第120話 残念なロボット

 東都は独立色が強い。大絶壁があるため、ほぼ独自の統治状態。西都、北都、南都が帝国に支配されたため、吸収合併を受け入れた。


「残念なロボット、略してザンロボ!」

 弱くは無い。訓練とはいえ、兵士3人を相手にできている。

 強くは無い。飛び退かれるとすぐ射程外。反応速度はまああるが、移動速度が致命的。

「大臣も残念なロボットを造ったよな。」

 ロボットと一緒に、大臣も陰で笑われている。

 恨まれてもいる。

 一番恨んでいるのは、何を隠そう、この国の王女ディアレッタだ。

 正確に言うと、国ではない。

 正確に言うと、王女ではない。

 北の帝国の都市[東都]の長[ディアレッタ]

前皇帝の次女、現皇帝の妹、皇位継承権は3位。

東都の皇太子殿下なのだが、帝都との往来も難しく、半独立状態にある東都、昔の名残りで地元の者は、ここを国と呼び、殿下を王女と呼ぶ。

 その王女、4人の幼なじみがいた。

 兄妹のように育った5人。早くに母を無くした王女が、心を許せた4人の幼なじみ。

 そのうちの3人が、ある日突然ロボットになった。大臣がそう言った。大臣がそう決めた。

「今日からは、こちらが、ヨアン、サンダルク、ニーゼルにございます。」

 大臣ルーベリックが紹介したのが、

 鉄の箱を重ねて造ったような、残念なロボット3体。仲の良かった10歳の男の子3人が、2m近い身長の、カクカクした残念なロボット3体に変わったのだと説明を受けた。

 意味が解らない。

 そして、解った時、大臣を恨んだ。

 元々、生涯王女を護るため、幼なじみとして側に置かれた4人。本人の同意で、ロボットに変えられた。

 王女に迫る危機は7年後、これは予言。

 7年後だと幼なじみは17歳、王女を守りきれない。だからガーディアンに転移させろ。これが予言の続き。

 そうして造られたガーディアン……どう見ても失敗作。

「大臣は予言に取り憑かれてしまった。」

 そんな風に揶揄する者もいる。

 幼なじみは4人。ヨアン、サンダルク、ニーゼル、残る1人はイッシュ。それが大臣の息子だから、余計に悪評は広まる。

「自分の息子だけ生贄から外した。」

 ずっと言われ続けている。

「何故、私だけ?!」

 息子が尋ねたことがある。

「お前には必要ないからだ。」

 きっぱりと言い返されてしまった。

 大臣ルーベリックは優秀な魔導師だった。息子には魔法を叩き込んだ。

 1歳年上だった息子、7年後は18歳。3歳年下だった王女、7年後は14歳。

 そして今が、7年後、

 予言の時は、迫っている。

 予言の危機は、迫っている?


 謁見の間に通されたディーノたち。

 玉座があり、その後ろの壁に、大きく東都の王家の紋章が描かれている。5つの武器が描かれた紋章、中央の剣は塗り潰したようなシルエットの黒、それ以外はリアルに描かれている武器。玉座に座る者の威厳を高めるような紋章。

 しかし、玉座に王女の姿は無い。でもそれで逆に、少し緊張が和らいでいる一行。

 大臣ルーベリックは見るからに魔導師。口髭の立派な男だ。

「王女を連れて、東都を脱して頂きたい。」

 それが、ディーノたちへの依頼だった。

 ここには、大臣、息子のイッシュ、親衛隊らしき兵士が20名ほど、それと、変なロボットが3体いる。ダンスホールになりそうなくらい広いが、今いるのは、ディーノたちを含めて30人ほど。

 秘密裏に脱出する依頼らしい。

「地下ルートまでは、イッシュを同行させます」

 水路を通るためだろう。ディーノとジェイルのための同行。ジェイルが穴を通れると知らない。

「脱出はしません!」

 王女が奥から現れた。

 14歳。人形のように美しき王女だ。

 親衛隊が一斉に膝を付き、礼を示す。

「ここで討ち死にするなど許しません!

 私だけ助かるなど許しません!」

 この東都へは、城門を通らず、秘密の抜け穴らしき地下通路から入った。いきなり城内に出た。

そういう事なのか、事態は逼迫しているようだ。

「もう、時間がありませぬ。どうか、王女様、」

「この日のために、ロボットを作ったのではないのですか?!」

 奥の3体のロボット。アンティークマニアしか価値が解らないような、旧式の玩具に見えるロボット。大切な幼なじみの成れの果て。役にも立たなかったでは悲しすぎる。

 バァーーン!!

