あの時

時刻は正午を過ぎ、時計の針は一時に差し掛かろとしていた。自宅までの帰路は、非常に閑散としていて、人もまばら程度だ。都市部に近い学校なのにこの静かさは大丈夫なのだろうかと、心配していながら、今日の部活のことを振り返る。




 


   「まさか、先輩があの花達に水をやっていたとはなぁ」




どおりで、枯れないはずだ、高一の時からあり誰も水をやってない割には、枯れる素振りかどんどん成長していったから魔法でもかかっているのではないかと錯覚するほどだった。でも、今日その長年の謎が解け、溜飲を下げながら、自宅までの道に歩を進める。 




   「やっぱり、先輩はあの時から変わらないんだな」




などと、呟きながら、過去の出来事を振り返る。




思えば、あれは、一年も前のことだ、俺の家は昔火事にあった。母親は死亡、父親は家にいなかったものの火事が起きてから消息不明。妹をかばった俺は重度の火傷を負った。無傷だったのは、妹の凛だけで、意識を取り戻した時には、妹が泣きながら、俺を抱きしめてくれていた。そして、俺は火傷の治療もし、リハビリを続けていき、担当医の先生に、「普段の生活なら、不自由なく送れるようになるよ」と言われ、嬉しかったしかし、「茨木君のやっている水泳は続行することは難しいかもしれません」と言われ、笑顔だった顔は、悲しみに溢れ、絶望の顔に染まった。


担当医の先生に何度もお願いした、しかし、医者は首を横に振るばかり。そして、俺は、中学に復帰し、学校の日常生活を何不自由なくおくれた。だが、心に空いた穴は塞がらない。帰宅する時、つい、窓の外のプールをみてしまう、今頃は大会に向けて練習に励んでいるのだろう。あぁ本当なら俺もあそこで......将来は間違えなく有望だと謳われた茨木 刹の将来は最悪な形で幕を閉じた。それからというものは、あまり、学校の生活も楽しくなくなり、そのままずるずるなにもせずに中学を卒業してしまったのだ。そして、高校でも、もちろん部活動はやらないと決心していたし、勧誘されても、お断りだったのだが....例の部活絶対入れルールにより部活入部を余儀なくされたのだった。悲しみに明け暮れている時に、よく見る影が見えた。






   「おーす、刹、部活決まったか」




   「もちろん、決まるわけないよ」




   「ですよね~」




明は、中学の俺の当時を知る数少ない奴で、中学の時に水泳部で出会った。




   「でも、今週末締め切りだろ?」




   「そうだよ、だから焦ってるんだ」




部活の入部届を配ったその日から一週間で決めなければいけないといういわば拷問に直面していたのだ。部活動見学にはあまり、行っておらず、正直ちゃんと見て回るべきだったなと後悔している(楽な部活に入るという意味で)。




   「正直、この学校、部活に関しちゃそこら辺の学校より気合入ってるから、刹のお好みの部活はあまりないとおもうぜ」




   「だよなぁ、いっそこうなったら校長に直談判しに行くか」




   「それで、何人もの生徒が泣き顔で帰ってきたこと」




   「っ.....」




もうこれは詰みだな...おとなしく部活に入り、汗水たらしながら青春を謳歌するよ。グッバイ俺のホリデー




   「まっ、なんとか考えてみるよ、明は水泳部だから悩まなくていいよな~」




などと、嫌味交じりにいったのだが




   「俺陸上部だけど」




   「えっ?なんで?」




   「だってお前がいない水泳なんて面白くないだろ」




   「明」




まさか、そんな事を言われるとは、思わず、身が硬直してしまった。






   「その、さっきはごめんな嫌味みたいに言って」




   「いいってことよ、お前の事情は知ってるし、無理せず考えろ」




   「あぁ、一様努力はしてみる」




という、青春の一ページ(内容はさておき)にも飾りたくなる、熱い友情を交わした。






授業が終わり、二三年は部活、一年は、部活見学or帰宅のどちらかだ。明との約束を無下にはできないので、俺は部活見学をすることにした。運動系ははなからやる気がないので、文化部を攻めることにした。この学校は、ほとんど運動部がメインなのだが、数少ない文化部の中で吹奏楽部だけは、運動部含めて一番強いといっても過言ではない実績を持ち合わせている。一方で、他の茶道部と美術部なのだが、これといった特徴はなく、ただ、だらだらやっている、ゆるいイメージがあるので、入るとしたら、この二つから決めたいところ。




   「よし、最初は、茶道部から行くか」




茶道部から行くのには、訳があり、一階に部室があるという点だ。それに対し、美術部の部室は三階の一番端にあり、自分の教室から行くのに、とんでもない労力がかかるのだ。この学校の教室は三年間固定らしく、それを考えると、軍配が、茶道部に上がったのだ。そしてこの廊下を右に行くと茶道部がぁ.....




