来客

   「でも、なんで急に激痛なんて走ったんだろうな」


”もしも”ではなく”あった”事について、現在進行形でコンビニに向かっている途中で頭を悩ます。慢性的な痛みにしては、当時病院に送られた時の状態よりかも数倍痛く感じ、気を失いかけたぐらいだ。何処かおかしいのか、と右腕をさするが、右腕は呼応せず、ただひたすらに、だらーんと重力に逆らえずぶら下がっているだけ。


   「はぁ~朝から憂鬱だな。腕の事もそうだし――――――――ってかここら辺って...」


歩を止めずに、近辺の場所をぐるりと確認する。凜が通学の時に世話になっている道で、普段俺が使うことはない歩道だが、知っている。俺はここらの場所を昨日のテレビでやっていたニュースで見て知っている。


   「凛が言ってたクレーターのある公園の場所の近くだよな」


俺は、あまりそういうのを信じないタイプだが、凛が珍しくニュースに食いついていていたので、こっちとしても少し興味が出てきたところだったので凜には申し訳ないけど、少し寄り道させてほしい。


   「まっ、何かのはったりだと思うが、この目で確認するまでは、断定できないな」


コンビニから少しだけ離れた場所にその公園はある。家から近いということもあり、昔はよくここで凛達と遊んでいたっけな。この公園には、特に何もないが、申し訳程度のベンチとブランコだけがあり、なんとか公園としての造形を保っている。


   「お――――見えてきた見えてきた」



暫く歩いていると、例のクレーターのある公園が見えてきたので、覗くような形で、その公園の辺りを見回した。


   「どれどれ――――まじか....」


するとそこには、直径2メートル以上の不自然なクレーターがあるではないか。


   「CGじゃなかったのか...」


半信半疑いや、ほぼ嘘だろうと子供がいたずらしたものだろうと思い行ったので、そのクオリティに度肝を抜かれた。


   「一体誰が何のためにこんな物作ったんだ。こんな所に作るなんて趣味が悪くねぇか」


あまりのクオリティの高さゆえに近づいて見てみたいという衝動に駆り立てられ近づいてしまった。

広さはあまりないとはいえ、深さや幅などが均等になっていて、子供が作るにしてはクオリティが限界突破していてだいぶ無理がある。


   「現代にも物好きな人がいたもんだまったく」


野生の芸術家が現れた......とまでは言わないが、ただの穴をここまで人の目に付かせることのできる所業はプロとしか言いようがない。なればどっかの職人が、来た人をびっくりさせて作ったのだろうか。その真相は分からない。


   「なんか、ちょっと疲れてきたな」


少ししか歩いていないとはいえ、さっきあんなことがあったのだ、肉体的な疲れはそんなにないものの、精神的な疲れが今になって襲ってきた。

公園のベンチに座り、さっきの出来事について振り返る。


   「でも、急になんであんな.....」


自分でもわかるわけがない。通り過ぎただけであの腕の痛み、偶然で起こったのか、それとも必然に起こりえたものなのか。そんなの誰にだって分かりやしない。


   「今日は朝からというもの、この腕の痛みに左右されているな」


今となっては、その痛みも綺麗さっぱり消えている。心配だから、問診ぐらいは....と思ったが、そもそも痛くないのに病院に行って医者がまともに相手してくれる保証はない。また慢性的な痛みですね~と言われるのがオチだろう。


   「――――――――あ」


暫くベンチに座り、一人思考に耽っていると、どこか見慣れた影が俺の来た道を辿って見えてきた。


   「おや、これは珍しい奴がいるじゃないか」


そいつのいる位置が丁度光と重なり、逆光になってよく見えないが、その口調、そのうざさ、まごう事なき明である。多分大会が近いから朝練に行くところなのだろうか本当にご苦労様だ。

  

   「ちょっと、買い物のついでにな」


   「でも、お前何も買ってなさそうに見えるけど?」


ここで少し雑談をするという意志表示なのか、俺が座るベンチの横で自転車のスタンドをわざらしく鳴らし、ベンチに、どしん、と座る。


   「今から行くところだ」


   「ふーん」


   「なんだよ、興味なさげな返事して」


   「別に、ただ昨日に引き続いて朝から元気ないなって思っただけ、もしかして刹って朝苦手だっけ、それじゃあ凜ちゃんに起こしてもらってるとか~」


―――ぎく.....誰にも言っていない妹からの通告による目覚めを今この瞬間この目の前にいる男が見透かしたように言ってくる。


   「あぁ、今日は確かに元気ないかもしれないな」


動揺は心の中にしまい、何とか外郭だけでも平然のように取り繕って返答する。


   「何かあったのか?」

  

