第106話 危険区域
「この花は目印なんだよ。」
隊長が教えてくれた。
一列に広範囲に並ぶ綺麗な花。でも、毒性があるらしい。食べなければ問題ない。ただ、動物は嫌って近づかない。だから植えていると言う。
この花を越え、200mほど行くと崖がある。崖下まで、これも200mほどの大絶壁だそうだ。
その崖から600mほど先に、元は、ここと地続きだった対岸があり、晴れて視界が良い日は目認できるそうだ。
……ただし、命の保証はない。
かなりのオーバーハングで、花が植えられている先辺りからはもう、下が削れて支える地面がない。荷重で地面ごと200m下へ……の危険区域の目印だそうだ。
東京タワーの展望台の、ガラス床に立てなかった俺には、無縁の場所となりそうだ。
この事は、地元のNPCは皆知っている。
冒険者は、先輩に教わる。
だから俺も、[世界]へ初めて来たその日に、冒険者ギルドの先輩に案内され、教わった。
「ところで、君のその剣、凄くいいね。」
笑顔を見せたこの人は、この大陸最大の[冒険者ギルド]のマスター[ミハイル]さん。
みんなから[隊長]と呼ばれている。
「君のその剣、凄くいいね。」
北の帝国領、[北都]の街へ戻り、ギルド本部を去る時に、また言われた。
今日は心身ともに疲れたので、早めに別れた。
危険区域までの往復だけで数km、魔物と何回か遭遇、ほぼ見ていただけの戦闘だが、実戦を経験した。
隊長以外の数人も、みんな強かったが、
「隊長に案内して貰うなんてスゴい事だよ。」
「君はホント運がいいよ。」
と、隊長への気遣いで緊張している空気が伝わり、ほぼ歩いただけの1日だったが、心身ともに疲れた。
……おっと、
俺の名は[ロロロア・ロロ]、相性を[ロロ]にしたので、みんな俺を[ロロ]と呼ぶ。
御想像通り、大好きな有名漫画のキャラクターをリスペクトして付けた名だが、ふざけ過ぎて恥ずかしい名前と思うのは、もう周囲から呼ばれて定着した頃、今はまだ自覚はない。
この先の話になるが、幸いにして、相性のロロが本名とみんな思っているようだったので、こっそり本名もただのロロに変更した………
だから俺は[ロロ]そう呼んでくれ!
2日目、ギルド本部に行くと、
受付のプレイヤーの女の子が、目を反らした。俺が入った途端、空気が変わった?
「やあ、君の仕事は無いよ。」
奥の立派な椅子に座る、隊長に言われた。
「ところで、君のその剣、凄くいいね。」
隊長が何度もベタ褒めをする剣、これが俺の[レア特典]というヤツらしい。
[龍虎細工の剣]。右面に龍、左面に虎が彫られている、鞘の豪華な剣。柄の方も、右面に龍、左面に虎がいる。柄も豪華な剣。
ただ、刀身も、戦闘力も、普通。レア度はA。
……これは、当たりなのか?ハズレなのか?
一応、強くなりたい俺。希望の[剣士]として[世界]に来れたが、剣技「C+」力も「C+」
素直に喜べなかった。
褒められたお礼だけ言って、帰ろうとした時、
「1万で売ってくれないかな?」
隊長の声で、さらにピリつくのを感じた。
あ、なるほど……そういう事ね。
鈍い俺は、やっと気づいた。
振り向くと、
(とっとと売っちまえよ!)
皆、そんな目で見ていた。
「あ、えっ………………と……………………
…………………………考えさせて下さい。」
そう言って、ギルドを出て来た。
俺としては、考えていたのではなく、次の言葉を待っていたのだが、無かったので、出て来た。
「代わりに、別の剣をあげるよ。」
その言葉が欲しかった。
「君は見てるだけでいいよ。」
昨日の戦闘は、言われるままそうしたが、
剣士としてここに来れたからには、戦闘がしたかった!
