夢幻の愛交
もちころ
第1話
妻の百合子とは、もう5年ほどセックスをしていない。
結婚して、7年。
新婚の頃は毎日盛りがついた獣のように、お互いの体を抱き合い、気が狂うほど激しく愛し合った。
しかし、私も百合子も仕事が忙しくなり、セックスをする回数は必然的に減っていった。
一緒のベッドで眠ることはあるが、キスも愛撫も全くしない。
仕事から帰ってきた百合子と一緒に飯を食べ、風呂に入り、適当なテレビを見て眠りにつく。
そうした毎日を淡々と過ごすうちに、私たちは盛りのついた獣ではなく、動物としての本能を捨てた、ただの「人間」となった。
正直に言って、百合子に対してあの頃のような熱情を感じることはない。
今年で30歳を迎えた彼女は、化粧っけもなく、服装も徐々に地味になり、淡々と仕事や家事をこなすために長い黒髪をいつも一つ縛りにしている。
若い頃は、もっと洒落っ気があった、可愛い女だった。
だが、熱情は感じなくても、「愛おしい」と思う気持ちはある。
それが、「女」としての彼女ではなく、「妻」としての彼女に対する愛情であっても。
邪推な思いを振り切るかのように、私はディスプレイへと目を向け、淡々とパソコンのキーボードを打ち続ける。
オフィスの中は、同僚・後輩・上司の声で包まれている。
「よ、お疲れさん。」
デスクの右隣から、声をかけられた。
同僚の、竹川だ。
素朴な顔立ちながらも、爽やかな笑顔と鍛え上げられた体がワイシャツに浮かぶ。
私と同期入社したとは思えないほど、若々しい容姿を保った男だ。
「お疲れ、竹川。今日は珍しく早帰りだな。」
「ああ。お得意様との商談が意外と早く終わったからな。さっさと会社に戻ってきたってわけ。」
「そうか。」
竹川は、この会社のエース社員だ。
営業成績もトップで、仕事もできる。
上司や後輩からの信頼も厚く、若い女性社員には特に人気が高い。
だが、そんな彼にも欠点がある。
「そういえば、お前嫁さんとセックスレスなんだろ?どうだ、今度知り合いの女の子数人連れて合コンするから、お前も来ないか?いいストレス発散になるぞ。」
…女遊びが激しい点だ。
「いいや、遠慮しとくよ。」
私は、竹川から視線を外し、ディスプレイに映し出されたデータを淡々と入力していく。
「いや、どうしてだよ。もう5年もセックスしてないんだろ?そろそろお前の方も限界かなぁって思ってさ。俺だったら、1ヵ月お預けなだけで限界なのに。」
「竹川。気遣ってもらえるのは嬉しいけど、私は妻帯者だ。妻に対して不誠実なことはしたくない。だから、その合コンとやらは他のやつを誘ってくれないか。」
竹川は、ほんの少しだけ唇を尖らせたが、すぐにまたいつもの笑顔に戻った。
「分かったよ。じゃあ、お前は抜きで。また気が変わったら、いつでも連絡くれよ。」
竹川は、そう言って自分のデスクから書類を出し、カバンを持って上司のところへと向かっていった。
その姿を見もせず、私は淡々とパソコンで仕事を行う。
正直、竹川が羨ましいと思った。
独身で、いつでも気兼ねなく女遊びができる。
(女遊びの激しさが原因で何件かトラブルを起こしたことがあるが)
若くて、美しい女性と獣のように交わうことができる彼を、何度羨ましいと思っただろう。
けれど、妻がいる以上、それは決して許されないことだ。
百合子のことは愛している。
セックスはしないが、「妻」としては愛している。
だからこそ、不誠実なことはしたくない。
けれど、この胸の内にくすぶる思いは何なのだろうか。
私は、くすぶる思いを胸に抱きながら仕事を続けた。
そして、終業を告げるベルが鳴る。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「おかえりなさい。」
仕事場から帰宅すると、リビングには百合子がいた。
もうすでに、いつものリクルートスーツを脱いでパジャマ姿になり、ダイニングテーブルで読書をしていた。
髪がまだしっとりしていることから、風呂上りなのだろう。
「今日はいつもより早かったね。」
「まあ、ほとんどパソコンの前で作業しっぱなしだったから。」
「ふふっ、頑張ってるね。今日のご飯どうする?お肉とか、卵なら余ってるけど。」
「じゃあ、今日は親子丼がいいな。」
「分かった。じゃあ作っておくね。お風呂はまだあったかいと思うけど、寒かったら追い炊きしておいてね。」
百合子はいつも通り、うっすらと笑みを浮かべてキッチンへと向かう。
私は、その言葉を聞きながら、ワイシャツとズボンを脱ぎ、風呂場に向かった。
そうして風呂上りに茶を飲み、百合子が作った親子丼を食べ、二人で動画配信サービスで良いものを見て笑い、床についた。
部屋を暗くして、百合子と一緒の布団で眠る。
百合子は、「おやすみなさい」と言って右に向き、すぐに寝息を立てた。