「顧問と部長の諸事情により休みですだってぇ~」




心の折れる音がした。普通の生徒なら、こっから諦めて、美術室の部室にいくのだろうが、あいにくそんな身体的な余裕と、精神的な余裕は持ち合わせていなくて、




   「帰るか」




明ごめん、と心の中で思い、玄関へ向かった。




玄関へ向かう途中、喉が渇いたので、自販機のある食堂へと向かった。飲み物を買い、疲れていたので、外のベンチに腰を掛けた。このベンチはあまり人通りの無いところにあるので考え事をするのには、最適だと思った。




   「今日も収穫なしっと」




ベンチに座りながら、思わず、そんな言葉を漏らした。




   「体力があれば、美術室にもいけたんだけどなぁ」




など、あまりにもな言い訳を漏らした、しかし、これも全部が嘘という訳ではなく、あの火傷をした時から、徐々に体力が失われて行っている気がする、単にスポーツをしなくなっただけなのだろうが....




シャーーーー




   「ん?」




急に、この場に似つかない、音がしたので慌てて、その音の方向へ振り返る。




   「なんだ今の」




あまりにも動物の鳴き声過ぎたので、近寄ってみることにした。幸いその場所は、学校から離れていたので、誰からも見つかることはないだろう。もし動物だったら、学校が大騒ぎになる。




   「随分と木々の中だな」




ベンチからは、結構離れたというのに、未だ音の正体を掴めていない。そしてしばらく歩いていると、女の人の声がした。




   「しー!しー!ここでばれたら、あなたも私もこの学校から追い出されますよぉー」




などと、言いながら、猫を必死になってあやそうとしている、女の人の姿を目撃した。




   「あのぉ~大丈夫ですかぁ」




思わず、声を、掛けてしまった。




   「うわぁぁぁぁ」




俺が声を掛けた瞬間、その女性は、女とは、思えない、悲鳴をあげた。そのせいであともう少で手なずけられそうだった猫が、逃げて行ってしまった。




   「あぁあぁどうしよう、そこの君、悪いけど猫追うよ」




   「えぇ?うわぁぁぁ」




その女性が、発言して、僅か三秒で、俺の体は、その女性に引っ張られていった。




   「大丈夫ですかぁ」




この人は、陸上でも、やっているのか?速すぎて、空を切る風が痛い。




   「でんでんざいじょううじゃなーい」




俺は、引っ張られながらも全力で答えていたが、その声が、この女性に伝わったかどうかは、分からない。いや多分伝わってない、だって速度が一向に変わっていないからだ。




   「いいですか、絶対に私の手を話さないで下さいね」




   「なら、もう少し速度落としたらどうなんですかーーーーー」




その女性に引っ張られながらと木々の中を抜け、やっと学校の方へと出た。




   「あっ、あそこです。丁度あのベンチの下に」




猫は、急いで俺達から逃げたかと思えば、今はまるでこちらを嘲笑うかのようにベンチの下で気持ちよさそうに丸くなっている。




   「いいですか、ゆっくりと近づいて、私が合図をしたら一緒に飛び込みます。それで身動きの取れない猫を私が回収してさっきいたところに戻してきます」




   「挟み撃ちにするってことですか?」




   「そういうことです。物わかりのいい人は好きですよ」




しかし、この人の作戦には致命的な欠陥がある。それは...




   「でも、それって可能なんですか?隙を疲れて逃げられるんじゃ」




   「大丈夫です。ベンチの下を覆うようにすれば逃げる隙はありません」




   「後もう一個気になるんですけど、ゆっくりと近づく時に猫に逃げられないっていう保障はありませんよね」




   「それは.....多分大丈夫です」




今一瞬この人すごい深刻そうな顔で悩んでたぞ。




   「本当に上手くいくんでしょうか?」




   「大丈夫です、二人合わせれば百人力です」




さっきからメンタル面のことしか言ってない気がするけど本当に大丈夫なのだろうか。




   「さ、近づきますよ準備はいいですか?」




   「大丈夫ですよ」




俺の返事とともに、その女性と俺はゆっくりと近づいて行った。




   「慌てずにゆっくりと...」




まるで、強盗でもしてる気分だった。




   「後もう少し....」




残り2メートル弱に差し掛かり、このまま順調に行けば確実に猫を捕まえられる。更に進み、残り1メートルこれは確実に仕留めた。そう思い歩を進める。しかしその時




   「今日って、限定ウルトラトッピングラーメンの日じゃないですか!!」




先輩が何かを思い出したように、大きな声を上げた。するとその声にびっくりした猫が、さっきの木々の中目掛けて走って行った。




   「あっ....」




   「何やってるんですかーーー」




   「すすすみません、今全速力で追いかけますからぁぁぁぁぁ」




そう言いながら、全速力で木々の中を走って行き、その後についていくようにして俺も走ったのだった。




   


それから何とか、猫を無事に捕まえ、一番初めにいた場所に戻り、猫が落ち着いた所で、女生徒の方から....




