EX1話:ソルの勉強と実験

 ソルは自室で植物図鑑を眺めていた。

 ソレイユ地方の冬は長い。雪かきによって、最低限に街の機能を維持することは出来るが、それが限界だ。なので、街にあるという学校も、長い冬休みに入っている。

 黙々と、これはと思う植物の名前、分布、そして効能をまとめ記憶していく。


 これも、神々の「配慮」なのかどうかは知らないが、動植物は前世の世界と大して違いは無いようだった。多少の名前が違うことはあれど、概ね見知ったものが記載されている。

 前世の知識が無駄にならなさそうで、軽く安堵している。


「失礼します」

 ソルの傍らに、リュンヌが姿を現す。予想した動きではあるので、驚きはしない。

「ここ最近、ずっとその本をご覧になっていますけど。ソル様は花がお好きなのですか?」


「別に? 好きでも嫌いでもありませんでしてよ? 強いて挙げれば、有能なものは好ましく思いますけれどね」

 そう答えると、リュンヌは渋い顔を浮かべた。


「何ですの? その顔は?」

「いえ、何と言いましょうか。正ヒロインの言う台詞じゃないよなあと思ったまでです」

「五月蠅いわね。正ヒロインだとか、知った事じゃありませんわ」

「というか、それなら何故そのような本を熱心に読まれているんですか?」

「そうね。教えてあげるわ」


 そこで、ソルは図鑑ではなくリュンヌに顔を向けた。

「ちゃんと、持ってきたようね」

「ええ、まあ」

 リュンヌは言いつけ通り、その両手で、抱えるようにたらいを持っていた。


 ソルは机の上に置いていた皿から、黒い丸薬を一つ摘まんだ。

「リュンヌ? 口を開けなさい?」

 笑顔を浮かべる。

 しかし、彼は疑わしい視線を返すだけだった。


「開けなさい」

「嫌です」

「この私が信用出来ないと言うんですの?」

「そんな、正ヒロインが絶対にしちゃいけない顔をしながらの要求が聞けるわけないでしょうっ!?」

 ソルは顔をしかめた。


「私が、どんな顔だって言うんですの?」

「鏡見ますか? 悪魔そのものって笑顔してましたよ?」

「あーもうっ! ごちゃごちゃ五月蠅くてよ? いいから、大人しく飲みなさいっ! 絶対に、毒ではありません。体には無害でしてよ?」

 数秒、リュンヌが押し黙る。


「本当に、本当ですよね?」

「本当に、本当です」

「嘘だったら怒りますよ?」

 ソルは嘆息する。


「まったく、疑り深いわね。あなた」

「ソル様には言われたくないです」

 とは言いつつも、渋々ながら「あ~ん」とリュンヌは大きく口を開けた。その口の中に、摘まんだ丸薬を指で入れる。

 リュンヌは丸薬を飲み込んだ。

 直後、血相を変える。


「うげええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 リュンヌは彼が手にしていたたらいに、盛大に嘔吐した。

 腰も抜けたのか、たらいを床に置き、這いつくばって吐き続ける。

 その様子を眺め、顎に手を当ててソルは満足げに頷いた。

「よし」

 材料には、庭に植えためと思われる植物の種をいくつか拝借して使ったのだが、上手くいったようだ。


「『よし』じゃねええええええええぇぇぇぇっっ!!」

 途端、立ち上がったリュンヌに頭を叩かれた。スパァンッ! と甲高い音が鳴る。

 手ではない。この一瞬で、どこから取り出したのか、彼の手には紙を折り畳んで作った、扇のようなものがあった。どうやらこれで叩かれたらしい。おかげで、大して痛くはないが。


「なっ!? 何をするんですの?」

「それはこっちの台詞ですっ! 何てもの飲ませるんですか? これ、絶対に毒ですよね?」

「違いましてよ?」

「嘘吐けっ! 正直に言わないと、次はグーでいきますからねっ?」


 リュンヌは紙の扇を消した。威嚇だと言わんばかりに、拳に息を吐きかける。どうやら、かなり本気らしい。

 これは、早く説明した方がよさそうだ。少し、恐い。


「ええと。それは、こういった本で確認して、試しにこの世界で調達出来た材料で作った吐き薬ですわ。万一、飲み込んだままでも無害ですから、安心なさい」

「吐き薬?」

 ソルは頷いた。


「そうよ。あなたに言わせればあり得ないんでしょうけれど、万一のために常備しておきますの。毒を飲まされたら、いつでもすぐに吐き出せるようにね? 他にも色々と、解毒剤を用意するつもりですわ」

 その答えに、リュンヌは半眼を浮かべた。


「あー。そういう訳ですか。それはまあ、ソル様の前世での生い立ちを考えれば、気持ちは分からなくはないですし。僕も止めはしませんけど」

 大きく、溜息も吐いてくる。

「でもせめて、こういうのを頼むときは、事前に説明してくれませんかね?」


「事前に頼めば、素直に受けて下さいますの?」

 リュンヌは呻いた。

「そうですね。きちんと、何を使ってどのように作ったどんなものなのかを説明してくれれば」

 とは言いながらも、その顔は怯えきっていた。


 まあ、下手に信用を落とす真似を続けても、今後やりにくいことが出てくるかも知れないので、騙し討ちのような真似は控えた方がいいかも知れない。

 それとは別に、怯えるリュンヌの表情には、少しだけサディスティックな快感を覚えたが。

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