私も、「おやすみ」と声をかける。
眠りについた百合子には、聞こえることはない。
これが、いつもの日常。
セックスもない、淡々とした夫婦の日常。
私も、目を閉じ、明日の仕事のことを考えながら眠りについた。
…深夜2時ごろ。
私は、急に尿意を催し、寝ぼけ眼でトイレへ向かう。
年をとったせいなのか、最近は夜中にトイレへ行く回数が増えた気がする。
寝ぼけながらトイレの水を流し、私は寝室へと向かう。
そして、寝室の引き戸を開けようとした時に、眠っているはずの百合子の声が聞こえた。
一瞬、彼女の寝言かと思ったが違った。
その声は、喘ぎ声のように艶めき、微かながら吐息も混じっている。
私は、恐る恐る引き戸を開け、百合子の元へ近づいた。
「百合子?どうした?」
呼びかけるが、彼女は応えない。
それはそうか。眠っているのだから。
だが、彼女は「んっ…。」「あぅ…。」と、微かな嬌声を上げている。
瞼は閉じているのに、口からは淫靡な吐息と声を出している。
窓の外には月が見え、カーテン越しに私たちの寝室を月明かりで照らす。
百合子の姿が、月明かりで照らされた。
黒く長い髪は乱れ、頬と額、そして胸のあたりが汗ばんでいる。
冬なのに、そこまで汗をかくなんてことはあり得るのだろうか。
それくらい、百合子の体は汗にまみれていた。
百合子のお気に入りのパジャマも汗にまみれ、下着がうっすらと浮かび上がっている。
レースで彩られた、ブラジャーとお椀のように綺麗な形をした胸が汗と月明かりで照らされる。
時折、上半身をビクンと反らせたり、両足を閉じて太ももをこすり合わせたりもしていた。
まるで、男から愛撫を受けているかのように。
私は、その光景をただ茫然と見るしかなかった。
妻の「女」としての色気にあてられたのか、5年も使っていなかった息子が硬直していることに、その夜は気が付かなかった。
ふとスマホのアラーム音が鳴る。
いつの間にか、朝7時を迎えていた。
――――あの後、いつの間にか眠ってしまったようだ。
それでも、百合子が眠りながらも淫靡に乱れていた姿は、はっきりと脳裏に焼き付いている。
あれは、何だったのだろうか。
性的な夢を見る話は聞いたことがある。
抑圧された性欲が、願望を満たすために夢の中で現れるのだと。
一時期性欲を持て余した竹川が、そう言っていたのを覚えている。
百合子も、そういった抑圧された性欲が、夢で現れたのだろうか。
百合子はいつも通り、パンツスーツに身を包み、朝食づくりをしている。
私は、昨日のことが少しひっかり、朝食づくりをしている百合子に尋ねた。
「なあ、昨日君寝汗がすごかったぞ。それに、寝言も。」
「え?嘘。あー、でも汗はすごかったかも。起きたらパジャマが微妙に濡れてたし。でも寝言は知らないよ?なんて言ってたの?」
「それは…。」
言えるはずがない。
セックスをした時のような、喘ぎ声を寝言で出していたなんて口が裂けても言えるわけがない。
「内緒だ。」
「えー、気になるなぁ。」
百合子は少し残念そうな顔をしたが、ふとスマホの画面に表示された時間を見て「やばっ!今日早めに出なきゃいけないんだった!」と焦り、急ぎ始めた。
ガスコンロの火を止め、あらかじめ焼いていたであろうパンを少しかじり、百合子は玄関へと向かっていく。
「ごめんね!目玉焼きとかはできてるから、それ食べて出勤して!」
「ああ。気をつけてな、百合子。」
私は、その様子を見ながら、朝食をとった。
やはり、昨日のあれは偶然だったのだろうか。
普段の妻と、昨日の妻。
どちらも同じ百合子だというのに、なぜこんなに眠っている時の彼女を想像してしまうのだろう。
私は、胸の内にこみあげる形容しがたい感情を消すために、朝食と用意されたインスタントコーヒーを胃の中に押し込んだ。
――――――その夜、百合子はまた淫靡な寝言を呟く。
その声で私は目を覚まし、月明かりに照らされた百合子の体を見る。
頬は紅潮し、吐息を上げ、内ももをこすり合わせる。
時折、体を少しだけのけぞらせ、また同じ体制でひたすら喘ぎ声を出した。
私は、淫靡な夢の中で誰かに抱かれ、女としての喜びを味わう百合子の姿を見て劣情を隠し切れなかった。
ふと気づくと、自分の息子が痛くなるほど硬直していた。
ここまで硬直することは、めったにない。
百合子は、ずっと喘ぎ続ける。
私は嬌声に我慢できず、ズボンを下ろし、硬くなった自分の息子を手で握りしめる。
彼女の反応を見ながら、徐々に手を動かす。
どんどんアソコが熱くなる。
ここまで、百合子に対して熱情を抱いたのは、5年ぶりだ。
百合子の反応がどんどん敏感になっていく。
私の手もそれに合わせて徐々に早くなり、次第に絶頂のピークへと達した。
彼女が声を上げた瞬間、私の手に握られたソレはドクンと脈打ち、白濁の液をシーツに垂らした。
