始まり
「待て、先輩をどうするつもりなんだ」
このまま近寄せてしまえば、先輩が安全でいられる保証なんてないと思い、急いで先輩の元に駆けつける。
「茨 木クン....」
その掠れた声に覇気はない。
「先輩はじっとしててください」
今にも力尽きそうな先輩に向かって注意する。
「少年悪いけど、そこをどいてくれないかい」
あれだけ大規模な事をさせられながらも、男は地に足を踏みつけている。その異質さに、命の恩人ながらに吐き気がした。
「嫌だ....第一先輩の元に近づいて何をする気なんだ」
極限の恐怖の中、それを振り払うために声を張った。
「戦闘不能にさせるだけだ」
「殺すってことか....」
「そんな物騒な事はしねぇよ。ちょっと気絶させて元いた場所に返すだけだ」
男は、それをきっぱりと否定する。それを聞いて少し安心してしまう自分がいた、なんとも情けない。
「元いた場所って?」
だが、そんな言葉を聞かされれば、安心していた心など直ぐに消え去っていた。
「それは教えられない」
「教えられないならここをどきません」
殺さない事を確約しただけではここをどく理由にならない。
「はぁ......じゃ、ちょっとだけ教えて上げようか。話についてこれなくても知らないぞ」
俺よりも先に、有利であったあっちの方が折れた。俺の行動に呆れたのか、男は目を点にをしながら俺を見据えている。
「分かりました。ありがとうございます」
「なんで、お礼なんていうんだ?」
純粋な感謝の気持ちを伝えただけなのに、男は何故か疑問を抱いていた。
「えぇっと......それはあなたがこっちの説得に応じてくれたからですよ」
本当ならここで俺を気絶させることだって容易かっただろうに、そんな事をせずにこっちの話を素直に聞いてくれたんだ。感謝しない理由がない。
「説得に応じれたかどうかは知らない、でも俺が教えられるのは、ここで俺とエメルちゃんが具体的に何をしようとしていたかだけだ。そこに横たわっているマナについては俺は話せない」
どうやら男の方は説得に応じたという感じではなかったらしい。
「それでもありがたいです」
「う~ん、お前と喋ると調子が狂って仕方がない」
男は俺との会話に苛立ちを覚えたのか、綺麗な緋色の髪を手でぐしゃぐしゃにしていた。流石に目の前でそんな事を言われれば、特に意識していなかった心にひびが入るってもんだ。これがガラスのハートだったら、おそらく膝をついていたであろう。
「まぁいいや、ペースは人それぞれだしな」
自分自身で納得したのか、それとも納得させるようにしただけなのか、男はぐしゃぐしゃになった髪を整えている。
「俺達が何をしていたかは知っているよな」
髪を整えている最中にいきなり話が本題へと移った。
「惑星の再構築でしたっけ?」
数分前に男が言っていた言葉を反復するように言った。
「そう。で、その再構築とやらが何なのかを簡潔に教えてあげよう」
髪が上手く纏まって気分が良いのか、こちらに笑みを向けている。さっきの戦闘の時とのギャップに、少し気圧された。
「惑星の再構築ていうのはね、一見すると、この惑星から生物を無くしてまた新たな生命を生み出しリスタートするとか思われがちだけど、それは間違い。再構築した後にも、今いる人間達はそのままだし、誰も死なない」
男は淡々と説明する。
「じゃあ一体何を再構築するんですか?」
「環境だよ」
それはあまりにも大規模すぎるもので、俺の理解とする範疇を軽々と超えていた。
「環境って....」
理解できない事を人は否定したくなる。俺も例外ではなくそうしたいはずなのに、それを無視してはならないと中枢神経の外から通告された。
「そう環境、元々俺たちがなぜ再構築をするのかを話になるけど、再構築する惑星には、その惑星にはいるはずのない不釣り合いな生命体がいるからなんだ、普通の環境では絶対にいない生命体がね。それがこの地球という惑星にも発見されて、再構築せざるを得なくなった。そして、再構築した後は、対象の不釣り合いの生命体が除去され、環境が少しだけ前に戻ることになる」
簡潔と言いながらも詳しく丁寧に解説してくれた男に感謝すると同時に、ある疑問がよぎった。
「対象の生命体だけを排除するわけには行かないんですか?」
話を聞く限りでは、対象の生命体を排除するだけでいいと思ってしまう。
「俺もできればそうしたい、再構築なんて無駄に魔力を食うだけだし」
