第3話

殺し屋と友人が通されたのは広くて立派な応接室でした。

見たことはないけれど、いかにも高級そうな調度品が並ぶ中、どっしりと座った男性が葉巻を燻らせていました。

この人が親分です。

友人がお金を借りたのは親分でした。


「で、用件は?」


親分が低くてよく通る声で言いました。


「友人の借金を肩代わりしたい」


「え」

友人が驚きました。

「お前、何言ってんの?

 言ってることわかってる?」

「よくわかってる」

殺し屋が答えました。


「名前は?」

親分が殺し屋に聞きました。

「殺し屋」

「何?」

「俺の名前は殺し屋だ」

「ふざけているのか?」

「ふざけてない。頃合いの頃に視野と書いて頃視野だ」

「そういう名前なのか。それは悪かった」

「別にいい。学校でも散々からかわれてきた。今では自分から変換して殺し屋と名乗っている」

「ふん」


親分は煙を吐き出しました。

長くゆっくり時間をかけて。

時が止まったかと思うくらい。


「俺の母親は海女だった。

 幼い頃から一緒に海に入っては母親の真似をして潜った。

 母親の海女仲間たちにも可愛がられた。

 だが、そんな俺をよく思わない奴らがいて、よくからかわれた」


親分は葉巻をゆっくりと吸いました。

さっきよりも長く。

そして煙を吐き出しました。

さらに長く。

途切れさせずに。

煙は白い帯のように親分の口からしゅるしゅると流れ出ました。


「よし。わかった。

 お前は俺が引き取る。

 今日から本物の殺し屋に育ててやる。

 それで稼いだ金を俺に渡せ。

 それを借金の返済とする」

親分は静かにそう言いました。

「これは決定事項であり、誰も反対できない。

 というわけか」

殺し屋も静かに言いました。



そうして、頃視野は本物の殺し屋になりました。

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