第2話 ゴブリンダンジョン

「これが超巨大ゴブリンゴブリンダンジョン……」


 ラムズ平原に横たわるそれは、呆れるほど大きなゴブリンだった。近づくにつれ、その山の様なサイズに圧倒される。


 さっきまで騒がしかった駆け出し冒険者達はその威容におされて、息を呑んでいた。


 そこへ突然、野太い声が上がる。


「はははっ! 腰抜けども! 何をビビってやがる! この最強ルーキー、アナプラ家の三男、ブジー様がゴブリンダンジョンなんて一発で制覇してやるぜ!!」


 あぁ。冒険者ギルドで目立っていた奴だ。ブジーって言うのか。厳つい巨漢の割に気の抜けた名前だ。


「うん? 何を見てやがる! 随分と目つきの悪い奴だな! 俺様に喧嘩を打っているのか?」


 はぁ。面倒な。こんなところで喧嘩なんて馬鹿らしい。


「いや、カッコいいと思って見ていただけだ。その立派な身体、羨ましい」


「お、おぅ。そうか。お前、なかなか見どころある奴だな。名前は何という?」


 ちょろい。見た目の通り、単純な奴らしい。俺が褒めると焦ったように語気を弱めた。


「ベンだ。最果ての村からきた」


「「「「……」」」」


 なんだ? 周囲が一斉に黙り込んだ。そしてヒソヒソと耳打ちしてやがる。


「……最果ての村」

「あの禁忌の村の……」

「……関わるなよ。アイツとは」


 全部聴こえているぞ。お前ら。俺の故郷に何か文句があるのか?


「「「ヒッ!!」」」


 睨みつけると周囲がまた黙り込んだ。全く、なんだって言うんだ。


「……ベンか。俺はブジーだ。よろしくな」


 そんな中、巨漢のブジーが恐る恐る手を出してきた。思ったより紳士的だな。俺もスッと手を出して握り返す。


「ブジー。よろしく頼む」


「……おうよ。任せとけ」


 ブジーから若干の怯えを感じたが、気のせいか? まぁいい。


「ブジー。さっさとゴブリンダンジョンへ行かないか?」


「ベン。俺様もちょうどそう思っていたところだ! 行こうぜ!!」


 開き直ったようなブジーが走り始めた。デカい癖に速いな。


「上等だ」


 まだ足を止めている駆け出しの集団を置いて、俺は走り出した。



 #



 ゴブリンダンジョンは地面にうつ伏せだ。脚の間を股間に向かって歩いていくと、人だかりが見えてくる。ダンジョンに挑む冒険者達だ。さっきまでの駆け出し達と違って落ち着いている。装備も使い込まれていて如何にもベテランという風情だ。


「よおおおし! 開けるぞおお!」


 ダンジョンの入り口──超巨大ゴブリンの肛門──に取り付いた男が大声を上げた。ダンジョンの門を開ける専門職、ほぐし屋だ。男は両手を肛門に突っ込んで集中する。


「はぁぁぁぁ、【怪力】【怪力】【怪力】!!」


 スキルの重ねがけだ! 父親がやっているのを見たことがある。体力を一気に消費するらしいが、効果は抜群。ほぐし屋の手はグイグイと肛門をこじ開け、人が通れるぐらいに拡張されて──。


「ほら、急げ!! 長くは保たんぞ!」

「よし、行くぞ!」

「おう!」

「やばい、急げ!」

「ギリギリだ!!」


 何人もの冒険者が次々と超巨大ゴブリンの肛門に飛び込んでいった。


「締まるぞおおお!」


 キュッ!!


 ガバガバに開いていた超巨大ゴブリンの肛門が一気に収縮する。タイミングを間違って肛門に挟まったら無事では済まないだろう。


「……どうした、ビビったのか? ベン」


「まさか。初めてのダンジョンを目の前に滾っているところだ」


「流石だぜ。じゃぁ、俺達も行くとしよう」


「あぁ。だが、ほぐし屋はどうする?」


 先程の【怪力】のほぐし屋は疲れ果てて地面に尻餅をついている。別のほぐし屋に頼まないと──


「そこで俺っちの出番すよ!」


 ──自信満々のヒョロ長い男が俄に現れた。こいつ、冒険者ギルドの前にもいたな。さっきのほぐし屋のような力強さは感じない。どちらかというと頼りない。


「お前に出来るのか?」


 ブジーも同じ印象を抱いたのだろう。不躾な質問を投げる。


「ははは! にーちゃん達、ダンジョンは初めてしょ? ほぐし屋にも色んなタイプがあるんすよ! 今回は特別に料金は後払いでいいっすよ!」


「いいのか? 戻ってくるとは限らないぞ」


「2人ともなかなか強そうだから大丈夫しょ! 流石にゴブリンダンジョンで死ぬことないっすよ! もし駄目なら俺っちの目が節穴だったってことで。さぁ、他の冒険者が来る前にやっちゃいましょう」


 ブジーと顔を見合わせる。どのみち、今ダンジョンに入ろうと思えばこのヒョロイほぐし屋に頼むしかないのだ。


「分かった。頼む」


「そうこなくっちゃね! ちなみにニーチャン達はダンジョンから出る時のことは考えてるんすか?」


「というと?」


「入る時と違って冒険者自身の力で無理矢理出てこれないこともないけど、もっと簡単に出る方法があるんすよ」


 そう言って小さな皮袋を俺とブジーに手渡した。


「ダンジョンから出る時はこの液体を頭からかぶるんす! そうすれば滑りが良くなるから簡単に肛門から出られるっす!」


 なるほど。そんなものもあるのか。無くてもなんとかなるらしいが、初めてのダンジョンだ。備えて損はない。


「これの料金もつけておいてくれ。戻ったらまとめて払う」


「よーし、話は決まったっすね! じゃ、早速ほぐすので! 俺っちが合図したら飛び込むんすよ!」


「分かった」

「おうよ!」


 ヒョロ長いほぐし屋がダンジョンの入り口に取り付いた。

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