第38話

 涼しくなって復活した舞子さんはまるで暑さにやられて動けなかった時間を取り戻そうとしているみたいにあたしにちょっかいをかけてきた。

 そのたんびに翔子に助けられて、お小言またはお叱りを受けること多数。

 舞子さん、あのまんま彩也子さんの部屋でずっとぐでーっとしてくれてたほうがあたしの精神衛生上よかったんじゃないかってくらいだった。

 でも時間は平等に流れていって季節はもう11月始め。

 秋も深まって校庭には落ち葉がたくさん降り積もって、誠陵館の紅葉も色づいたころ。

 あたしは静音さんに宿題の答えを伝えた。

 そうしたら静音さんは珍しく嘆息して『ギリギリ及第点』と言った。

 何がギリギリなんだろう? って思ったりはしたけれど静音さんはそれ以上何も教えてくれなくて新たな疑問ができた。

 まぁでも大きく外れたわけじゃないからそこまで気にはしていなかった。

 羽衣ちゃんにもこのことを話したけど、羽衣ちゃんも『それは確かにあるかも』と同意してくれたし、舞子さんに迫られて助けられて怒られる以外、翔子は至っていつもどおりだったから、少し胸のつっかえがなくなって勉強にも身が入ることができていた。

 何せ中間の成績が芳しくなかったから2学期の期末以降は頑張らないといけない。

 そんなあたしの決意をまったく頓着しないのは舞子さんだけではない。

 と言うか、このところ悩んでいたり、考え事をしていたりしていても、至って普段通りに接してきたのは夏輝さんだった。

 今日も今日とて夏輝さんをおんぶして、秋晴れのいい天気の中、みんなで学校に向かっていた。

「やっぱり千鶴の背中はあったかいな! 冬は毎日千鶴の背中で登校だ!」

「毎日は勘弁してくださいよぉ」

 ただでさえ夏輝さんファンからの視線が痛いときがあると言うのに、毎日おんぶして登校なんかしていたらどんなふうに見られるかわかったもんじゃない。

 でも、逆にそれを応援したのは意外な人物だった。

「夏輝ちゃん、寒がりだもんね。千鶴ちゃんは体温が高いのかな? 冬は夏輝ちゃんの天敵みたいなものだから少し協力してあげてくれない?」

 そう言ったのは友喜音さんだった。

「協力って言ってもですね……」

「でも夏輝ちゃんも受験生だし、気持ちよく勉強して、受験に挑みたいじゃない? 千鶴ちゃんが協力してくれてそれが叶うなら私は千鶴ちゃんにお願いしたい、かな」

「むぅ」

 夏輝さんに言われるより、常日頃からお世話になってる友喜音さんにそう言われると弱い。

「でもなんか夏輝さんが寒がりってのが想像つきませんよぉ」

「夏と逆ね。舞子ちゃんは夏の間彩也子さんの部屋に入り浸ってるけど、冬になると夏輝ちゃんが寝るときに彩也子さんの部屋で寝てるわよ。唯一暖房器具が使えるのが彩也子さんの部屋だから、日中とかは我慢しても寝るときだけは寒くて寝られない夏輝ちゃんは彩也子さんで暖を取って寝てるわよ」

「はー、元気印の夏輝さんにも苦手なものがあるんですねぇ」

「どうも寒いのだけはダメだ! 身体を動かしていれば気にはならないが、普段はじっとしているだろう!? 寝るときは余計にだしな!」

 舞子さんは重度の熱がり。夏輝さんは重度の寒がり。そんなとこだろうか。

「でもなぁ……」

 そういう理由なら夏輝さんをおんぶして登校するのに吝かではないのだけど、やっぱり夏輝さんファンのことが気にかかる。

「やっぱ千鶴は夏輝ちゃんスキーが気になるか」

「そりゃそうだよ。今だって夏輝さんが慕ってくれるおかげで肩身の狭い思いをすることがあるのに、毎日おんぶして登校、そんで夏輝さんがあたしのことを褒めたりなんかしたらそれこそあたしの評判悪くなるよ」

