第14話 営倉での話 1
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「ここ、
ソフィアは居心地悪く首を竦め、それから周囲を窺った。
たぶん、営倉などと言われなければ〝個室〟だと思っただろう。
ソフィアにあてがわれた部屋よりは幾分狭く、そして照明が暗いが、いたって普通だ。
懲罰的なものがあるわけでもなく、不衛生でもない。ソフィアが使用しているものよりも、もっとずっと簡素なベッドがあり、質素な机があり、椅子がある。
ただ、それだけの部屋だ。
「拷問器具とかあるとおもった?」
ライトが笑う。
ソフィアは目を剥いて首を横に振った。
まぁ、営倉とは、犯罪を犯した軍人を閉じ込めることが目的なのだから、それなりの何かがあるのかも、と勘ぐっていたのは確かだ。
「本来の営倉とは少し違うと思うよ。……僕も実際に入ったことはないけど」
ライトは苦笑いをし、それからポットを持って戻ってきた。湯が沸いたところなのか、時折、しゅん、と音がする。
「照明はたぶんついてないだろうし……。椅子やベッドもないんじゃないかな」
ライトはそう言うと、ソフィアの向かいに座った。ポットを机に置き、ざっと机の上を眺める。つられるようにソフィアも、その雑多な商品の山を見た。
無重力対応のため、床に固定された無機質のスチール机の上には。
瓶詰の茶葉。色とりどりの金平糖。ガラス細工のような飴。きらびやかな岩塩が乗ったショコラ。琥珀色のべっこうあめに、動物の形に押し切りされたサブレも見える。
たぶん、商品の底を接着スプレーで止められているのだろう。さっき無重力状態だったにも関わらず、乱れも破損もない。
みんな。
売店で、購入できる商品だ。
いずれも。
ソフィアがラッピングした商品だった。
そして。
ソフィアは視線をするり、と移動させる。
それらの商品に囲まれ、満足そうに笑みを浮かべ、半眼を開いているのは。
あの、人形だ。
机の中央に座り、足をだらしなく伸ばした形で座ったその人形の衣服は、初めて見たときよりも更に汚れ、そして裂けている。
ソフィアは、数十分前の争いを思い出し、ぞくりと背筋を伸ばした。
人形のドレスが裂けているのは、あの女の爪が破いたからであり。
人形の頬が汚れているのは、あの女の血をすすったからだ。
「時間は大丈夫? お店にすぐ戻らなきゃいけない?」
ライトは人差し指をネクタイの結び目に差し入れ、乱雑に緩める。
喪服のネクタイ。
それが端緒となり、ソフィアはふと、サイモン・キーンの勤めていた会社の社長を思い出した。
『うちの社員が、とんでもないことを……。本当に申し訳ない』
社長はそう言うと、深々と頭を下げた。
下げ続けた。
だから、ソフィアは彼の顔を良く覚えていない。今、脳裏に浮かんでいるのも、彼のつむじと。
でろり、と垂れた、舌のような喪服のネクタイだけだ。
「いいえ。今日はもう、店じまいしてきましたから」
ソフィアは頭に浮かぶ映像を追いやるように首を横に振ると、口端を上げて微笑んでみせる。
演習がおわるまでにはまだ数時間ある。
開けていたとしても、客は来ないだろう。
それに、艦に派遣されてから、ソフィアは起きている間のほとんどを店で過ごしていた。本来はきちんと開店時間が決まっているのだが、休日をもらっても、外部に遊びに出て行けるわけじゃない。
なにしろ、この艦を取り囲むのは宇宙空間だ。気晴らしと言えば、せいぜい、艦内にあるシアタールームか遊戯室ぐらいなのだが。
残念ながら、車いす対応にはなっていない。シアタールームには、『車いす専用』の座席はないし、遊戯室でビリヤードをしようにも、車いす対応の高さではない。ダーツもだ。もちろん、ソフィアの電動車いすは座席が上下可動式なので、テーブルやゲーム台の高さまで調整することも可能なのだが。
そこまでして、やりたいわけではない。
なんとなくソフィアは店にいて、来客と話をしたり、ラッピング用の小物を手作りすることが一番の気晴らしになっていた。
だから。
働き過ぎのソフィアは、いつ店を閉めても本社に咎められるいわれはないのだった。
「マグカップでいい?」
不意にライトに尋ねられ、ソフィアは肩を跳ね上げて彼を見た。
穏やかな黒曜石の瞳に微笑まれ、ソフィアは力なくうなずく。
なにがマグカップでいいのか。
正直意味も解らず首肯したのだが、どうやら『紅茶を入れるが、ティカップなどというしゃれたものはなく、普段使いのマグカップしかないが、それでもいいか』ということだったらしい。
ライトは適当に茶葉の瓶をつかみ取ると、きゅるり、と蓋を開けた。
きょろきょろ見回し、スプーンで、適当に金属ボール型の茶こしに茶葉を入れる。正直、「……入れすぎでは」とソフィアは思ったが、ライト自身は気にも留めていない。
結構な量を詰め込むと、放り込むようにマグカップに入れた。一緒に、引き出し用の鎖まで入れてしまったらしく、慌ててコップのふちにひっかけると、ソフィアの目が気になりだしたのか、そこからは慎重にポットから湯を注いだ。
「ミルク? レモン?」
ライトがソフィアに言う。
なんだかその、〝やりきった感〟満載の顔に、ソフィアは小さく笑みを浮かべた。ようやく肩のこわばりが溶けた思いで、首を横に振る。
「ストレートで」
返事をすると、ライトは小さく頷いて、マグカップをソフィアの前にまで滑らせた。
「良い濃さになったら、茶こしはそれに入れて」
そう言われて差し出されたのは、ガラスの皿だ。多分、キャンディーが盛られていた商品の一部だと思う。
「部屋は、ないんですか……?」
ソフィアは両手でマグカップを持つ。
顔に近づけると、鼻先を掠めたのは渋みを感じる紅茶の香り。
やはり、茶葉を入れすぎだ。ソフィアは失礼にならないよう、気を付けながら、そっと茶こしをマグカップから引き出す。
ライト自身はコーヒーを飲むらしい。マグカップに、やはり「……多いのでは」とソフィアが訝しむほどのインスタントコーヒーの粉末を放り込んでいる。
「ここだよ」
ライトは驚いたように顔を上げた。ついでに瓶が揺れたらしい。インスタントコーヒーの粉末が散り、人形の靴に少しかかる。
「お。ご免。
ライトはぞんざいに、指で粉末を拭う。
「むかーしの、持衰は船倉に放り込まれていたらしいけどね。さすがに、それはまずい、と上層部も考えたんじゃない? ほら、人権とかあるし」
ライトは軽やかに笑い、ポットから湯をなみなみと注いだ。
「あの」
ソフィアは、口唇にマグカップを寄せ、首を傾げて見せた。
「あなたが、持衰ですか?」
それが一番の疑問だった。
ソフィアは軍人たちから〝持衰〟の話を聞いた時から、てっきり〝持衰〟とは、人間だとおもっていたのだ。
しかも、女。
なにしろ、軍人たちは言うのだ。口々に。
『ラッピングをよろしく。できるだけ、女の子が喜ぶように』
と。
だが、実際に会ってみれば、持衰らしき人物は〝男〟。
なおかつ。
その本人は、自分が抱えている人形をさして〝持衰〟と呼んでいる。
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