第26話
夏祭りは案外大きかった。
1日目の末社のほうはそうでもなかったけど、2日目の本社のお祭りは屋台もたくさん出てて近隣の住民がみんな出てきてるんじゃないかってくらいの盛況ぶりだった。
あたしたち誠陵館の面々も彩也子さんが用意してくれた浴衣を着て、これまた彩也子さんの手作りと言う可愛い巾着も持ってみんなでお祭りに繰り出していた。
定番のりんご飴からベビーカステラとかの軽いものから焼きそばやお好み焼きと言った晩ご飯の代わりになるようなものまで屋台が連なっているのを見ていると否が上でもテンションが上がってくる。
「ほら、はしゃがないの。はぐれるわよ」
今すぐにでも屋台に突撃したいあたしを翔子が窘めてきた。
「でもこんな田舎でこれだけの祭りがあるなんて思わないじゃん。翔子は楽しみじゃないの?」
「あたしは去年も来てるからね。それに屋台に向かうより先にお神輿を見てからのほうがいいんじゃない?」
「そうなん?」
「末社の神さまも乗せたお神輿が本社にやってきて、そこで盛大に祭事が行われる。見たことないなら一見の価値あり」
「ほぇぇ、そうなんだぁ」
静音さんの解説に感心。
こんな田舎と思ってたけど、田舎だから逆に古い伝統とか、そういうのが残ってるのかもしれない。
「じゃぁあたしはそれ見てからにするね。みんなは?」
「うちはその辺ぶらぶらしてナンパされるの待つわ」
「あたいは屋台だな! 友喜音はどうする!?」
「私もお神輿とか見てからにするよ。あんまりお金使いたくないし」
「千鶴が見たことないならわたしもお神輿見てからにする」
「翔子は?」
「だいたいお神輿見てからみたいだからあたしもそうするわ」
「じゃぁ後で神社の鳥居の前に集合だな。8時くらいにするか。帰ったら晩ご飯も待ってることだし」
舞子さんがそう言ったのでみんな異議なしとの声。
早速舞子さんはふらりと出ていき、夏輝さんは人混みを身軽に掻き分けて屋台の列のほうに行ってしまった。
残った静音さん、友喜音さん、翔子、あたしの4人は参道に陣取ってお神輿が来るのを待つ。
どんなお祭りなんだろうと期待にワクワクしながら待っていると、しばらくして小振りなお神輿をふんどしだけ巻いた男性4人が担いで歩いてきた。
末社でのお祭りでも見たお神輿だ。
それが参道を通って神社の階段を上がっていくのに連れて人混みも一緒に階段を上がっていく。
それを見てあたしたちも一緒になって階段を上がっていく。
人混みに揉まれながら階段を上がって神社の境内に到着すると、お神輿は神社の中に入っていった。
それだけじゃないのは境内に設けられた舞台でわかった。
神社にお神輿が運ばれてから少しして巫女服を着た小学3、4年生くらいの女の子がふたり出てきて舞台に上がる。
いつの間にか舞台の脇には横笛や太鼓を持った壮年の男性たちが陣取っていて、ひゅぅっと横笛の音が響いた。
それに合わせて拙いながらも巫女服の女の子が舞を舞い始める。
真っ白なおしろいを塗った白い顔の女の子ふたりが舞う姿は、たぶんもっと大きくて有名な神社のお祭りとは違うんだろうけど、可愛らしい女の子が一生懸命になっているところは見ていて癒された。
短い女の子ふたりの舞が終わると、続いて男性3人のうち、ふたりがなんて言うのかよくわからない和服と、いかにも化け物ですと言わんばかりの仮面や着物を着たひとりが舞台に上がった。
楽器の演奏も巫女舞の大人しいものとは違う激しいものになって、3人の演者は舞台の上をくるくるくるくる舞い始めた。
和服姿のふたりは模造の剣を持って、化け物役のひとりは杖を持って。
巫女舞とは打って変わって激しい舞を初めて目にするあたしは、見ているとどうやら化け物退治のストーリーだと気付いて、そこから一気に舞に引き込まれていった。
もっと近くでと思って人混みを縫って舞台に近付いて舞いながら化け物退治に挑む和服姿のふたりを眺める。
クライマックスに近付くに連れて舞はどんどん激しくなって最後に和服姿のふたりが剣を化け物役のひとりに一気に振り下ろし、化け物役が舞台に倒れたのを機に観客から拍手が湧き上がった。