―――――――それからも、百合子は眠りながら夢の誰かに抱かれていた。
日に日にその声や体の反応は敏感になっていき、1ヵ月を過ぎた頃にはもう起きてセックスをしているのと変わらないぐらいの反応になっていた。
私も、1ヵ月、眠る彼女を見ながら自分を慰める日々が続いた。
しかし、それでもなぜか満足できない。
夢の中のそいつは、どのように百合子を愛撫しているのだろうか。
私のソレよりも、大きく、セックスのテクも上手なのだろうか。
そう考えると、夢の中で百合子を抱く、見えない幻影に嫉妬をしてしまう。
私は、誰にも明かせない嫉妬心と秘密の夜の情事を胸に秘め、日常を送る。
けれど、前のように刺激のなくても穏やかな日々を送れているわけではない。
ひたすら、夜の百合子について考える、刺激的な日々を送っている。
「なあ、久しぶりにしないか?」
風呂や食事を済ませ、二人でテレビを見ている時に私は百合子にそう伝えた。
「えっ…。いいけど、急にどうしたの?」
百合子が、困惑の表情で私を見る。
それはそうだ。
もう5年もセックスをしていないのに、いきなり誘われたから驚いているのだ。
「なんだか急に、百合子としたくなってさ。」
百合子が、少しだけ顔を下に向ける。
そして、決意したかのように私の顔をまっすぐと見つめてきた。
「いいよ。しよっか。」
灯りを切り、服を脱いでお互いの体に触れあう。
こうして触れ合うのは、久しぶりだ。
百合子の温かさが、私の体を通して伝わってくる。
時折キスをしたり、胸や腰を触り、そしてお互いの性器をなめ合う。
女の味が、舌先に伝わってくる。
百合子が喘ぎ声を出し、時折「あまり見ないで、恥ずかしいの」とか細い声で言う。
それが急激に愛おしく感じ、私は性器を舐めるのをやめ、百合子を押し倒し、熱くなった自分を百合子の中へと挿入した。
百合子が、くぐもった声を出す。
「痛い?」
「ううん、大丈夫。久しぶりだからちょっとびっくりしただけ。」
百合子は、私の方に手をまわし、「ゆっくり動いてね。」と言った。
その言葉に従い、私はゆっくりと腰を動かす。
百合子の反応を見ながら、時折乳房を揉み、突起に吸い付く。
そうすると、百合子の声が大きくなる。
私は、その反応を見て腰を動かすスピードを上げた。
徐々に、百合子の喘ぎ声も大きくなってきた。
私の腰も動いていく。
しかし、何かが違う。
「いつもの夜」とは、何かが違う。
夢の中で抱かれる彼女と、今私が抱いている彼女。
喘ぎ声を出してはいるが、何かが違う。
夢の中で抱かれている時の彼女は、もっと頬が紅潮していた。
もっと汗をかいていた。
アソコも、シーツがびしょぬれになるほど濡れていた。
吐息や喘ぎ声が混ざるほど、淫靡な雰囲気を出していた。
なのに、今抱いている百合子にそういった兆候は見られなかった。
夢の中のやつの方が、上手なのか。
そう考えると、嫉妬と劣情で頭がおかしくなりそうだった。
私はその考えを振り払いたくて、一心不乱に腰を動かす。
百合子の喘ぎ声は、もはや私の耳には届いていなかった。
ぐわんと頭の中が揺れ、私の嫉妬・劣情を含んだ白濁の液は百合子の中へと注がれていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
情事が終わり、百合子はシャワーを浴びて、眠りについた。
そして、深夜を過ぎた頃に、夢の中で抱かれていた。
その姿は、先ほど私とセックスをした時よりも、はるかに淫靡だった。
まるで、夢の中のそいつが「俺はお前より百合子を満足させられる」と言っているかのように、激しく百合子は乱れていた。
私は、その光景に我慢ができず、眠りながら乱れる百合子の体に覆いかぶさる。
そして、パジャマと下着を乱暴に脱がせ、百合子に激しいキスをする。
すると、百合子は眠っているはずなのに私の肩に手を伸ばし、抱き寄せてきた。
胸を揉み、突起を舐め、中に指を入れて動かし、百合子を喜ばせる。
百合子は、夢の中のそいつにされていると思っているのか、いつもよりも特段と激しい声を上げた。
私は、燃え上がる嫉妬心から自身の息子を百合子の中に入れ、激しく腰を動かす。
百合子は、私が抱く。
夢の中でしか出会えない、お前なんかより、現実の私の方が優れている。
一心不乱で腰を振り続ける。
百合子は、激しい喘ぎ声をあげた。
月明かりで照らされた寝室には、夢の中で抱かれていると思い込み嬌声を上げる女と、夢の中の誰かに対抗し、一心不乱で腰を振り続ける男。
2匹の獣が、朝までずっとセックスをしていた。
夢か現か、分からぬまま。
男と女、2匹の獣の甘美で淫靡な夜は終わらない。
夢幻の愛交 もちころ @lunaluna1
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