   「さっきの猫の件、本当に、ありがとうございました」




「いえいえ、あなたのあのスピードがなければ、捕まえる所か、追いつけもしませんでしたよ。」




「私脚力には自信がありますから!」




”えっへん”という擬音が似合いそうながら、その女性は胸を張っていた。




   「まっ、急なあの叫び声にはびっくりしましたけど」




   「大変お恥ずかしい所を、本当にすみません」




そう言い自分の両手を赤面している自分の顔を隠すように覆いかぶせていた。




   「でも凄いですねあの足の速さ、もしかして陸上とかやったりしてます?」




   「いえ一度も、この学校では美術部に所属していますし」




   「そうなんですか!!」




その女性の答えが、意外なものだったので、つい反応してしまった。




   「一度もって...他のスポーツはやってたりするんですか?」




   「いえ、スポーツ全般そんなに得意ではありませんから」




嘘だろ、何もスポーツをしていなくてあの足の速さなら、もっと努力すれば上の所までいけるぞこの人




   「そんなに足が早かったら、陸上部とかから勧誘とか受けたんじゃないですか?」




   「はい、入学仕立ての最初の体育で100メートル走を走らされその記録を見られたら、お誘いの言葉を、いくつももらいました。」




   「じゃあなんで...」




   「好きじゃないからですよ」




   「え?」




   「確かに、才能はあったかもしれません。でも嫌々やっていても長続きはしないだろうし、部の皆さんの士気も下げてしまいます。それなら才能はないかもしれないけれど、自分の好きなことをやろうって、”好きこそ物の上手なれ”です」




好きこそか...




「俺は、中学の頃元々、水泳部だったんです。でも、ちょっとしたケガで部活を辞めないといけなくなっちゃって、でも俺は、まだ、水泳が大好きだし、やりたいとも思ってる。けどケガのせいで大好きな水泳ができなくなっちゃって、後二日で部活を決めなくっちゃいけなくて、こういう時って何が正解なんですかね」




いきなり俺は目の前にいる女性に対し独白を始めた。俺が、喋っている間、その女性は真剣に聞いていた、そして話が終わると同時に考える姿勢をみせた。






   「すいません こんな突拍子もないことを」




慌てて謝っても、女性の姿勢は崩れない。しばらく待っていると、女性の口が開いた。




   「いいんじゃないんですか、正解じゃなくても」




   「え?」




突然に突拍子もなくその女性は言ったのだ。




   「本人が正解を分からないのなら、他の人ももちろん分からないでしょう。でも、中間点の正解ならできます。それは.....」




それは....




「水泳のことは綺麗さっぱり忘れることです。」




   「えっ?」




これが、魂からの精一杯の叫びだった。




   「どういうことです?」




   「えぇ、そっくりそのまま水泳のことは未練も苦しみも綺麗さっぱり忘れるということです」




その言葉を聞いて、若干あきれ気味に、




   「それが、できてれば苦労しませんよ」




   「えぇ、だから苦労してもらいます」




   「んん?」




などと、普段の会話では、到底話すことのない言葉を口にしていた。




   「あなたが、迷っているのは、水泳の楽しかった頃の自分とできない自分とのギャップで悩んでいるからだと思います。なら一回その件は、頭の片隅に置いておいて、また新しい部活を初めて、水泳以上の楽しい思い出を作ればいいんです。」




   「でも俺は、楽しめる自信がない、こんな半端な奴が入ったところで、部の邪魔になるし、技術の向上も見込めないし。」




そうだこんな半端な奴に居場所はない。真剣な人が部活を楽しむ権利がある。




   「そんな、技術やら邪魔やら、難しいことは考えなくていいんです。だってあなたは、私と同じ美術部に入ってもらうんですから。」




   「へ?」




二度目の叫びだった。その言葉は、情けないながらも、どこか解放されたような。




   「はい、入ってもらいます」




   「入るってそんな俺絵も書けないし、雰囲気を悪くするんじゃ...」




   「だ~か~ら、そういう面倒くさいのはナシですよ」




   「でもやっぱり、楽しめる自信がない」




   「大丈夫です。私があなたに”部活は楽しいものなんだ”と再認識させてあげます。もし、あなたが部活をやらなくなったら、もう一度楽しいと思わせるまで手を差し伸べたり、技術が向上しないのなら、私が教えてあげたり、けがが痛かったら一緒にペンを握ったりと、あなたが心の底から楽しいと思わせる。部活を作ります。」




   「けがが、痛かったら、まず保健室に行きますよ」




   「あらそうなんですか、それは残念です」






先輩と刹 「ふふふふふはははははははは」






久しぶりにこんなに心の底から笑った。あぁこの人なら.....




   「そういえば自己紹介がまだでしたね、私は、2-2組の黒瀬 茉奈といいます」




   「俺もまだでしたね、俺は1-1組の茨木 刹といいます」




   「じゃあ、これからよろしくお願いします茨木君」




   「えぇ、こちらこそよろしくお願いいたします先輩」




   「おぉ」




   「どうしたんです、先輩」




   「いえ、人生で初めて先輩と呼ばれてので、つい驚いてしまって」




   「ふふ 可愛らしいですね先輩」




   「可愛いは余計です」




   「いえ事実ですし」




   「むぅ~」




先輩と刹 「ははははははははははははは」











こうして、思い返してみると、先輩に出会わなければ俺はどうなっていたのだろう と考えると、今でもぞっとする。


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