第222話「大丈夫。ロイク様なら出来ますわ」

週末の休日……

俺とアメリー様はふたりだけで、サニエ子爵家邸へ向かった。


ふたりだけとはいっても、護衛の騎士数名に随行して貰い、送っては貰うが……


アメリー様の父上、アルセーヌ・サニエ子爵とその奥様、


つまりアメリー様の御両親、サニエご夫妻には、

俺とアメリー様のふたりだけでお会いするのだ。


「アメリー様を、絶対幸せにします! 僕にください!」


と言う為に。


目的地のサニエ子爵家邸は、リヴァロル公爵家邸と同じ貴族街区にある。


距離もそう離れてはいない。


馬車で10分少しというところ。


だから『里帰り』といっても目と鼻の先であり、大仰なものではない。

なので、アメリー様は何度か、実家へ帰り、俺の事は話していたようだ。


俺も本当はもっと早く、アメリー様のご両親と会うはずだった。

でも、タイミングが合わず、先延ばしになってしまっていた。


今、サニエ子爵家邸へ走る馬車の車内には、俺とアメリー様のふたりきり。

当然アメリー様は、超が付く甘えん坊と化し、

俺に抱き着き、顔をすりすりさせていた。


あるじのジョルジエット様が居ないせいなのか、甘え方はいつもより激しい。


せっけんの香りがする、可憐な清楚系美少女に密着され、べたべた甘えられている状況。


健康男子ならば、思わず優しく抱きしめ返し、キスのひとつやふたつするところ。

もしかしたら、むらむら来てディープキスまでするやもしれない。


しかし、それどころではなかった。


そもそも身分上、王女たるルクレツィア様との絡みがあるから、

身分の順番があって、子爵令嬢であるアメリー様へ先にキスをするのはNG。


……なのだが、それだけではない。


ズバリ、俺は緊張している!


緊張?

何、それ?

と突っ込まれそうだが、言い切れる! 緊張していると!


トレゾール公地のドラゴン10体を始め、いろいろな戦いを経験して来た俺だが、

今が、一番緊張しているかもしれない。


何故なら、彼女居ない歴25年だった前世ケン・アキヤマの俺は、

当然ながら結婚を前提に交際した事などない、皆無だ。


それゆえ「〇〇さんを、絶対幸せにします! 僕にください!」

などという、交際相手の女子の実家へ突撃をした事などないのだ。


アメリー様が俺と結婚する事に関しては、

寄り親のグレゴワール様が、寄り子サニエ子爵の了解を得ている。


だから今回の結婚許可を得るのは、儀式のようなもの。


でも筋を通す為、


「アメリー様を、絶対幸せにします! 僕にください!」


と言わなければならないマナーが、ステディ・リインカネーションの世界にもある。


……いずれ来るだろう、この日の為、俺は準備を周到にしていた。


サニエ子爵、奥様の性格、思考趣味等々を、

アメリー様は勿論だが、ジョルジエット様へも、


更にサニエ子爵の寄り親であるグレゴワール様へ、

ガンガン聞き取り調査をしていたのだ。


先日サニエ子爵には、初めて王立闘技場であったが……

俺は当事者で、来賓のサニエ子爵とはゆっくり話をする時間はなかったし、

ぱっと見の印象だけで、どのような人柄なのか分からなかった。


発する波動から悪い人ではないと思ったが。


その上、サニエ子爵の方から、


「婿殿、後でじっくりと話そうな」


とか言われてしまった。


そこから、とんとん拍子に話が進み、スケジュールが折り合い……


グレゴワール様からは、早くアルセーヌに会った方が良いぞ!


とか促され、「後でじっくりと話そうな」が、今日となったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


甘えに甘え、俺の胸に顔をうずめていたアメリー様。


ふっと顔を上げ、馬車の車窓から、外の風景を見た。


後、数分でサニエ子爵家邸という位置だ。


アメリー様は、にっこり笑い、


「ロイク様、そろそろ、ウチへ到着しますわ」


「あ、ああ、アメリー様、そうですね」


対して俺が思わず言えば、


アメリー様は微笑んだまま、ゆっくりと首を横へ振る。


「私をアメリー様と呼ぶのはいけませんわ、ロイク様。いつも言っているでしょう? 貴方はもう上級貴族たる伯爵。子爵であるウチのお父様より爵位は上なのです。堂々としてくださいね」


ああ、そうだった。

爵位を授与されてから、ちゃんと伯爵として、貴族としてふるまうよう、

グレゴワール様を始めとして、いろいろな人達から、度々言われていた。


でも俺は、どがつく元平民で、若干16歳の小僧である。

前世だって、頭を下げることが仕事だと社長、部長に言われた営業職。


卑屈になるわけではないが、

いつもの癖で、貴族令嬢のジョルジエット様、アメリー様を、

様付で呼んでしまう。


秘書達も同じで、今まで「さん」と呼んでいたし、全員年上だから、

つい、へりくだってしまう。


そもそも俺自身が、偉そうにする鼻持ちならない奴が大嫌い。

なので、驕らず控えめにとなってしまう。


でも立場上、いつまでもそうしてはいられない。


俺は6人の嫁と結婚し、増えるであろう家族を守り、

貴族としても、このファルコ王国を支えていかねばならない。


そんな俺の決意と心の葛藤を、聡明なアメリー様はしっかりと見抜いている。


「ロイク様、貴方はいずれリヴァロル公爵家をも継ぐお方なのです。様などつけず、当主として、私もアメリーと上から目線で呼んでください」


「当主として、上から目線ですか、ははは、もう少し貫禄がつくように頑張ります」


「うふふふ♡ 分かりましたわ、ロイク様。私は、優しいロイク様が大好き。ですから、優しいまま、穏やかに堂々としてください」


「優しいまま、穏やかに堂々とですか?」


「はい、優しいまま、穏やかに堂々とですわ。あ、そうそう! 丁寧すぎる敬語も、妻となる私達には不要です」


「丁寧すぎる敬語も不要ですか……か。いろいろと難しいですね」


「大丈夫。ロイク様なら出来ますわ。さあ! まずは私をアメリーと呼ぶ事から始めましょう。大きな声でお願いしますわ」


「……ア、アメリー!」


「はいっ!」


少しためらいながらも、俺が大きな声で呼ぶと、

アメリー様、否、アメリーは同じく大きな声で返事をし、

嬉しそうに微笑んだのである。

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