先輩

キーンコーンカーンコーン


  「っっっやっと今日の授業終わったぜぇぇぇ」


のびをしながら呟く明。といっても明が授業を真面目に受けていたのは一時間目の葉月先生の授業だけである。


  「さぁて、部活に行くとしますか」


 「お前、よくそんな寝てていきなり運動できるな」


 「それはそれ、これはこれだよ刹君。人には向き不向きがあってだな......」


と、俺の一言が火種となって明は人の得意不得意について講釈しだした。ぶっちゃけていうと何を言ってるのかはさっぱり分からない。


  「分かった分かった。とりあえずそこらへんにしておけ、部活に遅れるぞ」


  「おっとと、そうだったいっけね」


講釈を止め、慌てて部活のバックを開いて、服を取り出す。


  「なぁ、刹知ってるか?」


  「何が~」


明は着替えながら俺に話しかけてきた。俺も疲れ気味だったので気の抜けた返事しか出来なかった。


  「最近俺の家の近くの公園にさ急に大穴が出来たらしいんだ」

  

  「あぁ、その話か。それなら本当だぞ、ていうかお前昨日公園来てただろ」


確かに昨日、明とクレーターのある公園で会って話をしたのにも関わらず、この男はまるで大穴を見ていない素振りで言ってきた。


  「何言ってんだ刹。昨日お前と会った時には、別に大穴なんてなかったぞ」


  「どういうことだ」


  「どういうことも何もそのまんまだけど」


それは、おかしい。確かに俺はあの時クレーターを見たし、明と話をしている時もあった。それと俺がクレーターを知る要因となったのは、ニュース番組で取り上げられていてそれを凛に言われたからじゃないか。なのに明には見えないって....


  「お前昨日精神的に滅入ってただろ、だからなんか変なもの見えたんじゃないのか。まぁ、その後に本当に大穴が出て来たんだから、もしかして未来予知してたとか」


  「分からない。精神が滅入ってただけで見えたならまだいいんだけど」


本当にそれならいいが昨日はあまりにも不可解なことが起こりすぎて冗談じゃすまされない気がしてならない。


  「放課後に先輩にでも聞いてみるかな」


  「なんで、先輩に聞くんだ、もしかしてオカルト好きとか」


  「あ~いやいや、そういうのじゃないけど、いちよう先輩にもきいてもらおっかな~って....」

 

口が滑って危うく本当の事を話しそうになった。ここで先輩のことについて根掘り葉掘り聞かれたら、俺がなにをされるかたまったものじゃない。


  「ふ~ん、そうかい。まっ相談して刹の気が晴れるならいいんだけど」


そう言いながら、部活の鞄を持ち教室を出ようとしていた。会話に夢中になっていたが、あの少ない会話の中で着替え、部活の準備をできる手際の良さだけは見習いたいもんだ。


  「じゃあな刹、先輩にもよろしく」


  「はいはい」


と手を振りながら教室から出ていく明。


  「はぁ~ようやく放課後だ」


正直、今日学校に来た理由はこの放課後があったからと言っても過言ではない。


「そういえば、葉月先生に呼ばれてたんだっけ」


部活に行きたいのは山々だが、今日の朝に葉月先生直々に呼び出されていたことを忘れていた。


  「とっとと終わらせたいな」


なんのようで呼び出せれたかは分からないが、葉月先生は俺を呼び止めた時に口元が少し二やついていたのでロクなことではないだろうと思い、鞄を持ち明の少し後に続き教室を出ていく。


玄関の前を通り、職員室へと足を運ぶ。コンコン


  「失礼します。葉月先生はいますか」


  「今、電話対応をしているので少し待ってください」


  「分かりました」


職員室での対応は未だになれない、すぐに目的となる先生を捕まえられば要件を済ますだけなので楽なのだが、都合が悪く少しの間、職員室の扉の前で待っているという時間が俺にとってはこの上なく苦行でしかないのだ。せわしなく出入りを繰り返す先生一人ひとりに挨拶を交わさなくちゃいけないのもそうだが、それよりもつらいのはいつ来るのかいつ来るのかという、このじれったい感じが長く続くのが一番の苦行である。そう職員室対応について嫌悪感を示していると。