意外や意外、まさか当の本人達も再構築には否定的な意見を持っていたとは
「だったら、どうして.....」
「上司からの命令なんだ」
男は空を見上げながら呟く。
「上司?」
そんな変化球が返ってくるとは思わなかったので、動揺しながら情けない発声で返してしまった。
「あぁ、結構意外だったろ」
「そうですね、あなたみたいな強い人にも上司がいるなんて、てことはその方も..」
「うん、そうだよ」
うえぇ―― この人達よりも強いとか、想像しただけで頭が痛くなる。
「上司には自分達の意見は言ったんですか?」
「もちろん言ったさ、でも内の上司が頑固な人でねぇ、「対象の人物を来させてしまったこの環境が悪いのだ、だから再構築は必要なのだ、我々は昔からこうしてきている」だってよ、なんだろうねその昔からやってることを変えませんみたいなの、時代の流れについていけなくなった爺みたいな、君もこういう上司がいたらむかつくでしょ?」
「本当にそう思いますよ」
なぜだろう共感したくてしかたがないと共に、俺の頭の脳裏には生徒会長の顔がよぎった。
「だろ、でもな大きな権力の前には逆らえない多分それはどこの惑星でも一緒だと思うんだ。だから、不本意でも俺たちはこの惑星を仕方なく再構築しなければならない」
その行動は上司からによる圧制によって行われたものなのか、それとも....
「どうしても再構築をするんですね」
「残念ながら、そういうことだ」
もうどうにもならない。ここであがいても、泣き叫んでも、何をしたって昨日と同じ明日はない。俺がこんなにも無力だから終わってしまう。戦えない、なんて残酷なのだろう。さっきの戦闘に悪人はいない。いたのは先輩とやりたくもない仕事を押し付けられた二人。はは、なんだよ、誰も悪くないじゃないか。あぁでも俺は....
「まだ、明日を見ていたい.....」
「.......ん?」
「再構築をしても俺と周りにいる人達の関係は変わらないかもしれない。むしろ異常な奴が消滅するのならその分平和だ。でも、この景色、この空をもっとたくさん見ていたいんだ、こんなにも星達もきれいに見えるのに、それを今日限りで終わらせたくない。わがままかもしれないけど、ずっとずっと俺はこの景色で日常を過ごしたいんだ」
最後の抵抗だった。今思っている事を全て話した。これで、何かが変わるわけじゃない。それでもいい、このわがままを誰かに話せてよかった。先輩明日からもこのぼんくらな男をよろしくお願いします。環境は変わるかもしれないけど、せめて関係だけは....後ろを振り返る事はなかった。今後ろを振り返って先輩を見てしまえば、泣き叫んで男に懇願していたかもしれない。あぁ、どうかお願いだから...って。それではあまりにも恰好がつかなさすぎる。だからただ瞳を閉じて、その時を待つのみ........
「きれいな星ねぇ....ふぅん―――よし気が変わった再構築は後回しだ」
「え―――?」
その男の発言に、横たわっている先輩でさえも驚愕した。
「ちょちょちょエネルあんたどういう風の吹き回し???」
先輩を俯瞰していた女の人もその発言に驚いたのか、急いで男の方に向き直ったせいで水色の髪が慌ただしく揺れていた。
「いやぁ、この機会にちょうど良かったというかストライキというか。後気になる事も出来たしな」
「確かにそれもそうだけど、ちょっとは考えなさいお父様に逆らったら最後...」
自らの首をちょん切る仕草を男にこれでもかって言わんばかりに見せる。
「大丈夫だって、どうせストック不足だから殺せはしない」
一連の動作を見て尚、自信ありげに答える。
「でもでもでもでも――――」
男と女の論争は止まらない。昨日の回復でのやり取りを疑いたくなるような意見の相違。でも、どこかそれが微笑ましく見えた。
「俺が言うのもおかしな話ですけど、なんで急に?」
「お前みたいな純粋な気持ちを持ってる奴の前で再構築するなんて、罪悪感だらけだし胸糞悪すぎる。後、人生で一回だけでもいいから上からの命令に逆らってみたかったんだよ」
「最後ら辺に私情入ってませんでしたか?」
「うん完璧な私情だ」
この人ホント大丈夫なんだろうか....これで上司が地球に参入してきたら~~なんて事になったら、俺はどうすればいいんだ。
「でも、その上司には怒られないんですか?」
「それは、大丈夫 再構築の権限を持ってるのは俺たちだけだから、怒ったとしてもこの惑星に手出しはできないよ」
