第3話
「この子が202号室の月宮夏輝ちゃんよ」
お昼ご飯に焼きそばを食べながら彩也子さんが紹介してくれたのが午前中に帰ったと大きな声で宣言していた女の子だった。
「そのとおり! 月ちゃんでも夏輝ちゃんでも好きなように呼べ!」
ふんぞり返って夏輝さんは言うけれど帰省していたと言うことは少なくとも同学年、もしかしたら年上だと言う可能性だってある。もし年上だったらと思って夏輝さんと呼んでみる。
「堅苦しいヤツだな! まぁいい。好きに呼べ!」
舞子さんとはまた違った意味で物事に拘らない性格の人なのかもしれないと思いつつ、あたしも自己紹介する。
「昨日からここでお世話になることになった志摩千鶴です。よろしくお願いします」
「うむ! よろしくされたぞ!」
物事に拘らないと同時に豪快な性格なのか、はきはきとした受け答えが気持ちいくらいだった。
けれど夏輝さんは焼きそばを食べた後、あたしの側にやってきてじろじろと上から舐め回すように眺めた。
「な、何か?」
尋ねると、夏輝さんはおもむろにあたしの胸に手を伸ばして胸を揉んできた。
「ひゃぁっ!」
「貧相とは言わんがもう少し育ったほうがあたいは好きだな!」
「なな、何をいきなり」
「なんだ!? 同じ女ではないか! 胸を揉まれたくらいで大袈裟だな!」
「女とか男とか関係ありません!」
「ならばあたいの胸を揉ませてやろう!」
言うなり夏輝さんはあたしの手を取って彩也子さんとは逆にほとんどつるぺたな胸に触らせた。
「どうだ! ぺったんこだろう!」
確かに身長が小学生くらいだから胸もぺったんこだったけれど、ぺったんこだろうが何だろうが曲がりなりにも女の子の胸に手を当てるなんてことをしてしまってあたしは焦った。
「わかりました、わかりましたから!」
掴まれた手を振りほどいてつるぺたな胸から手を離すときょとんとされた。
「なんだ!? おまえも彩也子さんや舞子のような大きい胸が好みなのか!? おい、舞子、ちょっとこやつにおまえの胸を揉ませてやれ!」
「いいよぉ」
「揉みたくないからいいです!」
「あら、残念」
「どこが残念なの!」
「舞子がイヤならわたしの胸がいいの?」
「話がややこしくなるから静音さんは黙ってて!」
「あっはっはっはっ! なかなかのツッコミの切れ味だな! 気に入った!」
小さな身体で大盛りの焼きそばを食べた夏輝さんは呵々と笑ってあたしの背中をばしばし叩いた。大きな口を開けて笑っていると歯に青のりがついているのが見えたけれど、そんなどこか抜けたところが何となく憎めなくてあたしは曖昧な笑みを浮かべて叩かれるに任されていた。
そんな様子を彩也子さんはにこにこと、舞子さんはにやにやと、静音さんは無表情に眺めていた。
突然胸を揉まれて、さらには胸を触らされてどうなるかと思ったものの、磊落な印象の夏輝さんにいやらしさはまったくなくて舞子さんや静音さんとのファーストコンタクトよりはまだマシだと思えた。
「さて、あたいは持って帰った荷物でも整理するか! 晩飯になったら呼んでくれ!」
「はいはい。夏輝ちゃんが帰ってきたことだし、今日のおかずは夏輝ちゃんの大好きな肉じゃがにしましょうかね」
「おぉ! それはいい! 彩也子さんの肉じゃがは天下一品だからな!」
「あらあら、ふふふ、褒めても肉じゃがしか出てきませんよ」
「それでいい!」
声も大きいけど態度も大きい。でもそれがイヤらしく見えないから夏輝さんと言うのは不思議な存在だった。
食堂から夏輝さんがいなくなって、彩也子さんも台所に引っ込んだ後、残されたあたしは、舞子さん、静音さんにぽつりと言った。
「元気な人だね」
「あぁ、この寮のムードメーカーだな」
「何となくわかる」
「わかるか? まぁその他にも色々あるが、それもおいおいわかってくるだろう」
「色々?」
尋ねてみるけれど舞子さんはにやにやしたまま答えてくれない。静音さんはボーっとあたしと舞子さんの会話を聞いて口を挟まなかった。
さすがに舞子さんみたいに部屋に忍び込んで裸のまま布団に潜り込んでくることはないだろう。それにあれだけ小さいと潜り込まれても抱き枕みたいで逆に心地いいかもしれない。
そんなふうに思いながら荷物を待っていたけれど、今日は来なかった。引越しの荷物はママに任せたままだったので、いつ到着するのかわからなかったけれど、明日には届くだろうと楽観して午後を過ごし、彩也子さんのおいしい肉じゃがに舌鼓を打ち、夏輝さんが加わって賑やかになった食事を過ごした。
食後に部屋でゴロゴロしていると彩也子さんがお風呂が沸いたわよと言ってくれたので、まずは静音さんの部屋に行く。飼っていると言うメダカの水槽を眺めていた静音さんにお風呂の順番はどうするかを尋ねると後でいいと言われたので次は舞子さんのところに向かう。
すると舞子さんは帰ってきたばかりだし、一番風呂は夏輝さんに譲ってやれと言われたのでその通りにしようと思った。
夏輝さんの部屋は202号室だったなと思って、202号室に行って一番風呂をどうぞと言うと夏輝さんはどうやらスポーツバッグから出したらしい服やら下着やらが散乱した部屋でお菓子を食べていた。夕飯もかなりの量を食べたはずなのに、この小さい身体のどこに入るのかと思えるくらいだったけれど、お風呂と聞いて夏輝さんはその辺に散らばっている中から無地の白いショーツとブラを見つけ出して小脇に抱えた。
「伝達ご苦労! 千鶴!」
「は、はい」
「一緒に入るか!?」
「はい?」
「いや、一緒に入ろう! せっかく同じ寮の仲間になったのだ! 親睦を深めるためにも裸の付き合いと行こうではないか!」
「えぇ……、狭くないですか?」
「あたいはこのなりだからな! 問題ない! さぁ、行くぞ!」
にこやかに宣言するなり夏輝さんはあたしの手を引っ張った。
夕飯の席で夏輝さんは3年生だと聞いていたので先輩になる。断るにしてもこれから同じ寮で暮らす先輩に対して失礼がないようにと思って考えてはみるものの、夏輝さんは小さな身体のどこにこんな力があるのかと思えるくらいの強さであたしを引っ張って風呂場まで連れてきてしまった。
「さぁ脱ぐのだ!」
「ええっとぉ……」
断りの言葉を探しているうちに夏輝さんは手早く服を脱いですっぽんぽんになる。
程よく日焼けした肌が眩しいくらいの小さな身体は、これまた程よく引き締まっていて肉付きが悪いと言うより無駄な贅肉がないと言った感じだった。胸がつるぺたなのも、発育がと言う問題じゃなくてこの無駄を省いた結果なのではないかと思えるくらいだ。
「何をしている!」
「わかりました。わかりましたから着替えを取ってこさせてください」
「ならよい! 先に入っているぞ!」
断れないまま成り行きで一緒に入ることになってしまったけれど、これも先輩の頼みだから仕方がないと思うことにする。
夏輝さんは見るからにさっぱりとした性格っぽいし、何事もないだろうとタカをくくってお風呂場に向かったあたしは夏輝さんと一緒のお風呂でとんでもない目に遭った。
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