたΩは孤独を抱えて生きることになる。たとえ、どんなに深く激しく愛されたとしても。
運命の番などというこの世の理不尽は容赦なく、Ωに、そしてαにすらも襲い掛かる。そんなものがなければ、少しは楽に生きて、好きなように死ねたかもしれないのに。
番を永遠に失った俺は、やはり孤独と共に生きるしかないのだろう。
定期的に訪れるヒートに苛まれる俺を癒すべく、懸命に愛そうとしてくれる彼とのセックスの最中でさえ、それが情熱的であればあるほど、我が身は焼けつく。
俺にとって初めての、唯一のαだったのは彼の兄だ。幼馴染であり、学友であった。
アイツはαの例に漏れず優秀で、将来を嘱望されていた。そんなアイツの隣で必死になって食らい付こうとしていたΩの俺。初めてヒートを迎えた時、隣にいたのはもちろんアイツで、本能的に運命の番というものを感じた。
そのまま当然のごとく俺たちは身体を交わらせ番となるのだが、その最中にあってなお、アイツはなけなしの理性を振り絞って「お前を一生涯愛する」なんてプロポーズ紛いのことを言ってのけた。
そして、学部は違えど最難関大学へと共に進学し、目標に向かい邁進するアイツを支えるべく俺もできることを積み上げたつもりだ。
αであるアイツを支え、アイツの遺伝子を残すのがΩである俺の役目、それ以上に何より、ただただアイツを愛していた。
ところが、運命というのは本当に残酷で甚だ不愉快なものでもある。
アイツが死んだ。つまらない事故だ。社会の荒波に漕ぎ出し、夢への道を切り拓こうとしていた矢先だった。
何らかの事情で番を失ったとき、Ωはひどい喪失感からうつ様の症状を発し、時に身体の不調も起こす。だがそれは時間が経てば回復し、新たなαとの関係を結ぶことも可能だろう。
しかし、失ったのが運命の番であればそうはいかない。心身の不調は並大抵のものではなく、普段定期的に訪れるはずのヒートが不定期かつ散発的に発生し、しかしその熱を治めるべき番はおらず、他者との行為に本能的忌避感を覚えることもあり、最悪の場合は一生涯、己の熱で身を焦がすばかりとなる。
運命の番への操を立てると言えば聞こえはいいか、さりとてそれで楽になるでもなく、俺自身、Ωの自殺率増加に寄与するはずだったのだ。
それを癒そうと、止めようとしてくれたのはアイツの弟、彼だった。
「僕じゃ、兄さんの代わりにはなれませんか」
俺よりもひどい、今にも泣きじゃくりそうな顔で絞りだした彼の言葉は今でも俺の腹の底に澱のように留まっている。
「ずっと、あなたのことが好きだったんです」
運悪く、近くでΩのヒートに中てられただけの勘違い、気の迷いなどと誤魔化すにはもう遅いくらいには人の心というものを学んでいた。
本人だってわかっているのだろう、愛するものを失い傷心で今にも死にそうな相手に想いを告げる残酷さを。それでもなお、伸ばしてくれる手を俺は拒絶できなかった。
未だに彼との、いやアイツ以外とのセックスへの嫌悪感は消えやしない。
「好きです・・・・・・愛してます」
「ああ、知ってる。俺もだよ」
真正面から苦しそうに告げる言葉に、俺は何度頷いただろう。彼の言葉にも俺の言葉にももちろん嘘はない。
ただ、彼も気付いているのだ。俺の身体は彼を望んでいないことに。何度触れられようと、抱かれようと、この身は未だにアイツを忘れない。どんなに俺が彼を愛そうと、この熱はアイツ以外には冷ませない。
心は彼を受け入れているのに。
お互いに知っている。気付いている。
だからこそ、こうして絞り出すように愛を語るしか方法はないのだ。アイツの残したものよりもなお熱く、なお激しく、互いを焼き焦がすように、後には愛の印が残るように。
どうかこの愛が、全てを焼き尽くしてくれますように。
灰になるまで 硝子匣 @glass_02
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