「本当ですか」
「あぁ、本当さ。まぁ多分とんでもないお叱りを受けることは間違い無いんだけど、お叱りだけはちゃんと受けて、それ以外の面倒くさいことは、エデンの冠者(クライン)にでも任せようかな」
不敵な笑みを浮かべながらも、どこか楽しげに見えた。
「良くない、良くなぁーい あの人達に任せるとロクなことになりませんから」
突然先輩が後ろから立ち上がり、男の前で抗議してきた。
「先輩!大丈夫なんですか?」
「はい、この通り元気もりもりです」
先輩は精一杯自分の力こぶを見せようと努力している。その仕草は確かにいつも通りだ。
「えっ?そうなの。親父から話は聞いてたけど、一番偉いんだろ?」
先輩の発言に唖然とする男。そこには先程までの先輩への殺気はなく、仲睦まじい様子で聞いていた。
「偉いし強いですけど、交渉面では最悪です」
どうやら、先輩の方にも殺気は無くなり、数分前では考えられない穏やかな空気感が形成されていた。
「ははは、それじゃ他をあたってみるよ」
「是非、そうしてください」
話し合いの結果先輩が勝ったそうだ。試合に負けて勝負に勝つとは、もしかしたらこういうことを言うのかもしれない。
「でも、エネルいいんですか、再構築をしないということは、一つの問題が出てきますよね...」
穏やかだった空気感が、先輩の手によって壊される。穏やかではない、でも殺伐ともしていないこの空気感の方が、今のこの公園には悔しいが合っている。
「あぁ、そうだな 俺は今帰っても上司に怒られ、再構築をしたら罪悪感に苛まれる。それならやることはひとつだろう....ここの惑星に留まることだ」
「それ、マジですか?」
その男の唐突な考えに思わずツッコミをいれてしまった。
「あぁ、マジさそれ以外に選択肢がないから」
「うん私も別にそれでいいわよ、前からお父様のやり方には反対だったし、後この惑星の食べ物美味しいし!」
ていうか、地球に来て意外に日本文化嗜んじゃった系の人たちかまさか。
「あなたがこの惑星に留まるということ。それは再構築よりも深刻の事が起きますよね、エネル」
先輩は男達が留まる事を相変わらず良くは思っていないのか、更に追い打ちをかけるように言い放つ。
「再構築よりも深刻?」
それが何なのかは、俺には見当もつかなかった。
「あぁ、そうだな分からない少年のために説明すると俺元々悪いことしてた奴だから懸賞金ついてんのよ」
その発言に先輩は軽蔑するような眼差しでエネルを見た。
「懸賞金?」
いまいちイメージがつかないが、要するに指名手配犯を掴またら、お金貰えるよってことだろう。てことは、この人犯罪者か!
「それがねぇ 結構な金額になってるのよ」
「どんぐらいなんですか?」
「うーん...この国のお金で表すのは難しいんだけど、まぁこの惑星の価値よりは高いかな」
「へ?」
驚きどころの騒ぎじゃない。だってこの目の前にいる人の価値がこの地球全部よりも高いんだから驚くのも無理はないだろう。
「冗談ですよね」
「いや、冗談じゃないよ。ここに俺が留まることになったら分かると思うけど、俺を狙ってくるやつが結構いるから」
不釣り合いな生命体と言い、懸賞金目的の奴らと言い実感が湧かなさすぎる。
「じゃあ、あなたを狙いに来た人はどうするんですか?」
「それは、片っ端から片づけて、元居た場所に返すだけさ」
「先輩があなたと戦っていたのも....」
懸賞金目的だったから、と言う前に、
「いえ、それは違いますよ、茨木君 私がこの人と戦っていたのは別の理由ですから」
食い気味に否定された。
「別の理由?」
「はい、それはまた、今日の部活の終わりにお話しますね」
正直な所今何を話しているかがさっぱり分からないからすごく助かる。
「少年」
急に、真剣な眼差しで男は俺を見てきた。その眼差しは先輩と対立していた時の目ではなく、先程まで戦っていた人とは思えない程穏やかであった。
「俺がここに留まることは、戦いが避けられなくなる。そこでだ少年、君もその俺を狙ってくる奴と戦ってほしい」
真面目な事を言い出すかと思えば、急な無茶ぶりをしてきた。
「こんな、一般人にですか!!」
「あぁ、君のわがままを受理したんだ。こっちのわがままも聞いてもらおうか」
ぐうの音も出ない。わがまま自体、こっちのわがままを通したのだから、あっちからの要求があれば従うのはは当たり前の事だろう。けど、戦うってなると....
