第24話
「海だー!」
ざざーんと寄せては返す波をみんなと一緒に眺めながらあたしのテンションは上がっていた。
せっかく夏なんだし、海の日に海に行こうと言い出したのは舞子さんだった。
暑いのが苦手な舞子さんがどうしてこんなことを言い出したのかは謎だったけれど、夏と言えば海! 海と言えば夏!
断る理由もないので彩也子さんを含めた誠陵館の全員で海に来ていた。
早速海の家でロッカーを借りて水着に着替えたあたしたちは日焼け止めもバッチリ、髪もアップにして準備万端。
着替えたのはあたしが一番最初らしく、外に出てもまだ誰も出てこない。ちなみにあたしの水着は緑のタンキニとスカートのもの。お腹のところがクロスデザインになっているもので去年買ったものをそのまま使っていた。
次いで出てきたのは夏輝さん。電車の中で『泳ぐぞー!』なんて息巻いてたからどんな水着かと思えば競泳用の水着。まぁ、夏輝さんらしいと言えば夏輝さんらしい。
続いては翔子。定番の水玉模様のグレーのワンピースで、胸元のリボンがワンポイント。
そうして続々と着替えを終えて出てくるみんなのうち、やっぱり目を引いたのは舞子さん、静音さんだった。
舞子さんは布面積より肌の露出が多い黒のスリングショット。大きな胸が零れ落ちそうなくらいで、見てるほうがドキドキしてしまうくらいセクシーだった。
静音さんは淡い緑のパステルカラーに小花柄のレースアップワンピース。背中が大胆に開いているもので、さすが元キッズモデルと思えるくらいの可愛らしさ。
ふたりともタイプの違う美少女だから早くも衆目を集めている。
「荷物の番は私がしておくからみんな楽しんでね」
レンタルしたパラソルを空いている場所に立てて、ビニールシートを敷いた上に貴重品なんかを入れたバッグなんかを置いた場所で彩也子さんがそう言ってくれる。
彩也子さんは白のシンプルなワンピースなんだけど……こう、水着だと胸の大きさが強調されるのか、たわわな果実が目に毒だ。
でもそれも海に視線をやれば忘れられる。
まずは準備運動を終えた夏輝さんが走って水辺へ行って、そのままクロールで泳ぎ始めた。
それに遅れること少し。
あたしも翔子と静音さんと一緒に水辺に向かう。
「ひゃー、冷たい!」
「気持ちいいわねぇ」
「ひんやり」
熱せられた砂もなんのその。
海に入ってしまえば晴れた夏の日差しも砂の熱さも忘れられる。
「そりゃっ!」
「わはっ!」
翔子が海水を掬って浴びせかけてきたのでお返しとばかりにあたしも水を翔子にかける。
「やったな、この!」
「わー!」
ばしゃばしゃと連続して水をかけてくる翔子から逃げようとして反転した途端、運悪くそこにいた静音さんにぶつかって海水の中に倒れ込んでしまう。
「あ、ごめん、静音さん」
「いい。どうせ濡れるんだし、気にしない」
「そうだね。ほら、静音さんも混ざろうよ」
「うん」
言いながら手を引いて静音さんを立ち上がらせると、今度は静音さんと協力して翔子に海水をばしゃばしゃ。
他愛ない水の掛け合いっこなんだけど、それが単純に楽しい。
翔子も笑ってるし、静音さんもいつもの無表情ではなく、どこか楽しそうな雰囲気が感じられて水辺でしばらくの間遊ぶ。
彩也子さんから熱中症には気を付けるようにと言われてたので、しばらく遊んだら彩也子さんが待っているパラソルのところで水分補給。
「楽しんでるようね」
「はい」
「次どうする? テトラポットのとこまで泳ぐ?」
「静音さんは?」
「千鶴に任せる」
「じゃぁテトラポットまで泳いでそこでまた休憩しよう」
「そうね」
「わかった」
「そういえば舞子さんは?」
「あそこよ」
彩也子さんが指差したのは海の家だった。海の家で同い年くらいの男性ふたりとお喋りしながらかき氷なんか食べている。
「泳がないのかな? 気持ちいいのに」
「舞子はあれでいいのよ」
「どゆこと?」
「暑いのが苦手な舞子がなんで海なんて言い出したと思う?」
「さぁ?」
「ナンパ」
「ほえ?」
「ナンパされて貢がせる。タダで飲み食いできるから舞子は海なんて言い出した」
「でも交通費かかるじゃん」
「それも織り込み済み。去年も舞子はナンパしてきた男に貢がせて、かき氷とかソフトクリームとかいろいろ奢らせて元を取ってた」
