第5話 幕間的日常と祭りの仕込み その6

ソフィアの指導の下ミナとレインは真剣にソフィアの手元を観察している、三人は水場兼洗濯場兼水浴び場の土間に俵状の藁から一掴みずつ選別しては木槌で叩いている、


「藁の葉っぱはこっちね、太い茎だけを選び出して、それをこう叩いて柔らかくするの、寝台は柔らかい方が好きでしょ?」


「うん、柔らかいの好きー」


「それでこういうカビたのとか黒く腐ってるのも抜いてこれはこっちに分けちゃって、綺麗なのだけ叩くのよ、それである程度数が揃ったら」


ソフィアは別に手配していた細い荒縄で叩いた藁を均等に括っていき、不揃いの部分を鉈で切り落とした、


「こんな感じで纏めちゃって、でこれがそうね、5束位で一人分になるかしら」


「うん、分かった」


二人は元気に答える、


「はい、それではレインに叩く作業、ミナは藁の選別作業をお願いします、括るのは私がやるわね」


昨日の雨が嘘のように本日は朝から快晴であった、午前の早いうちに巨大な藁束がブノワトの手により納品され、ソフィアは午後になるとその3つを土間に運び込み作業を始めた、寝藁の作成作業はそれなりに重労働である為黙々と作業を続ける。


暫くすると、


「ソフィー、虫がいるよー」


「そうねぇ、虫がいるよねー」


「ソフィー、短いのどうするー」


「葉っぱと一緒でいいわよ、纏めて炊き付けにしましょう」


「ソフィー、お絵描きしたーい」


やはりミナの集中力が続くはずも無くそうそうに脱落してしまった、


「むぅ、ミナはお仕事嫌いかや?」


「ミナはお仕事好きよ、でもー、飽きたー」


ミナはいよいよもって手にした藁を投げ出して山になった藁の中に思いっきり全身を投げ出した、


「こりゃ、ミナ、危ないぞ、汚いし」


「えー、大丈夫よー、前の家でよくやってたしー」


ソフィアの故郷の実家は当然のように兼業農家である、自宅よりも大きな馬屋と納屋があり、そこには大量の藁が山となって積まれていた、そこはミナとレインにとって最高の遊び場であった。


「こら、危ないわよ、もう、しょうがないわね」


ソフィアは少々甘いかなと思いつつ一旦作業を切り上げる事とした、それでも束は10程出来ておりミナとレインの寝藁を交換してしまえる、


「ミナ、ミナとレインの寝台の藁を交換しちゃうわよ、ついでに洗ったシーツに交換しましょう」


「はーい、じゃ、どうするー?」


「はいこれ持って、レインもお願いね」


3人は作成した分を両手に抱え寮母宿舎の子供部屋へ向かった、大騒ぎしながら寝藁を交換し新しいシーツを敷く、さっそくミナは寝台に飛び込み、我慢できなくなったレインもミナと一緒に寝台で戯れる、