「なんだ、褒められて嬉しくないのか!?」

「嬉しいですけど、それに付随するものが……」

「それなら心配いらない。わたしたちが何とかすればいい」

「そうね。同じ寮生のあたしたちが悪評を駆逐するだけのでっち上げをすればいいんですもんね」

「……?」

 静音さんの言葉も、翔子の言葉もよくわかんない。

 素直で思ったことを口にする夏輝さんの言葉だからみんな額面通りに受け取っているわけであって、それを覆すのは容易ではない気がする。

「まぁ任せておきなさいな」

 翔子は自信満々に胸を張ってくれる。静音さんを伺うと静音さんも相変わらず表情の変化はないものの頷いてくれたので、ふたりがどうにかしてくれると言うのなら信じてみようと思った。

「何が何やらよくわからんが、これであたいは毎日千鶴の背中で登校できるってことだな!」

「気が早いですよぉ」

「そんなにあたいとのスキンシップは迷惑か……?」

 背中からしょんぼりした声で夏輝さんに言われる。

 翔子からは流されやすいだの、優柔不断だのとさんざん怒られてはいるけれど、夏輝さんのこういう態度はいつもの元気な姿からは想像できないくらい落ち込んだ様子なので、とても断りづらい。

「あーっ、もうっ、わかりましたよ! 夏輝さんが大学に合格するまでですからね!」

「本当か!? やっぱり千鶴は優しいな!」

 背中から首に腕を回されてぎゅっと抱き締められる。

 ずるいよなぁ。

 夏輝さんのこんな嬉しそうな声を聞いたらホントにしょうがないって思っちゃうもん。

 もちろん、友喜音さんの『協力してほしい』と言う言葉も大きいのは確かだったけれど、それをさらに後押ししたのは翔子と静音さんだ。

「千鶴は夏輝ちゃんに甘いな。うちにもそれくらい甘くてもいい気がするんだがなぁ」

「舞子さんはダメ。甘やかすと何してくるかわかったもんじゃないもん」

「ひっでぇなぁ。うちはこんなに千鶴を愛してるのに」

「あ、愛!?」

「そうだぞ。それなのにこんなに邪険にされてうちは傷付くなぁ」

「よく言うわよ。それだけ厚い面の皮しといて」

「何のことかなぁ」

 翔子が毒づいても舞子さんはどこ吹く風と言った感じだ。

「なんだ!? 好きかどうかの話か!? ならあたいは千鶴のことは2番目に大好きだぞ!」

「あれ? 2番目って友喜音さんじゃなかったっけ?」

「同じくらい好きだ!」

「あらら、こんな校庭のど真ん中で友喜音ちゃんと同列なんて聞かれたらどうなることやら」

「ちょっと舞子さん、怖いこと言わないでよ!」

 あたしは慌てて辺りをきょろきょろと見回す。

 すると案の定ねっとりとした視線がいくつも感じられる。

「ちょっと夏輝さん、少しは声のボリューム考えてくださいよ」

 小声で夏輝さんに懇願するときょとんとされた。

「なんでだ!? 本当のことを言うのに何を恥ずかしがる必要がある!」

「せめて友喜音さんと同列なんて言わないでください」

「事実なんだからいいじゃないか!」

 そういう問題じゃない。

 友喜音さんとは1年生のころから同じ寮生として、きっといろいろ面倒見てもらった経験があるし、夏輝さんのファンだってそういう事情があるから友喜音さんに対してはしょうがないと言う気持ちがあると思う。

 でもこの4月から寮生になったあたしがこんなことを言われた日にはどんな悪評が立つかわかったもんじゃない。

「きしし、これで翔子と静音は難しい舵取りをするハメになったな」

「そうね。まぁでも何とかなるでしょ」

「うん、たぶん」

「ふぅん、やけに自信ありげだけど、まぁいっか。どう転ぼうとも面白くなりそうだし」

 にやにやとひとり楽しそうな舞子さんは放っておいて、ここは何とかなると言う翔子と静音さんの言葉を信じるしかない。

「そういえば夏輝さんの中で一番好きなのって誰なんですか?」

 2番目と聞いてふと1番目が気になったので尋ねてみる。

「1番か!? 1番は彩也子さんだ!」

 何を今さらと言った感じで言われて、でも彩也子さんなら夏輝さんの中で1番と言うのも納得できた。

 確かに、もう2年以上誠陵館に住んでいて、さらに食いしん坊で胸が大きい女の人が好きな夏輝さんなのだからホントに今さらだった。

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