  「ごめんなさい、茨木君。待たせちゃったかな」


  「いえ別にそんなに待ってませんよ」


後3分ぐらいは、ずっっと棒立ちのまま挨拶を返すだけの機械になるだけかと思っていたら、意外にも早く葉月先生は現れた。


  「ところで、朝に言っていた話ってなんですか」


葉月先生が一息つく間もなく、単刀直入に問いただした。


  「そうでした、さっきまでなんで茨木君に呼び出されてるんだろうって思いながら電話対応してたから、謎が解けました」


本当に大丈夫かこの人


  「で、朝の件についてでしたよね」


  「そうですよ」


俺がやや呆れ気味に返事をした所で、葉月先生は職員室から出て、階段の方へと向かっていった。


  「先生どこ行くんですか」


  「ここじゃ、一瞬で終わっちゃうから、別室に移動します」


俺的には一瞬で終わった方が助かるのだが...


  「なんで、別室に移動する必要があるんですか?」


当然の疑問だろう。ここで要件を済ませば一瞬で終わり時間の無駄がないというのに、なぜわざわざ階段を上って別室で話さなければならないのか、階段を上るのは部活に行く時だけで十分なのに。


  「すぐに分かりますよ。その理由が」


まるでサキュバスかのような甘い声で俺に言ってきた。階段を上り、二階、三階と、いつもの部活へ行く道と変わらずして階段を上る。まるで部活に行くのと変わらないぐらいに部室に目掛けて歩いている気がする。

  

  「先生」

  

  「どうしたんですか、茨木君?」


  「別室って、美術室のことですか?」


  「そうですよ~」


と軽いフローで言われる。こっちとしても、部室で話した方が変に動かなくても済むので助かるのだが


  「ていうか普通に今日って部活あるよな」


そう小声で呟く、皆がいる時に話すならともかく、わざわざ個人を呼び出してまで話すのなら秘密にしたいことなのだろう、にも関わらずわざわざ人のいる、それも絶賛部活中の部室に行くというのは少し不可解であった。


  「ふぅ~ここまで長かったですね茨木君。毎日この距離を往復するのはなかなかに酷ですね」


  「本当にそうですよ、部室を別の場所に移動させたいぐらいです」


なぜこの人が俺の部活を知っているかはともかく、部室の位置に対して苦言を呈した。


  「はは、でもここの校長先生が少し気難し方なので、難しそうですね」


  「やっぱりそう思いますよね」


やっぱり教師達から見てもあの校長は気に食わないらしい。


  「さっ、茨木君中に入って入って」


  「おおお」


若干押し込められるような形で部室へと入った。部室ではもうすでに活動が始まっており、絵を描く人、彫刻を作る人、有名な絵の鑑賞など、ここの美術部は絵を描くという単純な部活ではなく、あらゆる分野の美術作品を担ってる、いわば本場のアトリエ的な形で部活活動を行っている。相変わらず自分とは住む世界が違い過ぎる光景を見て”やれやれ”と溜息をついていると


  「こんにちは、茨木君」


  「あぁ....こんにちは、先輩」


今日一番会いたかった人が俺に挨拶をしてきてくれた。


  「つかぬ事をお聞きするのですが茨、その人は茨木君の付き添いか何かなのでしょうか、それにしては随分と綺麗で大人な雰囲気がありますね」


  「そうですよ、先生いい加減俺を呼び出した理由を答えてください」


  「げっ、その人先生なんですか」


先輩が驚いた表情で聞いてくる。確かに顔や仕草だけ見れば先生とは到底思うことはできないだろう、実際俺も女優かモデルが来たかと思ったのだから。


  「そうですよ~」


その反応に対してまたも軽めのフローで返す、教室では割と真面目そうな人だったのに、職員室で会って以来ずっとこの調子だ。


「すすすす、すみません大変失礼な発言を」


まさか俺の後ろにいる人物が先生だとも知らず、軽率な発言をした先輩は何度も頭を下げながら謝っている。実際ここまでする必要はないのだろう、けれど先輩は言葉使いなどの面ではかなり気を配っている方なので、やはりそこが弊害となっているのだろう。

  

「だだ大丈夫ですよ、おお落ち着いてください、ほら顔上げて」


負けじとこちらも頭を下げている先輩に対して慌てふためく様子でいる。お互いの仕草があまりにも似ていたので姉妹かと勘違いしてしまいそうだ。暫くそのやり取りが続き...