「はいはい、騒がないの、交換した分もしっかり持って」


3人は汚れて黒ずんだ藁束を小脇に抱えて内庭に降り、庭の隅に軽く穴を掘ってそこへ重ね置いた、


「土と一緒にしておけばよい肥料になるのよ」


ソフィアはそう言って、土を軽く掛ける、ミナも見習って鍬を振った、


「あっ、こっちに居た、ソフィアさん今いい?」


ジャネットの声が響く、もう放課の時間であったかとソフィアは声のした方を向いた、勝手口に顔だけ出したジャネットが困ったような顔でこちらを見ている、


「はいはい、どうしたの?」


「・・・ご相談したい事がありまして」


聞こえるか聞こえないかのか細い声である、ジャネットはなにやら畏まっている風でもあった、


「はいはい、今行くわ、ミナ、レインも今日はここまで、明日も宜しくね」


「了解じゃ、ではミナよ、折角外に出たのじゃ菜園の世話をするぞ」


「了解です」


ミナは誰の真似なのかビシッと直立して歯切れよく返事をし、二人仲良く菜園に向かった。




「はいはい、それでどうしたの?」


ソフィアが勝手口を潜るとそこにはジャネットの他に2人の女生徒が居た、


「えっと、昨日のナベヤキ?の作り方を教えて欲しいかなって、急で申し訳ないんだけど」


ジャネットの声は尻すぼみに小さくなる、どうやら約束もなく友人を連れ込んだ事を後ろめたく思っているのであろう、ソフィアは常ならず妙に小さくなっているジャネットに、


「どうしたのらしくないわよ」


にやりと微笑むと、ジャネットはさらに困ったような笑みを浮かべ、


「いや、ホントに急で申し訳ないです」


消え入りそうな声でそう言った、


「まぁいいわ、そちらのお嬢様がたは?」


ソフィアがジャネットの背後に視線を向けると、長髪のジャネットに負けないくらい勝気そうな少女が元気良く自己紹介をする、


「すいません、アニタ・マウエンです、それと」


「パウラ・ペイルマンです」


アニタのさらに後方におり、自信無さげに見える少女が静かに名乗る、


「はい、えーと、ユーフォルビア第2女子寮の寮母やってます、ソフィア・カシュパルですどうぞ宜しく」


柔らかく微笑んで見せる、ソフィアのその顔を見て誰よりも緊張が解けたのはジャネットであったであろう、


「御丁寧にありがとうございます、ジャネットにそのナベヤキっていう料理の事を聞きまして、是非、その御教授頂きたく、不躾なのは承知の上でお邪魔致した次第です」


アニタと名乗った娘は中々に弁が立つようである、この3人の中ではリーダー格にあたるのであろうか、


「こちらこそ御丁寧にありがとう、そうねぇ、御教授と言われてもそれほど難しくはないわよ、うん、まぁそうね、夕飯の準備前であれば時間があるから作ってみる?」


「是非、宜しくお願い致します」


やる気に満ちた声が3つ重なった、


「じゃ、まずは小麦粉と黒砂糖それから塩を準備します、と、その前に3人共手をしっかり洗ってくること、あっ、あたしもだ、そうだ前掛けとかは無い?汚れちゃうかもだけど」


「あ、私あります、代わりになるのもあるかな、二人はそれでいい?」


ジャネットが手を挙げて他二人に様子を伺う、


「勿論、見た目は気にしないわ」


「うん、じゃ、持ってくる」


ジャネットは厨房を駆け出した、


「それじゃ二人は手を洗ってきましょう」


3人は揃って井戸に向かう、


「ジャネットさんて学園でもあんな感じ?」


ソフィアは少々緊張気味の二人に話題を振ってみる、


「あんなっていうか、はい、変わらないと思いますよ、元気で面白くて、良い感じに気が抜けていて、いえ、力が抜けている感じですかね」


アニタが明け透けに評して笑顔を誘う、


「あはは、そうね、良い感じに抜けてるわよね、何もかも」


「いや、それは言い過ぎですよと思います」


パウラが笑顔のままにアニタを窘めた、


「わー、新しいおねえさんだ」


菜園に蹲っていたミナが早速3人を見付ける、


「おいで、ミナ、紹介するわ、レインも、ほら」


ソフィアの手招きに二人はササッと走り寄る、


「うちの娘よ、ミナとレイン」


「宜しくね、ミナさんとレインさん、私はパウラ・ペイルマン、ジャネットさんのお友達」


「私はアニタ・マウエン、私もジャネットさんのお友達、宜しくね二人共」


パウラは腰を落としミナと目線を合わせて挨拶を交わし、アニタはその隣りに立って笑顔を見せる、


「宜しくじゃ、レインと申す」


「ミナはミナです、宜しくです、二人は何しに来たの?」


ミナは純粋な疑問を口にする、


「えーとね、ソフィアさんにお料理を習いに来たのよ、ミナちゃんは何してるの?」


「うんとね、菜園のお世話だよ、えっとパウラさん、こっちこっち」


ミナはパウラの手を曳き菜園へ引き返すと、


「ここね、この畝がミナの苺、ほら葉っぱが出てきてるでしょ、それから隣りがね」


「パウラさんは子供に好かれるのかしら」


アニタは呆れたような羨ましいような曖昧な疑問を口にする、


「そうなんですか?確かにそれっぽいですね」


ソフィアは楽し気に菜園を案内するミナとにこやかにそれに答えるパウラを微笑ましく眺める、


「さっ、時間があるようでないので、急ぎましょう」


ソフィアとアニタは服の汚れを落としつつ手洗いを済ませ、パウラに一声掛けて厨房に入った、


「アニタ、これ使って、パウラは?」


「まだ、外ですね、ミナちゃんに捕まったみたい」


「ありゃ、うん、じゃ、私も手洗って来る」


バタバタとジャネットが合流してすぐに姿を消す、ソフィアとアニタが材料を準備し終る頃にジャネットとパウラが厨房に入ってきた、


「ごめんなさい、あらためてお願い致します」


パウラがジャネットから借りたであろう前掛けを絞めつつすまなそうに謝る、


「いいわよ、材料集めただけだから、大事なのはこれからね」


ソフィアはまずやって見せるわね、と木製ボールに小麦粉を入れ水を足しながら混ぜていき、すこしずつ黒砂糖の塊を入れてはほぐししながら黒砂糖の小さな塊を意識して残している、最後に塩を少量混ぜてあっという間に生地が完成した、


