雪綿虫
青谷因
雪綿虫
世の中が節分行事でわずかばかりに活気を取り戻した後、立春を過ぎた頃の事だったと思う。
相変わらず朝晩はときおり氷点下の冷え込みで、暖房の効きづらい寝室から布団にもぐったまま、腕をいっぱいに伸ばして羽織りものを手繰り寄せた僕は、しばらく往生際悪く、もぞもぞとしていた。
やや葛藤したのち、ようやく腹を決めて身を起こしてから、ふと外の様子が気になったので、半間窓のカーテンをちらりとだけめくってみた。
――ああ、やっぱりか・・・
この日の朝は特に、底冷えを感じたので、なんとなく予想は付いていたが、いざ目の当たりにすると、思った以上に気が滅入った。
それほどの量ではないが、ここ最近にしてはなかなかの積雪だった。
「10センチ・・・以上はあるかな・・・。雪国の人たちからしたら、そんな大した量じゃないとは思うけど――」
平均してあまり雪の降らない地域では、わずかの積雪でも対処に困ることが少なくなく。
この程度でも簡単に、列車遅延や交通支障が頻発して、あちこちで混乱をきたしてしまうのだった。
「・・・雪虫、飛んでたしな。やっぱ、降るんだ・・・」
雪の降る前兆として知られる"雪虫"。
けれど。
あの日に見たものは、ちょっと違っていた。
僕の思い過ごしでなければ。
「あいつ・・・刺してきたんだ。マジで、ちょっと痛かった」
「えっ。」
「君は、刺されたりしなかったの?」
驚いた様子で、彼女はひと言感嘆したまま、僕をじっと見つめていた。
「・・・そうですね、刺されなかったか、というより、気持ち悪くてすぐに払いのけてしまったので・・・」
僕の問いかけに苦笑いを浮かべながらそう返すと、ストローでグラスの氷をカラカラと回した。
彼女は、最近僕の部署に配属された後輩で、主に係長が仕事を教えることになっていた。しかし年が近いということから、僕が相談事などのサポート役に指名されている。
今日は仕事終わり、僕の方から声をかけて、食事に誘った。
彼女に気があるからとかいう下心でも無く、仕事関連の話をするわけでもない。ただ僕のプライベートな用件で、付き合わせているのだった。
というのも。
彼女もまた、"目撃者"らしいからだった。
雪綿虫 青谷因 @chinamu-aotani
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