第8話 エスケープ・フロム・A
「いやだぁぁー! ママ、助けてー!!」
完全に幼児退行したブジーが手をバタバタさせながら走っている。見た目だけでここまで人間を壊してしまうとは……。触手ゴブリン、とんでもないないモンスターだ。
チラリ振り返ると、その姿が見当たらない。気配は感じるのにどこに行きやがった!? うん? まさか……上!?
「ギ、ャ」
うわわわわ! やっぱり上にいた! 全身から出た触手を壁に突き刺し、器用に中空を移動している!! こんな姿を見たらブジーは完全に壊れてしまうぞ!
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
ブジーが必死に謝るが、その声は触手ゴブリンには届かない。何せ耳から触手が出ているからな。
しかし、なんとかしないと。ただ、寄生虫に触れて髪がなくなるのは勘弁。ここはアレをやるしかないか──。
「秘拳・
俺の両手から放たれた衝撃が壁を伝い、触手ゴブリンに到達する。ヤワな触手はパンッ! と弾け飛び、ゴブリンが地に落ちた。よし、これなら逃げ切れる!
「おい、ブジー! しっかりしろ!!」
思いっきりビンタをすると、ブジーの目に光が戻った。
「はっ! 奴はどうなった?」
「まだ死んでない。回復する前にとっとと外に出るぞ」
言っている側から触手ゴブリンがモゾモゾと動きだした。
「急げ!」
「分かった!」
#
「もう少しだ!」
「ぜー、ぜー」
綺麗な桃色の壁。やっと入り口の近くにまで戻ってきた! ここまで来たらもう大丈夫だろう!
「走りながら脱出用の液体を使うぞ!」
「ぜー、ぜー」
ブジーは息も絶え絶えだが、なんとか頷く。そしてほぐし屋から買った脱出用の液体を2人で頭からかぶった。
「「……」」
なんだか、凄く虚しい気分だ。2人して全身トゥるんトゥるん。本当にこれは必要なのか?
「ギ、ャ、ギ、ャ」
触手ゴブリンが追いついてきた。感傷に浸っている場合じゃなさそうだな。
「よし! あの光っているところに向かって飛び込め! あれが肛門だ!」
「わかった!」
「ギ、ャ、ギ、ャ」
急げ! 急げ! 急げ! もう少しだ! 一筋の光に導かれ、俺達は限界まで速度を上げる。もう振り返らない。ただ、このまま飛び出すだけだ。さぁ、行くぞ──。
トゥるん!
トゥるん!
ニュルン!
#
眩しい朝の光を浴びて目が痛む。どうやら俺達は丸一日、ゴブリンダンジョンの中に居たらしい。
俺の横には疲労困憊のブジーが寝転んでいる。声はなく、大きな胸が上下に動くのみだ。そしてブジーの隣には触手ゴブリンだったものがある。触手──寄生虫──はシオシオに枯れ、ゴブリン本体も死んでいる。
俺達と一緒に肛門から飛び出した触手ゴブリンは陽の光を浴びると、灰になるかのように動きをとめた。そしてあっという間に枯れて死んでしまった。どうやらこの寄生虫は陽の光に弱いらしい。
「おっ、お帰りっす! 流石は俺っちが見込んだルーキーっすね!」
今となっては随分懐かしく感じるほぐし屋がひょっこり顔をだした。ゴブリンダンジョンの近くでキャンプでもしていたのだろう。
「死ぬかとおもったぜ」
「またまたーって、これは寄生虫っすね! 大変だ!」
「まずいのか?」
「そりゃ不味いっすよ! 寄生虫のいるダンジョンは危険度が跳ね上がるっす! 急いで
忙しなく行ってしまったほぐし屋の背中を見送る。もしかしたら他の冒険者達も寄生虫に襲われたのかもしれないな。無事だといいが。
しかし、初めてのダンジョンは散々だったな。糞を投げられ、触手ゴブリンに追いかけられ。今も脱出用の液体のせいで全身トゥるんトゥるん。
「全く、これを手に入れてなければ泣いていたところだ」
綺麗な球状の魔結晶を掌で転がす。魔結晶は朝の光を増幅して虹色に輝いた。間違いない。これはスキル入りの魔結晶。俺は胸を躍らせていた。
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