禁呪、それは魔法の追放。封魔のディースは舞い降りた

カズサノスケ

第1話

「ディース、こたびは何歳になった?」


「2日にございます。オーディン様」


「そうか……。いつも短くてすまぬ」


「いえ、私は死ぬ為に生きておりますので。お呼びになられたという事は?」


「封魔の儀式が必要な様だ。人間たちの探究心が強いのは結構なのだが、どうしていつも程よいところでやめる事を知らぬのか……」


「嘆いても仕方ありませぬ。そして、その為にこのディースがおります」



 私は天界から人間界へと舞い降りた。人間が使うにしてはいきすぎた力を持つ魔法に封魔の儀式を施して禁呪に指定しなければならない。


「見つけた、そこっ!」


 黒のローブを身にまとい魔力を増幅する杖を持つ者。肌の色は白に近く長い金髪を風になびかせている姿、それは女の様に見えるほど美しい姿をした男だった。


「おや、羽を生やした人間がいるわけありませんね。天使? お迎えが来る様な歳じゃないはずなのですがどうした事でしょう」


 地上に脚を着けた瞬間、足下から吸い上げた大地の力を手の平に集めて金髪の男を目掛けて放出した。無数の石つぶてが飛んでいく。しかし、その者が杖を身体の正面に構えた時、その前に拡げられた魔法のシールドが石つぶてを完全に弾いた。


「いきなり随分な挨拶ですね! ならば!!」


 金髪の男が杖の先端を私に向ける。その瞬間、巨大な火の球が迫ってくるのが見えた。


(封魔を誘うほどの者、無詠唱は想定の範囲内)


 再び足下から吸い上げた力を使う。岩の壁を現し目の前に置いた瞬間、火球が当たって爆ぜた。そして、すぐさま再び足下に意識を集中する。そこからスッと力が抜けていくのがわかった。


 金髪の男の背後に立ち、至近距離から石つぶてを撃ち込む。その者の身体はバラバラに砕け散った。ただし、それはまるで霧でも散らした様な光景だ。そして、私の背後に人の気配を感じた。


「土の壁で自身を覆う様にして避けたから怪しいとは思ったが、地中を移動して背後を取りに来るのは予想外だったよ。まあ、意図さえ読んでしまえば手段なんてどうでもいいんだけどね」


(なるほど。戦いのセンスはそれなりにある様だが)


 ガシリと何者かに両足首を掴まれる感覚がした。足下に描かれた魔法陣に何らかの魔術式が組み込まれているのだろう、吸い付けられているのがわかる。


「天使さんにしては随分と凶暴だ。でも、悪魔というわけでもなさそうだ。僕にしては記憶の中を洗うのに少々時間がかかってしまったな〜〜。全身を黒いヴェールで覆った戦乙女の姿、君はディースだね?」


「……(さすがは高位の魔導師といった知識量か)」


「神が遣わす破滅と不吉を司りし者。それがどうして僕の前に現れるんだい? 魔王を倒し者の1人なんだよ、神からご褒美を頂いてもおかしくないと思うんだけど」


「……(この自信に満ちた物言い、危険だ)」


「だんまりか。まあいい、動きは封じたのだから時間をかけてゆっくりと聞き出そう。僕の探究心がうずきだしているからね〜〜」


 金髪の男はそう言うと空を見上げた。恐らく、天界の事を知りたいのだろう。この男の探究心には果てがない、なるほど封魔の儀式を行使する相手に相応しそうだ。


「お前が天界に召される事は決してない」


 金髪の男は目を丸くしていた。明らかに思い描いたのと違う反応を私が示して見せたからだろう。


「おや? 意外だね、喋った。でも、仲良くテーブルを囲んで紅茶とお菓子を頂く様な気分ではなさそうだね」


「何でも見通している様な話しぶり。意外、と感じる機会は珍しいのではないか?」


「まあ、そうだね。10年に1度あるかないかじゃないかな。そんな事より、せっかく目の前に美しいディースが現れたんだ。僕の探究心がうずく、人間の女と身体の作りがどう違うのか確かめないとね」


 金髪の男はそう言いながら私のヴェールの中に手を伸ばしてきた。それは腰の辺りをまさぐり衣服の内側へと滑り込んでくる。その時、両の翼を僅かに羽ばたかせ風を足下に送り込んだ。そこにある魔法陣が消し飛び、私の身体が宙に浮き上がった。