「こんな感じね、で、ボールが少ないからまず焼いちゃいますね」


ソフィアは竈の火を起こしつつ、


「生地の注意点としては、小麦粉はダマにならないようによく練るんだけど、黒砂糖はダマを意識して作る事、そうすると食べた時に黒砂糖の塊が良い感じに残ってね美味しく感じるの、それと最後のお塩はお好みね、どうだろう、入ってないのも作ってみて食べ比べしてみましょうか」


ソフィアは鍋を手にすると植物脂を多めに入れて竈に掛ける、脂が熱をもって伸びてきたのを見計らいボールの生地を全て鍋に投入した、


「はい、後は焼けるのを待つだけ、簡単でしょ」


そう言って振り返る、わかった?と微笑み掛けるも3人は何とも微妙な顔であった、


「取り合えず、やってみましょう」


ボールを軽く水洗いしてジャネットに渡し、棚からもう一つのボールを出してアニタに渡す、二人はパウラと共にソフィアの流れるような作業を思い出しつつ生地に取り掛かった、


「うん、二人共良い感じ、そうね、ジャネットの方は塩抜きで焼いてみましょう、アニタさん、混ぜすぎないようにね」


二人の作業中にソフィアの作例が焼きあがり、試食しましょうのソフィアの声にアニタとパウラは歓声を上げる、


「焼きたてだから熱いわよ、気を付けて」


鍋から大皿に移し適当に8つ切りにしさらにそれを3つに小分けに切った、


「夕食前だから食べ過ぎないように、どうぞ」


3人はさっと手を伸ばし頬張る、


「わっ、焼きたては全然違う」


「確かに美味しいですね、こんな簡単なのに、なんでだろう」


「素朴で良い感じ、甘さが柔らかい、これ位が上品でいいなぁ」


それぞれに良い感触であったらしい、


「昨日のは冷めてたけど、それはそれで美味しかったのに、焼きたては焼きたてで、うん、美味しい」


「そうなの?冷めて美味しいのなら屋台には丁度いいかも」


「これは、見た目を何とかすれば売れますね」


お互いに感想を言い合いつつしっかりと品定めをしている、


「さっ、鍋も空いたからどっちから焼く?空いたボールでパウラさんは生地作りよ」


ソフィアの段取りの速さに3人は慌てながらも次の作業に取り掛かった。


取り合えず3人それぞれが焼きあげる頃オリビアが夕食の手伝いとして厨房に入ってきた、作業台に並ぶナベヤキの量にオリビアは驚いたがジャネットの姿を見止め理由を察して理解したようであった、


「オリビアが来た事だし、今日はこんなもんかしら、どうする明日もやる?」


ソフィアが問うと、3人は顔を見合わせどうしたものかと思案している様子である、


「うーん、悩みの元はズバリ、売り物として今一つ・・・でしょ?」


ソフィアの指摘に3人はハッとした様に目を見開き、なるほどと納得する、


「確かに、何か足りないような気がしていまして、ソフィアさんの言う通りだと思いますね」


「はい、お菓子として家庭で食べるのには良いと思いますが、屋台でお金を出してとなると、ちょっと」


「うん、弱いかな?って感じる、今更ながらだけど」


三者三葉に言いたい放題である、


「屋台の味ってこう、暴力的に塩辛い?それと異常に甘い?極端な味付けが多いんですよね」


「はい、それと初夏祭りと夏祭りは水物が多い印象ですね、暑いですし、果実水とか多いかな?」


「そうなると、もっとこうガツッとくる味か冷たいものでないと物足りなくなるかしら?」


そう言って再び沈黙してしまう、


「そうね、では明日改めて検討しましょう、今日よりは早い時間に来れる?このナベヤキを使う使わないは置いておいて、じっくり戦略を練るのが大事よ」


ソフィアはそう言ってナベヤキの講習会を強引に終わらせた、大した経験も知恵も無い子供がどれだけ悩もうと解決策等生まれる由も無いのである、まして何の材も無く思考を巡らすなど時間の無駄以外の何者でもない、3人は明日の打合せ迄大いに悩むであろうが恐らく何らかの結論はこちらから提示してあげる必要があるかなとソフィアは考えていた。

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