それで暑いのが苦手なクセに海なんて言い出したのか。
確かにコンビニがあるとは言え、そう毎日アイスだのなんだのを食べてたらお小遣いがなくなってしまう。海に来てナンパされて奢らせれば交通費を考えても思う存分冷たいものが食べられる、と。
「ん? てことは始めから泳ぐ気なんてなかったのかな?」
「まぁそういうことね。ナンパされるのが目当てなんだから」
「美人は得だなぁ」
舞子さんのほうに視線を向けると楽しそうにお喋りをしているように見える。
でも内実を知ってしまえばナンパした男ふたりが気の毒に思えてくる。貢がされるだけ貢がされて何もないんだから。
まぁでも楽しみ方なんて人それぞれだから舞子さんは舞子さんで楽しいんだろうと思うことにする。
「そういえば友喜音さんは泳がないの?」
彩也子さんの隣で本を読んでいた友喜音さんに尋ねる。
「うん。私、泳ぐのも苦手だしね」
「冷たくて気持ちいいよ?」
「暑いのには慣れてるから」
ふむ、確かにエアコンのない誠陵館に2年以上も住んでいれば暑さにも慣れるか。
泳ぎたくないのを無理に誘うこともないので友喜音さんには彩也子さんと一緒に荷物番をしてもらうことにして、水分補給をすませたあたしたちは再び水辺へ。
そこから海に入って50メートルほど先にあるテトラポットまで泳ぐ。
誰が一番に辿り着くか。
その一番は翔子だった。子供たちがたくさんいるテトラポットの上に一番乗りで到着してよじ登ると一息ついた。
遅れてあたし、静音さんと上がってさんさんと照りつける太陽を浴びる。
「海の中は気持ちいいねぇ」
「そうね」
「同意」
「去年もみんなで来たんだよね?」
「えぇ、そうよ。当時の3年生も一緒にね」
「息抜きも大事」
「そうだねぇ。そういえば静音さんはナンパとかされなかったの?」
「された」
「今年もされるんじゃない? 着替えて出てきたときから注目されてたし」
「されてもついていかない」
「どうして? 舞子さんみたいに奢ってもらえるかもしれないよ?」
「今年は千鶴がいる。千鶴と一緒のほうが楽しい」
「そ、そう。ありがと」
無表情と言うか、真顔と言うか、感情の読めない顔でじっと見つめられて、そんなことを言われたら照れてしまう。
日差しの暑さだけではない熱さに顔がやられて静音さんから顔を逸らす。
するとジト目の翔子に睨まれた。
「な、何?」
「何鼻の下伸ばしてんのよ」
「伸ばしてないよ!」
「伸ばしてたわよ! よかったわね、静音みたいな美少女に慕われて」
「濡れ衣だ!」
「ふんっ」
さっきまで楽しそうにしてたのに突然不機嫌になられてどうしていいかわかんない。
すると静音さんはあたしの腕を取ってその豊満な胸に押し当てるように抱き締めてきた。
「翔子なんかほっといてわたしと遊んでよう?」
薄い水着ひとつ挟んで感じられる柔らかいものにまたもや顔が熱くなる。
「ちょっと、静音! 何してんのよ!」
「翔子が千鶴と遊びたくないならわたしと一緒に遊ぼうって言ってるだけ」
「遊びたくないなんて言ってないでしょ!」
「でも不機嫌になった」
「それは千鶴が……」
「もしかしてやきもち?」
「違うわよ!」
あたしを挟んで静音さんを睨む翔子。
なんかよくわかんないけどいたたまれない空気になったような……。
とそんなところに助け船、と言うか空気をまったく読まない人が現れた。
「泳いだ泳いだ! ん!? どうした、3人とも!」
「夏輝さん」
「泳ぐと気持ちいいぞ! ほら、千鶴もあたいと一緒に泳ごう!」
「ちょっ、引っ張らないで!」
「遠慮するな!」
「しますって。夏輝さんに付き合ってたら体力がもちませんよ!」
「そうか!? ならあたいは水分補給したらまた泳いでくるぞ!」
「まだ泳ぐんですか!?」
「当たり前だ! 海だぞ!」
そう言って豪快に笑う夏輝さんに毒気を抜かれたのか、翔子も静音さんも睨み合う――静音さんは相変わらずの無表情で翔子を見てた――のをやめて夏輝さんを見上げている。
ともあれ、このいたたまれない空気が払拭されたのは夏輝さんが来てくれたおかげなので、心の中でお礼を言ってからざぶんと飛び込んで陸のほうに泳いでいった夏輝さんを見送った。
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