「10年に1度あるかどうかが、1分間に2度もあると随分得した気分じゃない?」


 先程まで美しい顔で涼やかな表情をしていた金髪の男を上から見下ろすと、その美しさはみるみる崩れていった。


「最初から解けたものを解かず、僕の探究心を煽るだけ煽って生殺しにするとは! ディースとは僕より性格が捻れているじゃないか!! くそっ、こうなれば僕が完成させた究極魔法で葬ってやる」


(やはり、怒りに任せてしまうのか。これだから人間は……)


「これは魔王と戦う為に編み出し、実際に苦しめ追い込んだとっておきの一撃だ! 美しい者にとって大いなる屈辱をもたらす魔法、その身に食らえるのを光栄に思うんだな」


(それほどの物を完成させたまではいいのよ。でも、その力に酔いしれている……。そして、感情に任せて使う様では人同士の争いに利用される恐れがある。魔王に対抗出来るほどの希望となった力は人間を葬る破滅の力と表裏一体だとなぜ気付かない!?)


 禁呪と定める魔法はその破壊力だけで決められるわけではない。編み出した術者の心の強さも考慮に入れられる。適切に使えるだけの強さを持っているのであれば暫くは観察対象で済むのだけど、この金髪の男はダメだ。


 通常の魔法ならば無詠唱で使いこなした金髪の男だったが今は詠唱を始めていた。それほど複雑で強大な魔力を注入して放つ一撃なのだろう。そして、それを唱える顔には恍惚の表情が浮かんでいた。


(完全に自身の魔法に飲まれたか)


「その者の身体を蝕め! エイジンカーズ!!」


 金髪の男が放った魔法が迫ってくるのがわかった。私はそれをかわす事はしない。身体中を電流が走り廻っている様な感覚に包まれる。腕に目をやると全体的に縮み始めしわの様なものが浮かび上がるのが見えた。


「どんな強者でも老いれば弱くなる。これは時の流れを一気に進めて身体を老いさせる魔法だ。魔力に満ち溢れる完全な状態で姿を現した魔王にはどんな物理攻撃も魔法攻撃も効かなかった。そこで、僕は老いさせる手を考えたのさ」


(確かにいい方法かもしれない。しかし、これだけ扱いの難しい魔法、コントロールが狂って魔力が爆散したら一気に人間達を老化させかねない。これから先、術者のあなたが自然と老いた時に完全にコントロール出来るとでも思っているのかしら?)


 身体の中を走らせる事で魔法の特性は理解した。後は封魔の儀式でこの魔法を使用した者へのマイナス効果を付与するだけだ。身に受けた魔法が背中の翼へ流れ込んでいくのを感じ取ったところで羽ばたかせる。


「管理ナンバー871、時を進めしエイジングカーズを禁呪魔法として指定します。封魔の翼よ、その呪いを魔法にあたえたまえ!」


 金髪の男が編み出した扱いの難しい魔法が他の魔導師に伝承される可能性は低いのかもしれない。しかし、人間の探求心は我々の予想を越えてくる事が時としてある。私はそれに備えなければならない。身体が記憶した魔法の個性は翼が起こした風で天界へと舞い上がった。後に、これと同じ物を天界に置かれた封魔塔が察知した時に禁呪の呪いは発動する。未来永劫続くその準備は整った。


「なっ、なんだ!? 僕が縮んでいる!?」


 天界の封魔塔から打ち出された光が金髪の男を捉える。長い金髪をゆらす男は生まれたての赤ん坊までその姿を戻した。蓄えた知識も全て消えた、再びエイジンカーズを編み出す様な魔導師に育つかは本人次第だ。仮にそうした場合、また赤ん坊に戻る羽目になるのだが、それは私には関係のない未来。


「時を進めし魔法への呪い、それは進めた分と同じだけ術者の時を戻す効果とした」


 その発動を見届けたところで私の871回目の身体がいつもの様に崩れ始めた。



 新たに生まれた人間の子供。その心の中で私は人間の言うところの死の状態を続ける。この子の身体が育ち探求心が芽生えた時、その観察を始める。やがてこの子が死ぬ時に私の872回目の身体が再生される事だろう。その時私は、この子の探求心の拡がり方を学んだ上で872回目の封魔の儀式に召されるのだ。

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禁呪、それは魔法の追放。封魔のディースは舞い降りた カズサノスケ @oniwaban

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