  「ふぅ~なんとか落ち着きました、ありがとうございます葉月先生」


  「良かったです。もしかして私本当に教師向いてたりして」


へへへ、と二人は笑っている。関わっている時間は俺の方が長いのにもかかわらず、先輩は会ってまもなくして打ち解けていた。これも似た物同士の性なのだろう。このまま放置するわけにはいかないので


  「んんっで、結局話って何なんですか」


  「あぁ、ごめんなさい私ったらまた、おほん」


ようやく俺をここに呼んだ理由が分かるのだが、


  「そんな皆の前で言って大丈夫なやつなんですか」


今俺達の目の前では、芸術を嗜んでいる人達がいるなか、そんなプライバシーちっくな話を堂々とするのも中々のものだろう。


  「茨木君、何を勘違いしてるのかは分かりませんが、別に個人的な話ではありませんよ」


  「じゃあなんで朝あんな風に言ってきたんですか?」


  「それは....ね.....うん、なんというか茨木君ってどんな感じなんだろうなぁ~て」


言い訳が下手すぎる。演技が絶望的な俺でももうちょっとだけましだろうと思った。


  「まぁ、いいです。てことは部の皆に関係があるということですか?」


  「そうです。こんだけ焦らしたんです単刀直入にいうと.......私今日からここの顧問になります」


  「そんな事は分かってますから、早く言ってくださいよ」


  「えっ、もう言ったじゃないですか、私が顧問になるって....」


  「嘘だろ....」


道中先生の代わりに英語を担当する時点で、なんとなくこの人が顧問代理になるんだろうなぁと察していたが、この人がまさかそれに気づいてなかったとは


  「えぇ!なんで最初から分かってたんですぅ~」


  「そりゃそうでしょ、道中先生が不在の今、代わりはあなたしかいないんですから」


  「山中先生という可能性は....」


  「あの人元々部活顧問じゃないですよ、生徒を騙すのならもうちょっと、調べてからにしてくださいね」


  「うぅ、別にだまそうとしたわけじゃ」


見るからに落ち込んでいる。葉月先生と俺がやり取りしている横で先輩はとても驚いた顔をしていた。


  「葉月先生が新しい顧問になるんですか!!!」


おやおやここにいるじゃないか、純粋な驚きをした少女が


  「道中先生が体調が悪く入院していたのは知っていましたが、まさか葉月先生が顧問になるとは....」


  「びっくりしましたか....?」


  「はい、それもかなり」


  「んんんん黒瀬さんはいい子だぁ~~~」


そう言いながら、先輩に抱きつく葉月先生


  「わぁっ、先生いきなりどうしたんですか」

  

  「もう茨木君なんて知りません、私は黒瀬さんだけを愛します~」


不貞腐れた様子でこちらに言ってくる。あんな対応を取ったとはいえ、この人もこの人で中々幼い


  「先生いつまでもくっついていられると絵が描けないです」

  

  「あっ、そうだった私も人生初めての顧問 頑張るぞ~」


えいえいお~と二人で手お上げ、先生は部室の資料室に、先輩は中断していた絵を描くために自分の席に戻ろうとしていた。


  「先輩!」


  「分かっていますよ、茨木君。部活が終わり次第、放課後で」


さっきまでの口調とは違い、昨日の姿を彷彿とさせるような口調で言ってきた。


  「.......」


分かっている、今ここで話しても上手く思考が廻らず会話にすらならないだろう。それなら一旦今日の部活に集中し頭を落ち着かせ、放課後に備えていよう。


  「分かりました、先輩。放課後、部室で話しましょう」


  「はい、分かりました。あなたが知りたい真実をゆっくりと話しましょう」


そうとだけ言い残して、部室の扉から自分の絵のある方向へと歩いて行った。

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