 謁見の間の大きな扉が開かれた。

「もう遅いぞ、ルーベリック!」

 大軍を連れた偉そうな男が入って来た。

 ザリックス大使、帝都から来た人間。本人は否定するだろうが、当然、皇帝の命で動いている。

 親衛隊の白銀の鎧と対照的な、深緑の鎧の兵士団。東都軍兵が100以上いる。入って来たのは数十だが、奥にまだまだ続いている。

 東都人で編成されるはずの東都軍兵、本来の軍兵は帝都の大玉座建設に駆り出され、入れ替わるように帝都兵が東都に来た。今はほとんどが帝都出身、ザリックス大使の駒である。

 現皇帝より人望のある2人、長女ハーティアスは謎の失踪、そして次女ディアレッタは、

「今日、王女には病死して頂く!」

 どう見ても、病死では無い。王女以外も始末する気だ。

 ディーノたちも緊張する。特にディーノ、兵士しかいない。魔物しか相手出来ないのに、敵に人間しかいない。

 ロボットが動き出す。

 しかし、遅い。

 侵入を防ごうと、親衛隊が必死に戦う。戦闘は始まっている。その最前列に向かうまでに時間がかかるロボット。

「イッシュ!」

 息子を呼ぶ大臣ルーベリック。

「杖をかせ!」

 イッシュが自分の杖を渡すと、手に魔力を込めて……杖を叩き折った。

「?!父上?!」

 大臣の奇行は続く。折れた半分、持ち手の部分を渡すと、

「お前も戦って来い!」

 息子に命じた。

 死ねと言う意味だろうか?耳を疑うイッシュ。

 無理やり行かされたのを見たディアレッタ、止めに入ろうと駆け寄ると、

「神器の解放を願います。」

 深々と頭を下げられた。

 正気なのかも解らない。

「予言の時が、今やも知れません。」

「その予言、当てになるのですか?!」

 大臣が王女を諭すように伝えた。

「予言は、アリエッタ様の見たものです。」

 アリエッタ……ディアレッタの母親。

「神器は王家の者にしか解放できませぬ。以前の通り、お示し下さい。」

 母親の予言……愛すべき母親、微かな記憶でしかない母親の予言、ディアレッタが動き、玉座の後ろの壁に、手をかざした。

 光った?!

 そして、

 5つの武器が描かれた王家の紋章、中央のシルエット以外の4つの武器が、精巧な絵から、立体的な武器へと変わった。

「神器解放など無意味だ。」

 ザリックス大使が笑う。

「5つ揃っていないではないか!不完全な解放、使える者も、いないではないか!」

 その声は王女まで届いた。が、

「3人を覚えてますか?」

 大臣は昔話を始めた。

 戦局は不利だ。イッシュの魔法はほとんど発動していない。折れた杖では上手く行かない。やっと前線に到達したロボットは、親衛隊より前で戦い始めたが、両腕に備え付けられた剣が、あまり戦果を上げていない。

「3人の訓練を、ディアレッタ様は良く見学なされておられた。」

 覚えている。覚えてはいるが、今語ってどうするのだろう?何の意味があるのだろう?

 10歳の3人が、王女様のためにと、一心不乱に武器を振る。ヨアンは槍、サンダルクは斧、ニーゼルは鎚を振らされた。ヨレヨレのフラフラ、それでも朝から晩まで鍛錬した。

「未来の王女様の守護となる日のため!!」

 イッシュも含めた4人、口癖のように言っていた。ロボットにされる宿命を知っていたのかも知れないと、ディアレッタは時々思う。

(あんな残念なロボットにされて……)

 今でも哀しみと怒りが湧き上がる。

「3人とも、剣は習わせませんでした。」

 そんな話が何に……?!

 ロボットの剣が折られた。敵兵の集団攻撃に次々折られて行く。

 6本全てが折られた時、

 光った?!

 さっきよりも強く光った神器が、

 壁から浮いて、宙を走り、決められたように、主の手に渡った。

 イッシュと……ロボット3体の手に。

 爆発が起こった。ロボットが破裂した。そして中から、長髪の、鍛え抜かれた体をした、20代半ばの男たちが、神器を持って、現れた。

[スピアフロンテス]!槍の神器!ヨアンの面影を残す男が振るう。

[ライサディオアクス]!斧!サンダルクの面影の見える男が振るう。

[レフサディオハマー]!鎚!ニーゼルの面影そのままの男が振るう。

[ワンドビハイディア]!杖!若き青年イッシュが振るう。

「この日のために耐えたのだ!」

「共に過ごすはすだった、失った七年に値する活躍をする!」

「全ては王女様の守護となるため!」

 出てきた3人が口々に叫んだ。

 大臣は一度も、ロボットとは呼んでいない。人間を超人と化す魔導具。後遺症なく超戦士を造り上げる魔導具。

「この7年、彼らは倍の年を生きました。」

 魔導具の中で2倍の速度で成長し、何倍もの効果を魔導具で得ていた。

 まさに一騎当千、100や200の兵では太刀打ちできない。

「神器は5つ揃わなければ不完全だ!王女は剣に選ばれなかった!怯むでない!こちらの勝利は揺るがぬ!」

 大使がいくら叫ぼうと、兵士の混乱、敗走は止まない。

「ああ、何ということだ。」

 ザリックス大使が嘆く。

「私は城を壊したくなかった。ここの玉座にふんぞり返るつもりでいたのだ。残念だよ……まあ、造り直せば良いだけだがな!」

 逃げ惑う兵士の中へ、何か投げ込んだ。

 大使の杖の宝石が光ると、投げた塊が、瞬く間に大きくなって、ドラゴンへと姿を変えた。

 押し潰される兵士たち。阿鼻叫喚の惨状。

 ワニを巨大化、凶暴化させたようなドラゴン。長い牙と鋭い爪を持つ。両腕、いや前足を広げれば、ダンスホール並に広い謁見の間の左右の壁に届いて……ちょっと無理かな?足が短い。