   「あぁ、少し腕の痛みでな」

 

我が子のように優しく右腕に触れるが反応はない。いやあっては困るんだが。


   「今は大丈夫なのか?見た感じあんまり痛そうにはしてないからさ」


明にしては珍しく本気で俺の事を心配してそうな様子で聞いてくる。


   「あぁ、今はもう大丈夫だ、通りすがりの人達が直してくれた」


   「その痛みってあの火傷のだろ!!そんな簡単に治るものなのか?」


明は俺の火傷の事情を知ってるが故に、そんないきなり現れた人達が治してくれるなんて、信じれてはいなかった。


   「そう思うだろ。俺も最初はさ、何が起こったのか全然分からなかった。でも女の人が俺の腕に手をかざした瞬間、痛みがなくなったんだ」


簡潔にさっき起こったことを明に話すが、自分の身に起こった事にも関わらず、まるで他人事のように話していた。


   「信じられないと思うが、数十分前に起こったんだよこれが」


自分で言って支離滅裂すぎると理解しているが、嘘偽りのない事実だから、たとえそれが滅茶苦茶な事を言っていたとしても事実を捻じ曲げて話しても誤った伝わり方をしてしまう。


   「へぇ~それ凄いな、もう魔法とかそのレベルじゃん」


自分で吐いた言葉の言語力に嫌気がさして俯いている所に、意外にも明は信じてくれたような口調で話を続けてきた。


   「信じてくれるのか」


   「痛かったらお前、今頃こんな所にはいないだろ。それにお前嘘とかつけないタイプだしな」


   「確かに、そうかもしれないな」


こんな話、明以外に言っても誰も信じてくれないだろうか。いや、先輩なら”おもしろそう”とか言って割と食い気味に聞いてきそうだが、それは自身の興味からのものであり、本気で心配はしていないとは思う。だから、こういう時、明がいてくれて良かったと思える。


   「でもなんか、その人達神様みたいだよな」


   「急にどうした?」


晴天を仰ぎながららしくない事を口走る明。それに呼応するように反応するが、その反応には多少の動揺が見られる。

 

   「だってさ、最初から痛みが無かったような感じにするんだろ、そんな芸風神様以外出来ないって」


明は空にある太陽を自分の手中に収める。


   「そう――――かもな」


後ろにある自分の影に、足で蹴った小石を送る。


   「でも、痛かった時の記憶までは、流石に無かったことには出来ないんだろ?」


   「あぁ、今もあの時の痛みは記憶の中に残ってる」


今でもフラッシュバック出来るさっきの光景。激痛が走っただけなのに、地面には鮮血のカーペットが俺を中心にして広がっているようにも感じた。


   「なら、少しはさ息抜きしたほうがいいんじゃないか、お前先週からずっと元気なさそうだし、あんまり根詰め過ぎんなよ。体は回復したかもしれないけど、精神とかってのは回復してないんだからさ」


掴んでいた太陽を離し、振り切るように勢いよくベンチに手のひらをつける。


   「いや、別に無理はしてないけど....」


   「そういう所だぞ」

 

