第6話 気配

「冗談だ! 最果ての村には冗談はないのか!?」


「冗談はあるが、糞塗れの手で握手を求めるやつはいないな」


「オシリス王国の貴族の間では流行っているのだが……」


 嘘つくんじゃねえ! いくら俺が田舎者だと言っても流石にそれくらい分かるぞ!


「ところでベン。お前の拳法だが……」


 歩きながら、ブジーが露骨に話題を変えてきた。周囲の壁の様子は徐々に変わりつつある。


「俺の拳法は最果ての村のものだ。村人は誰でも使える」


「全員、お前と同じぐらい強いのか?」


 チラリと見たブジーの顔には薄らと怯えの色が見えた。俺に糞を投げていた時には感じなかったものだ。


「俺は村だと弱い方だ」


「……はぁ。恐ろしい村だな」


 このリアクションは別に珍しいものではない。ラムズヘルムに来るまでの旅でも散々経験した。どうやら、外の世界の人間達にとって最果ての村ってのはとても恐ろしい場所らしいのだ。大体の奴は俺の出自を知ると逃げていく。


「なぁ、ブジー。最果ての村ってのはどんな所なんだ?」


「はぁ? なんで俺様に聞くんだ? お前の故郷だろう?」


 ブジーが呆れた様子で頭を掻く。その手、洗ってないだろうに。


「俺にとって最果ての村は普通の村だ。だが、外の人間にとっては違うんだろ? 世間からみた最果ての村のことを俺は知らない」


「それはお前……」


 ブジーが言い淀んでいると、前方から急に光が反射して返ってきた。それは壁一面に埋まった魔結晶!!


「ぉぉおおおお! 凄い! 凄いぞ、ベン!! ぜんぶ魔結晶だ!」


「……ああ。凄い量だ」


「こんだけあればスキル入りの魔結晶だってきっとあるぞ!」


 ブジーは軽くなった身体で壁に駆け寄り、ナイフで魔結晶を抉り始めた。俺だって負けてられない。袋一杯に魔結晶を持って帰ってやる。


「ふははは! こんなに! こんなにも魔結晶がある!」


 ニュルン。


 うん? なんだ、この気配は。ゴブリンのドタバタしたものではないぞ。もっと滑らかでおぞましいものを感じる。


「おい。ブジー」


「なんだ! のんびりしてたら全部俺様が取ってしまうぞ!」


「構えろ」


「一体なんの話──」


 ドンッ! と音がして壁からヌラヌラとした蛇のような生き物が飛び出してきた! ブジーは首を引っ込めて躱したが、頭頂部が禿げてしまっている。


「あああああ! 髪がなくなってる!」


「落ち着け! また来るぞ!」


 ドンッ! とまた壁から飛び出し、対面の壁へと消えてしまう。


「畜生! なんだこのモンスターは! ゴブリンしか出ないんじゃなかったのかよ!」


 次々と飛んでくる敵を避けながらブジーは悪態をつく。


「もしやこれは……寄生虫か?」


「なんだって!?」


 昔、父親から聞いたことがある。超巨大モンスターダンジョンの中には寄生虫と呼ばれる生き物がいると。そいつらはモンスターなんかよりも遥かに危険らしい。何が危険って、一匹いるとその周辺には──。


 ドンドンドンドンドンドンッ!!


 山ほどいるってことだ!


「ブジー! 逃げるぞ!」


「なっ! しかし魔結晶が!」


「死にたいのか!!」


「クソおぉぉ!!」


 次々と壁から飛び出してくる寄生虫に追われながら、俺達は入り口──肛門──に向かって走り始めた。

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