「愚かな……」

 惨状を、ドラゴンを見て、大臣ルーベリックが嘆いた。呪文を唱え始める。

「壁と床を強化した。思う存分、暴れ回れ!」

 大臣の声、もちろんドラゴンに言ったのでは無い。しかし強化したのは建物、なぜなら、超戦士の強化は、自分の役目では無いからだ。

 イッシュの杖が光った。

 同時に、他の3人の神器も光る。神器が連動している。神器は共鳴するのだ。

 しかぁし!!

 一番にドラゴンに斬り込んだのは、スマッシュブレードだ!

 ディーノの鼻先への一撃が、ドラゴンを怯ませた。

「他所者に遅れを取るな!」

 超戦士たちの士気が上がった。

 ドラゴンは手強い。最も警戒すべきはブレス。しかし、このドラゴンはブレスを吐かない。大臣ルーベリックは知っていた。次に警戒すべきはテイル。この狭さにこの大きさ、壁を破壊しなければ尻尾は前に来ない。その次に警戒するのはパワー、これは強力そうだ。しかし、速さがあってこそのパワー、速さに対応できていれば、パワーの脅威は減る。

 全くの初陣、相手を見ることもない中の、息の合った攻撃。ドラゴンを翻弄する。

 そして、不協和音、独断専行であるはずのディーノ、この動きを後方のイッシュが認識するだけで、前衛の3人も把握できる。

『共鳴』!!それが東都王家の[神器]最大の特長!!

「こちらにも共鳴はある!」

 ザリックス大使が杖を掲げた。

 ……何も起きない?

「そんなはずはない!陛下が申されていたのだ!私の魔力と共鳴すると、」

 大使が焦りだした時、時間差で来た!

「見よ!」

 と言った大使ごと、杖の光が包み込み、ドラゴンへと吸い込まれていった。

 皮膚の色がドス黒く変わるドラゴン。今までダメージを与えられていた攻撃を弾く。硬さが増した。

『ワ、ワハハ、力が溢れるぞ。』

 喋り出したドラゴン。大使の意識がドラゴンを支配している。

 しかし、動きがド素人になった。野生の動きからオッサンの動きに。本人は気付いていない。攻撃が通らないので、気にしていない。

「イッシュ、奴の弱点属性は解るか?」

 ディーノが聞きに下がってきた。

 解析魔法を発動するディーノ。

「……氷だ、氷に弱い。」

「よし、ヒナ!氷魔法だ!」

 さらに後ろに下がり、ヒナに魔法付与を頼む。

「あとは俺様に任せろ!」

 氷の魔法剣が完成すると、ディーノは勇猛果敢に走り出した。

「こちらも頼めるか?」

 イッシュも下がって来た。神器の杖にも氷魔法を付与する。

 すると、他の神器全部も氷の武器に!前衛の3人も属性攻撃が可能になった。

「杖には別の役目がある!」

 だから、

「お前には必要ない」父に言われた。魔導具ではなく、別の訓練を続けた。心は魔導具では磨けない。精神は魔導具では磨けない。

「人の支えとして生きよ!」それが、杖の役目。

 数分で、ドラゴンは倒された。


「今は、俺たちの方が年上だからな。1歳上でも『イッシュさんて呼べ』って言ってたお前が、今度は俺たちを『さん』付けしろよ。」

「言ってたか?俺?」

 7年振りの雑談だ。

「言ってましたよ。」

 王女の声だ。みんなの側に来た。幼なじみが揃い、7年前のことを鮮明に思い出す。

 膝をついて敬礼する。

 今は、頼もしき臣下でもある。

 ジェイルは少し、不安を覚えていた。

「俺様に任せろ!」自分を『俺様』と呼んだディーノ。

『君らが僕を、倒して欲しい。』

 ……万が一の時は来るのだろうか?


『やはり人間は役に立たぬ。』

 暗き森の奥。呪いの魔女が呆れている。

『呪いの実験台以外に、人間に使い道はないな』

「はい、ドリガルネラ様。」

『まあ、結果的には、ヴァグディーナもガイゼルドラグも怒らせずに済んだか……』

「はい、ドリガルネラ様。」

『さて、どちらに付くが有利かのう?

 とりあえず、双方に尻尾を振っておくか。』

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