   「どういう所だよ?」


グイっと俺の方へと近づいてきて俯いていた俺の顔を自分の顔へと向き直させる。


   「自分では大丈夫だと思っても、案外体は悲鳴を上げてるもんだぞ刹」


俺と明との距離は互いの息がかかる程近く、明はそれに気づいていないのか、俺の体を労わって話しているみたいだけど、この超絶至近距離。俺自身が意識せずにはいられない。


   「お前意外にそういうのに詳しいんだな」


なんとか目の前の真剣な眼差しを振り切りことに成功し、動揺せずに会話のキャッチボールを繋げる事が出来た。


   「陸上始めてからこういうの何回も経験してるし、まっ精神のことまでは分からないけどな、ていうかお前が水泳やってた時にはこういう経験したことないの?」


   「残念ながら一度も、自分のリズムは崩さなかったからな。お前の方こそ休んだほうがいいんじゃないか?」


   「確かに」


自分の事は棚に上げてたってわけか。


   「まぁ、とにかくまずは休め、家でゴロゴロするのもよし、気分転換に何処かに行くのもよし。とりあえず嫌なことは忘れて、体も心もリフレッシュしてこい」


   「はいはい、分かったよ」


明が面と向かって熱く語ってきたので、やや押され気味になり、危うくベンチから落ちそうな勢いになった。


   「じゃ、俺朝練あるから」


と言いながら、俺に対して前のめりになっていた姿勢を元に戻してからベンチから立ち、雑に止められた自転車の方へと向かう。


   「取り敢えずあんまり無理すんなよってだけ言いたかった」


   「お前のほうこそな」


明との会話を終わらせ、明は朝練、俺は買い物とそれぞれの目的のため足を動かそうとしていた。


   「あいつ、たまにはいいこと言うじゃん」


そう心の中で呟いて、ベンチから立ち上がり、目的の物のために足を動かした。


   




   「あ~~涼しい~~」


明との会話から早いもので10分。ようやく目的地のコンビニへと到着した訳なのだが、照り付ける太陽のせいで、高温となってしまった東京と相まってコンビニの中は冷蔵庫並みの気温に感じる。入っただけでこんなに涼しいのなら、アイスコーナーや飲料の中のケースの中はどれだけ冷たいのやらと入口付近で邪魔にならないように考える。


   「え~っと、マヨネーズ、マヨネーズ........あった」


長く陳列された商品の中から、他の物には目もくれずマヨネーズだけを掴み取った。


   「便利さ故に値段もそれなりにするよなぁ」


普段立ち寄らないコンビニの調味料コーナー。勿論、価格帯など知る由もないのだが、いざこうして見てみるとスーパーと比べて値段の差が80円ほども違う。格安のスーパー、利便のコンビニエンスストア。互いに良さはあるが、これだけの値段の差を見せられると流石にスーパーに駆け込みたくなる気持ちは分からないでもない。


   「うげぇ~さっきよりも暑くなってないかこれ」


早朝の日向ぼっこ程度の日光はどこえやら。わずか10分の間で太陽は豹変し、殺気を持つ殺人光線へと変わり果てていた。


   「はぁ―――はぁ―――」


ただ茫然と立っているだけでも、体中から汗がにじみ出る。こんな日には冷たい飲み物でも一気に飲み干したい気分だ。


   「そう...いえば...明もリフレッシュしろとか言ってたしな。気分転換にどこか行こうかな」


明から言われたことを思い出し、何か良い所はないかと頭の中を模索するが、日光にやられてまともな思考が出来やしない。


   「そういえば....」


日光に照らされながら財布の中身を見る。


   「あった」


コンビニのレシートやら札束やらをかき分けた先に見つけたのは、この前いらないと凛から渡された駅前にオープン仕立てのカフェの割引券だった。


   「あん時捨てなくてよかったよ、気分転換にはもってこいの場所じゃないか」


”身も心も浄化してくれる喫茶店”と書かれた割引券に心躍らせながら、家に帰る方向から駅前の方向へと向き直る。


   「あ、でも帰り遅くなるか」


家から徒歩で来た以上、これから向かう駅前にも、当たり前のことだが徒歩で行かなければならない。そうなれば帰宅する時間は予定よりもずっと遅くなり、凜を心配させてしまう。


   「一様遅くなるって連絡だけはいれとくか」


ポケットからスマホを取り出し、”ごめん帰り少し遅くなる”とだけ入れる。左手にマヨネーズ。そして右手はスマホを持って真剣に文字を打っているという、第三者から見れば変人扱いされるような格好になっている。


   「駅前からの時間は...と――――――徒歩で25分!!」


地図アプリから無慈悲にも表示される時間。自分の体力を過信などするはずもなく、なんならこの時間を見て、帰りたい!と思った程だったが。


   「いや、明に言われた通りリフレッシュしなきゃな、溜まってる疲れもとれないもんだろ」


明の言葉が俺の背中を押し、そう決意した時には駅前のカフェの方向へと向かっていったのであった。





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