第5話 幕間的日常と祭りの仕込み その7

翌日、午前中に三度目の納品が有り、ブノワトの手によって大型の黒板が食堂に設置された、設置費込みで銀貨3枚であったが、ソフィアの思い付きで発注している為学園への報告はしていない、時期的にダナが訪問する頃合いである筈が恐らくユーリの雑務に巻き込まれてこちらに手が回っていないのであろう、それはそれで問題だなとソフィアは考える、


「おおっきい、描いていい?描いていい?」


早速ミナが喰い付いて巨大な黒板を舞台に何がしかを描き始めた、椅子を足場にして右へ左へと危なっかしく身体全体を使って描いていく、黒板上には大雑把であるが精緻なミナの世界が描画されていく、黒板の下半分とさらにその下の壁にもミナは遠慮無く白墨を走らせついに巨大な情景壁画が生まれた、


「自由な絵じゃのう、ミナは絵の才能があるんじゃなぁ」


作品を見たレインの感想である、実際に子供が描いた絵であるのは誰にでも理解できるのであるが、登場人物とその周辺に配置された様々な物体の均衡は絵画として一線を超えた感じがある、


「わ、すごいわね、ミナは確かに才能があるのかしら」


午前の日課である共用部分の掃除を終え、食堂に入ったソフィアもまた、ミナの実力に言葉を無くすも、黒板以外にも描かれている点を叱るべきか否かに軽く悩みつつ、やんわりと注意するだけに止め置くこととした、当のミナは、


「ふふん、力作?なの」


と二人に褒められたのが嬉しいのか小さい胸を大きく張って得意顔であった。


「はい、じゃ、今日も寝藁作りよ、黒板はそのままで良いわ」


ソフィアは二人に声を掛けて作業室に向かう、今日は二人も慣れたのか寝藁作成は思いのほか進んだ、生徒3人分とソフィア自身が使用する分を作り終えた辺りで今日の作業は切り上げる事とする、ちなみにであるがエレインの寝台に藁は使用されていないらしい、なんでも綿を使用した高級な物で実家から持って来た数少ない家具であるとの事である、個人部屋への立ち入りは基本的に控えているソフィアであったが、どんなものなのか一度見てみたいな等と考えたりしていた。


「昨日はありがとうございました」


午後になると早速3人娘が食堂に集った、昨日よりも早い時間であり、昨日よりも肩に力が入っていない様子である。


「はい、ではそうですね、初夏祭り屋台作戦の打合せを始めます」


食堂には黒板を背にしたソフィアと3人娘、それからミナとレインがそれぞれに黒板を持って着席している、残念ながらミナの力作は主にパウラに惜しまれつつも綺麗に消されてしまった、


「まずは、皆さんから、一晩考えて何か良い案は浮かんだ?」


ソフィアの問いに3人共に頼りない顔をする、


「特に浮かばずか・・・そうよねぇ、でも屋台はやりたいんでしょ」


「勿論です」


「うん、何かやれるような気がしてきてる」


「成功させたいです」


やる気だけはあるようである、そのやる気が何よりも大事よとソフィアは言って、では私の案を提示するわと胸を張った、


「まず、確認するんだけど、皆さんは魔法をどの程度使えるの?」


「えーと、3人共に基本は網羅していると思います、で、私は炎の操り方は上手いと自負しております」


アニタが率先して手を上げる、次にパウラが、


「私は冷気系統が好みです」


「私は土系統の操作魔法が得意と言えば得意です」


ジャネットがそう締め括った、


「なるほど、学園に入るくらいだから基本はちゃんと押さえているって事でいいかしら?」


そうですねと3人共に頷く、


「であれば、ちょっとやってみたい事を思い付いてね」


ソフィアはニヤリと笑い3人の座るテーブルに巨大な石版をドスンと置いた、


「気を付けて結構重いから、これは紫大理石って呼ばれてる品ね、パン作りの時に使われる立派な調理道具よ、パン屋さんで見た事あるんじゃない?」


「確かに、パン屋さんがパンを捏ねる時に使ってるの見た気がします」


「パウラってそういう所、目ざといよねぇ」


ジャネットは関心したようにパウラを茶化す、


「触ってみて、ヒンヤリするでしょ?」


ソフィアの勧めで3人は遠慮なく手を置くと、


「確かに冷たいですね、気持いいくらいです」


初夏のまだ夏はこれからといった陽気が続いているが、午後になると夏の陽射しが強く外出するのは躊躇われる日々である、そんな気温の中でもその紫大理石は冷気すら感じる程の冷たさを保持していた、


「ちょっと見ててね」


ソフィアは右手人差し指に意識を集中し紫大理石の板の四隅に小さな魔法陣を描いた、


「この魔法陣の効果が分かる?」


「はい、これは魔法陣に捧げられた効果を持続させるものですね」


「御名答です、アニタさん、ではこの魔法陣に小さな冷気の渦を捧げます」


ソフィアは再び右手人差し指に意識を集中しつつ何事か呟くと4つの魔法陣それぞれに冷気の渦を発生させた、途端室内に一陣の風が吹きすさび何事かとお絵描きに集中していたミナとレインが顔を上げる、