「俺、戦えないですよ」
「いや、少年には少しだけ戦いの素質があるんだ。まぁでも俺を狙ってく奴は結構強い人が多いから、前線で戦うっていうよりほとんど見学かな」
見学か......
「それなら....」
「何勝手に了承してるんですか、茨木君」
男の誘いに承諾しようとした瞬間、先輩に怒られた。
「素質があるかどうか分からないですけど、茨木君は一般人です、私達の住む世界とは関係ありません」
そう言うと、俺の左腕をグイっと引っ張り自分の元へと引き込んで男との距離を離した。
「ほぉ、ここで俺達の正体を知ってもそういえるのかな」
「それは....」
いたい所を突かれてしまったのか、掴んでいた手が徐々に離れる。
「まぁ、本気で戦わせる訳じゃねぇよ。ただ、俺の正体を知ってる少年を野放しにしておく訳にはいかないからだ。少年、君はもう知ってしまった。知らなくていいものを知ってしまった。無知なら良かったのに知ってしまった。だからその責任を果たしてもらわないと」
男は真剣だ、俺はこの人の言うことに承諾してしまったら、昨日のような日常はない。でも、それでも....明や部活の人達、凛に先輩 その人達とまた同じ環境で同じ景色で明日を過ごせるというのなら
「責任果たすよ。たとえ、ちっぽけでも、泥臭くっても、それでもいい。俺も戦うよ全力で」
「茨木君!!」
「大丈夫だよ、先輩」
先輩が悲しんでいる顔をしていると、こっちまで自然に悲しくなってくるので、無理やり虚勢を張って返す。
「みんな、強いから......きっと大丈夫だと思う」
「あぁ、俺とエメルちゃんがいれば、怖いものなしだぜ」
「まっ、私は戦闘向きじゃないんだけどね」
俺の心配に自信で返してくれる二人。
「あと、先輩もですよ」
「えぇ!!私も?」
「あ、すみません調子に乗ってしまってそんな事言ってしまって」
先輩には他の仕事があるというのにも関わらず無茶をお願いした、自分に腹が立った。
「はぁ――――まったくしょうがないですね、私は私なりの仕事があるのですが、できる限りそちらのお手伝いもしますよ」
「先輩...」
その先輩が、俺にはあまりにも誇らしく見えた。
「そうだ、少年まだ名前を聞いてなかったな」
そう言えば、昨日会った時から今に至るまで俺はこの人達の名前を聞いてなかった。普通は名前を交わしてから交流を深めていくものなのだろうが、生憎この人達との出会いは普通じゃなかったし、名前を聞ける余裕なんてものはあの時の俺の頭の中にはなかった。
「確かに、そうですね。俺は茨木 刹っていいます」
「茨木 刹ねぇ....刹って呼んでいい」
「私は刹君でいいかな」
「はい、それでお願いします」
なんかいきなり自分を名前で言われると、なんかこう、むずがゆくなるものがある。
「そして、俺はエネル こっちがエメルだ」
「はい、じゃあ...エネルさんとエメルさんで...」
「ノンノン そんな堅苦しいのはなしだぜ」
俺の呼び方に不満を覚えたのか、軽快に人差し指を振りながらに注意してくる。
「じゃあ、エネルと.......」
流石に知り合って間もない女性の名前を呼び捨てで呼ぶほど肝は据わっておらず
「エメルさんで」
ぎこちなくそう呼んでいた。
「うん、そっちの方が性に合ってる。これからよろしく、刹」
「よろしくね!刹君」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
これから先何が起こるかは分からない、でも責任を放り投げ、それでいて、自分だけのうのうとは生きてはいけない。
「俺の行動で再構築の抑止になれば......」
そこからの記憶は覚えてはいなかった。頭が、取り込もうとした情報の取捨選択ができなくなりパンクして気絶してしまったのだろう。
「い茨木君大丈夫ですかぁぁ――」
遠くで先輩の声が鳴り響くが、ごめん先輩、それには答えられそうにないや。少しだけ休ましてください........
「い....き............n」
あぁ、もう声すらまともに聞こえない。目を開けようとする筋肉は自制がきかなくなり、外部からの音は遮断され、ただ自分の心拍だけが体中に響き渡っていた。あぁ、せめて明日の7時まではこうして休ませて............
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