中途半端な技と、中途半端な剣を携え、俺は1人で街の外へ向かった。
理想と程遠い戦闘だった。RPGを最初から始め、最初の街の外で経験値を上げている感じ、まさにゲームそのもの、次の街へ行けるのは、いつになる事やら……
街へ戻った。
入口付近で、少年に声を掛けられた。10歳くらいの少年だ。
「あのっ!父ちゃんが病気でっ!」
薬が高くて買えない。薬代が欲しい。そういう話だった。初イベントだ。
イベント攻略はレベルアップの近道、大抵そうだ。いくら渡すか考える。ザコしか倒してないので持ち合わせが……あれ?
そうだった。昨日崖まで行った往復で、見ていただけだが数回戦闘した。そのゴールドがある。
少年に200ゴールド渡した。約2000円。ちょっと驚いていた。後で知ったが、あげる人でも、普通10Gか20Gくらいらしい。
少年は嬉しそうに去って行った。
そのあと気付いた。
(金を貯めて剣を買うべきだったか?!)
武器屋に見に行く。10000Gで買える剣。安い剣はあったが、みんな龍虎細工の剣より攻撃力が低かった。戦闘する前なら隊長と交換もありだったが、今より弱くなってしまうのは、ちょっと困る。
武器屋を出て宿に戻る途中、知った顔に会う。
「その剣、凄くいいね。5000Gくらいするのかなあ?」
昨日、崖まで行ったプレイヤーだが、言わされてる感がすごい。NPCのようなセリフ。
そして思い出していた。ギルド本部のミハイル隊長の席の後ろ、剣がたくさん飾られていた。金があるんだから、実戦向きの剣と換えてくれればいいのに……今度会ったら直接交渉してみよう。そう、思った。
翌朝、宿を出るとテンプレ2号が待っていた。やはり同行した1人だが、昨日とは別人。
「その剣、凄くいいね。6000Gくらいするのかなあ?」
1000G上がってた。この調子だと、あと3回は誰か来そうだ。
1人で戦闘、経験値上げに出た。
街に戻ると、またあの少年がいた。
「母ちゃんが病気でっ!」
と、寄って来た。
「昨日は父ちゃんが病気って言ってたよ。」
「えっ?あっ?!」
ここで昨日も会ったと気付いたらしい。すごく焦っている少年。
「二人とも病気なのかな?」
「あ、そう、そう二人とも!」
昨日より少ない額だが渡した。喜んでいた。
「俺はロロ、君の名前は?」
「ショーン!」
「また明日おいで!」
笑顔で別れた。
同じテンプレでも、NPCの方がいい表情をする。
次の日は、テンプレ1号、その次の日はテンプレ2号がやって来た。
さらに次の日はテンプレ1、2号が揃って来て、
「君はギルドを除名、本部出禁になったから。」
やっと違うことを言われた。
(まあいいか……)
ずっと1人でレベル上げしている。除名になろうがなるまいが、同じ気がした。
一方の顔見知り、ショーン。
何か食べよう、奢ってやると言っても、拒否してお金が欲しいと言う。事情を訊くべきか?