あたしも初めて見る舞の迫力に拍手をする。
激しい舞の舞台が終わると、今度は高校生くらいの女の子ふたりが巫女服を着て現れて、今度は流麗な舞を披露した。
そうして舞台は終わり、神主さんが舞台に上がって祝詞を唱え始めたところでふと周りに翔子たちがいないことに気付いた。
近くで見たくてはぐれてしまったみたいだった。
きょろきょろと見回してみても翔子たちの姿は見えない。
観客は神妙に祝詞を聞いていて、とてもじゃないけど大きな声で翔子たちを呼ぶこともできない。
時計を見るとまだ7時前で集合は8時だ。
せめて誰かと一緒に舞を見に近付いたらよかったと思ったとき、不意に手を引かれて人混みからあたしは連れ出された。
「もうっ、何やってんのよ。初めてで見たい気持ちはわかるけど、ひとりで行っちゃったらはぐれるでしょ」
神社の境内の脇に連れ出してくれたのは翔子だった。
少し浴衣が着崩れてるのはきっとあたしを探して人混みの中を掻き分けていったからだとわかった。
「ごめんなさい……」
「まぁでも見つかったからいいわ。友喜音さんたちにはとりあえず鳥居のとこで待っていてもらうように言ってるからそこに行くわよ」
「うん、わかった」
翔子に手を引かれて境内の脇を通って人の少なくなった階段を下りて、神社の入り口である鳥居のところに向かう。
こうして翔子に手を引かれていると、ふと昔のことを思い出した。
男の子みたいで活発だった翔子。
公園で待ってると翔子はやってきて、いつもあたしの手を引いて他の子供たちの遊びの輪に入れてくれたっけ。
晴れた日はかくれんぼに鬼ごっこ、雨の日は象さんの滑り台の下にある空洞で携帯ゲーム機で遊んでいたなぁ。
なんだかこうして翔子に手を引いてもらってると、そのころが懐かしくて笑みが零れる。
「何笑ってるのよ」
「え? いや、子供のころもこうしてよく翔子に手を引いてもらってたなぁって思い出しちゃって」
「そうね。あのころの千鶴ってば、人見知りであたしが引っ張ってあげないと子供たちの輪に入れないような子供だったものね」
「でも今はそんなことないよ?」
「うん、わかってる。でも流されやすいのは変わってないわね。舞子さんなんかにいいように遊ばれてるし」
「それは言わないでよぉ」
「ふふ、そうね。今は野暮だわ」
せっかくの楽しいお祭りなのだ。お小言は勘弁してもらいたい。
少し歩いて鳥居に来ると友喜音さんと静音さんの姿があった。
見つかってよかったと胸を撫で下ろしたふたりに頭を下げてから、4人で屋台に繰り出す。
あれこれと屋台を回りながら聞いたところ、このお祭りはお神輿がやってきてから舞台で子供舞、神楽舞、そして巫女舞のあとに神主さんが無病息災を願って祝詞をあげて本社でのお祭りが終わるものだと言うことだった。
特に神楽舞は毎年演目が変わるそうで翔子たちも去年見たのとは違う神楽舞に感心しきりだった。
あたしもあの神楽舞はとても迫力があって、来年もまた見たいと思わせられるようなものだったからこのお祭りが、田舎だと言うのにこれだけの人を集める理由がわかったような気がした。
そのあとはみんなで屋台で買い物をしたり、遊んだりしてお祭りを堪能してから8時前には舞子さんや夏輝さんとの集合場所である鳥居のところに行った。
ちょっとしたトラブルはあったものの、懐かしい思い出を思い出したり、お祭りは堪能できたしで楽しい1日になったなぁって思う。
晩ご飯がこのあと待ってると言うのにチョコバナナや綿あめなんかを持っている夏輝さんに呆れながらあたしたちは神社を後にして誠陵館への道のりをゆっくり歩き始めた。
もう来年の話をすると鬼に笑われそうだけど、来年もまた誠陵館のみんなでこの夏祭りに来たいな。
夏輝さんや友喜音さんは卒業していなくなるけど、新しく誠陵館に入る子がいればきっとその子もあたしと同じように楽しめるだろう。
そんなことを考えながらあたしは今日のことはいい思い出になってくれそうだなって思った。
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