第1話 寮母就任 その2

やや埃っぽい宿舎に3人分の小さい荷を持ち込むと、4人は揃って寮の正面玄関を開ける、途端レインは軽い悲鳴を上げ、ソフィアとミナは言葉を失い、一様に口と鼻を覆った、


「どうしたの?女子寮なんてこんなもんよ」


平気な顔でヘラヘラと笑うユーリを3人はゆっくりと睨み付ける、それぞれの瞳は驚愕と怒りと恐れを内包してユーリに突き刺さった、それほどに玄関口は脅威的なゴミ捨て場のように見えたのだ、ちらばった女性もののサンダルに木靴と革靴、清掃されていないおまる、生乾きのまま捨てられたであろう衣服には黴が生え、何かであった何かが所狭しと散乱し山と積まれている。

さらに強烈なのは臭気であった、排泄物のそれと若い女性が放つ独特の臭気、その上に黴と何かの臭気が醸成され、この世の物ではない異空間がそこに現出している。


「ごれなら、みゃだ、ぶらにょじょしゃちゅしょうにょひょうぎゃみゃじでしゅ」


「何言ってるのか解らないわよ、はい入って入って、床にあるものは踏んでもいい決まりよー」


「いやだー、ソフィ、いやー」


ミナは既に泣きそうで、これはまずいなと4人は一度その場を離れ、通りに出た瞬間に大きく深呼吸をした。


「まぁ、3日もすれば慣れるわよ」


再び3人の驚愕の眼がユーリを襲い、言葉にならない怨嗟が妖気となって3人から発せられた。


「何もそこまで・・・」


ユーリはやっと3人の反応が尋常でない事を理解し言葉を飲み込む、


「やっぱり、このおなごは変じゃ」


レインの確信を得た一言にミナ迄もがうんうんと同調する、


「いやん、ミナにまで嫌われたくないわ、昔一緒に旅をした仲でしょう」


「ユーリ・・・、駄目人間・・・」


ミナがボソリと呟いたその一言に、ちょっと待ってとユーリの悲鳴が重なって、


「ソフィ、あんたなんて教育しているのよ、駄目人間って、ミナそんな言葉どこで覚えたの?」


「ユーリが、ルーツとクロノスに言ってた・・・」


「いやぁ、そんな昔の事覚えてるなんて、えっ、この子天才?、いやそうじゃなくって」


助けを求めるようにソフィアを見ると、ソフィアは正面玄関へ向け呪文詠唱を始めていた、それも万色の魔術師と恐れられたソフィアが扱う魔法の中でも最上級の攻撃呪文である、


「待って、ソフィア、それは駄目、お願い、正気に戻って」


「よし、ソフィア、儂も助力するぞ」


「まって、レイン、貴方までって、貴方、魔法使えるの?」


「ふふん、この身体でもブースト魔法は得意じゃぞ」


「えっ、それすごい今度ゆっくり話をって、駄目とにかく駄目、ソフィア落ち着いて」


ユーリは周りの視線も気にせずソフィアに抱き付く、そこで漸くブツブツと続いていたソフィアの詠唱は途切れた様子であった。


「取り合えず、落ち着いて、ね、2人もね、いい、離すわよ」


「・・・ごめんなさい、ユーリ、でも焼却が一番良いと思うの」


ソフィアはいまだ正気では無いらしい、しかしその声はとても理知的で冷徹であった、


「それが、この世の為、人の為と思うの、この魔窟を滅するのが今日の私の務めなのだわ、そう思わない?・・・ユーリ」


「うん、まったく思わない、思わないからね、落ち着いてはいるのね、なら焼却も滅するも無し、いい?、そうね、裏から入りましょう、台所に勝手口があるからそこから入りましょう、ね」


ユーリは早口で捲し立てると3人を曳きづるように裏手の勝手口に連れて行く、


「こっちなら大丈夫、綺麗よ、大丈夫」


ユーリは勝手口から中を覗いて確認した上でそう言って三人を導き入れた、


「少しはマシじゃが、匂いはこもっておるな」


「まだ臭いよ、ソフィ」


「でも、正面よりはだいぶましね、台所は広いし充分綺麗だわ、勝手口は開けておきましょう、でも良い感じね、ここが私達の主戦場になるのよ」


ソフィアは楽しそうに胸を張る、ミナとレインもソフィアの様子に釣られてかやっと笑みを浮かべた、


「あぁ、先生こっちから入ったんですか?なんか騒々しかったですけどぅ」


配膳用の隙間であろうか、壁に開けられた空間から女性が一人顔を出している、


「あぁ、良かったジャネット、皆揃ってる?」


ユーリの顔見知りの生徒であるらしい、ジャネットと呼ばれた女性は人懐っこい笑顔を浮かべている。


「えぇ、3人居ますし、事務員さんも待ってますよー」


「3人?4人じゃなくて?」


「えぇ、3人です、今は3人ですよ?」


「そう?まぁいいわ、皆こっちよ」


ユーリはソフィア達に声を掛け食堂兼ホールに導く、そこにはさらに2人の生徒と事務官然とした女性がテーブルを囲んでいた。

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