でも親が病気の設定が崩れてしまう。嘘つきだと言うようなもの?悩みつつ、毎日会う。もう俺の日課だ。
数日後の戦闘帰り、浮かない顔のショーン。
隣りには、若くて美人のシスターがいた。
「アメリアと申します。ショーンが本当に申し訳ないことをしました。」
謝りに来たようだ。
「騙して頂いたお金は、きっとお返しいたします。」
本人は「働いた」と言って、毎日お金を持ってくる。10歳の子がどんな仕事をと問い詰めて、白状したのだそうだ。
「騙されてませんよ。違う理由だって、ちゃんと解ってましたから……教会のためだったら、立派な理由じゃないですか?褒めてあげて下さい。」
少年に、笑顔が戻った。良かった。もはや、俺の唯一の顔見知りだ。
「教会に来てみませんか?」
若いシスターアメリアに誘われた。
「行こう!」
手を引いてくれたのは、ショーン。美人のシスターの方が良かったが、まあいいか。子供は好きだ。笑顔の子供が好きだ。
頑丈そうな建物が立ち並ぶ街中に、古びた木造の教会があった。
子供がたくさんいた。小さい子がたくさんいた。ショーンが最年長っぽかった。
(うん、ショーン、お前は偉いよ。)
声にしなかったが、思った。
素直な子たちだった。シスターが俺を良い人だと紹介したら、素直に信じる良い子たちだった。
少しして、おやつの時間、
ミルクと、薄いクッキーが2枚、
嬉しそうに喜ぶ子供たち、
(うん、ショーン、お前は偉いよ。)
そこへ、
「よう、シスターさん!」
怯えだす子供たち。悪そうなのが2人来た。
チンピラと兄貴分。借金の取り立てだった。頻繁に来るらしい。
「今月分払えなかったら、立ち退いてもらうからな!」
シスターの胸ぐらを掴んだ。
「やめろ!」
反射的に出てしまったが、俺の方が強い保証はない。やっちまったかと思っていたら、
「冒険者だ、手を出すなよ。」
兄貴分が注意。攻撃してくる気配はない。
「ギルドに話は通してある、確認してくれ。今日は出直す。」
去って行った。
シスターから詳細を聞く。よくある話だ。少しの借金が、どんどん利子で膨らんで……真の目的はこの教会の土地、黒幕は大物らしい。
「今月中に、10000Gだけでも返せたら……」
金額に心当たりがある!待ってもらって武器屋へ走った。
『1万で売ってくれないかな? 』
こういう流れのイベントだったか?!
龍虎細工の剣を売る、その一択で心は決まる。「12万でいかがでしょう?」
「えっ?!」
武器屋に言われて思わず声に出す。
「ひょ、ひょっとして、ギルド幹部の方でしたか?」
武器屋の方も慌て出す。否定すると、
「あ、焦らさないで下さいよ……ギルド幹部は2割増し、大幹部は3割増しが義務だから、幹部相手はちっとも儲からないんですよ。だから売約済みとか嘘をつくことも……あっと、今のは聞かなかった事でお願いします!!」
悪い人では無さそうな武器屋、12万で剣を売却し、普通の剣だが、代わりを無料でくれた。
ミハイル隊長は値段を知ってたのか……深く考えるのはヤメた。
教会に戻った。
借金は全部で10万、一括返済できると喜びつつも、「受け取れない」とシスターは言う。
約100万円、この[世界]の庶民の価値観だと
さらに10倍、1000万円相当になる。
いい策を思いついた。
ショーンに耳打ち。ショーンから子供たちに耳打ち。
「お金返せるの!」「わーい!」「やったー!」
シスターが何を言おうと、「笑顔で喜べ」と指示した俺の策、的中。
いや、子供たちの笑顔が勝因かな。
翌日来た借金取りに全額返す。
全て返したのに、「話が違う?!」とリアクションされたが、退散していった。
喜ぶシスターと子供たち。
「きっと全額お返しします!」と言われたが、
どうでも良かった。無利子、無期限で約束。
……
翌日、
俺は軍に逮捕された。
……
兵士に囲まれる教会。
「この教会出身の兵士も結構いるの。」
シスターから聞いていた。ショーンの将来の夢も、軍に入ること。みんなを守ること。
その兵隊が、教会を囲む。
何人かの名前を呼んで、俺の逮捕を問いただすシスター。顔見知りの、名前を呼ばれた兵士たちは、シスターと目を合わせられない。きっと、大きな力が働いている。
訴えたのは、昨日の武器屋。俺は、偽物を高額で売った罪らしい。武器屋が申し訳なさそうに、俺を見ている。彼も多分、被害者側、弱者側の人間だ。その隣りに立つ男から、
「素直に売っときゃ良かったのに。」
すれ違いざまに言われた。
龍虎細工の剣、偽物とされた剣を腰に指す男、ミハイル隊長に言われた……
俺は『ロロ』。文字で書くと、漢字だか記号だか仮名だか解りづらい事に、後で気付いた。
最初は元ネタにもっと近い『ソロ』にしようか迷っていたが、ここへ来て、立場がソロ(孤立)になってしまった。
大絶壁とは違うこんな身近にも、「危険区域」があることに、気づくのが遅れた。
俺は[ロロ]。高所恐怖症だが、人間恐怖症にも、なるかも知れない……
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