「はい、この状態で暫し待ちます、ちょっと待っててね」


ソフィアはそう言って3人をその場に残し厨房に入ると、山羊のミルクと夏ミカンを一つそれと幾つかの調理器具を持って戻って来る、


「午前中にねミナとレインに買ってきてもらったの」


山羊のミルクは大き目の甕に入っており、二人には持って帰る事が出来なかった為配達して貰った品である、


「これをこうします」


大きなお玉でミルクを掬うと紫大理石の右端から左へつつっと垂れ流した、


「すると」


それは瞬時の事であった、ミルクは大理石に付着した端から凍っていき薄いミルクの氷が大理石の中央に小川のように現出する、


「そして、あまり固まり過ぎないうちに」


ソフィアは木製のヘラを持つとミルクの氷を端からクルクルと巻き取った、


「ミナ、レインちょっと来てみて」


二人を呼ぶと巻き取られたミルク氷を皿に移してスプーンと共に手渡す、


「食べてみて、美味しいよ」


二人は不思議そうな顔をするが、好奇心に負けたのか端から少し取って口に入れた、


「うわ、冷たい、ミルクだ、氷だ、美味しい」


「うむ、ミルクじゃの、氷じゃの、凄いの」


二人の喜ぶ姿を3人娘はポカンと眺めていたが、


「はい、やってみる」


ソフィアの一言にはいっと元気の良い声が響いた。




「ふーん、それでこんな事になってるの?」


3人娘にミナとレインが加わってミルク氷が大量生産されている側でユーリがなんとも疲れた顔を見せている、


「ユーリもどう?疲れた身体に良いかもね」


ユーリにも一つとソフィアが注文すると、すぐさまミルク氷に夏ミカンの果汁を加えた一品が提供された、ミルク氷はソフィアの指導もあってか順調に進化しているらしい、


「あら、冷たい、美味しい、うん、これなら売れるわ、って、何よこれ、どういうつもり?」


早速口にしたユーリは称賛と文句を同時に言って来る、


「こういう面白い物は先に私に話すべきでしょう?」


「いや、そんな約束してないわよ、それに、今さっき作ったものよこれ、いつ報告すればいいってのよ」


「ムキー、人の仕事を増やしておいて一人だけ楽しみおってからに」


「一人だけじゃないわよ、みんないるでしょう」


ユーリは尚もぶつくさと不平を言いつつ皿を空にする、


「もっと」


ぶーたれつつも美味しいものは美味しいらしい、すぐに次を求める、


「はいな、黒砂糖入りです」


ジャネットは新作を皿に載せてユーリの前に、


「む、これも美味しい、甘みが良い感じ、なんか悔しい・・・」


「はいはい、恨み言はそれくらいにして何しに来たの?」


「んー、この感じではちょっと話せないかな、まぁ、急ぎってわけじゃないし、そうね、今日はお茶飲みに来たって事にしてくれる?」


「貴女がそれでいいならそれでいいわよ・・・ってそうだ」


ソフィアは不意に立ち上がると楽し気に作業を続けてる集団に近付いて、


「気を付けてね、食べすぎは良くないわよって、ミナなに青い顔してるの、貴女、食べ過ぎよ」


どうやらミナは調子に乗って次々と食したようである、唇が紫色になり顔面蒼白であった、


「まったく、ジャネットさんお湯沸かして来て、ミナはこっち、温かいところで横になりなさい」


ソフィアの怒声にやっと我に帰った一同はアタフタとミナの介護に奔走するのであった。


夕食後、ジャネットによりミルク氷が実践提供された、紫大理石を冷やすところからジャネットの手で行われ、たった数時間の練習であったがその手付きは実にこなれたものであった、種類も増えているようで何も加えない状態と夏ミカンと黒砂糖を加えた物が現在の主力ラインナップであるらしい、やはり塩気のものよりも甘味や酸味が合うとの研究結果を元に明日にはもう何種類か増える予定であるらしく、3人娘は明日市場で買い出しをするとの事である、


「ソフィアさん、なんで先に教えて下さらないのですか」


ソフィアは今度はエレインに非難された、ユーリの次はお嬢様かしらと困ったように微笑んで見せる、


「こうなったら私達も本格的に動きますわよ、オリビア、ケイスさん、宜しくて?」


エレインは妙に気合が入り、オリビアとケイスの目もまた情熱で赤く燃えているようであった、確かに現実としてこのような画期的な菓子を見せられては対抗心も燃え上がるのかもしれない。


「ソフィアさん、いえ、先生、明日は朝からお付き合い願いますでしょうか?」


エレインの真剣な眼差しがソフィアを捕らえ、否とは言わせない圧力でソフィアを縛る、こういう所は貴族らしいのかしら等とソフィアは思いつつ、


「しょうがないわね」


と承諾し、そう言えばあの件も何とかなるかしらとエレインの視線を受け止めながら悪巧みに知恵を奪われた。

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