死神に曙光が射すまで
ジョン・グレイディー
第一部【覚醒予兆】第1話 また死神がやって来た
また、あいつがやって来た。
年明け早々に…
嫌な夢を見た。
昔の女が親友の妻になっていた。その夫婦揃って俺に悩み相談をして来やがる。俺の心中はぐらぐら煮えたぎる。
女は言う。
「決して貴方と比べたりしないから」と
腐れ。要らぬ一言だ。何故、俺に言う。その必要はあるのか?おい?
男は言う。
「凄い感度だ。お前、よく奏でたもんだ。いい音出すよ。」と
腐れ。もうお前の女だ。お前が奏でろ。違う音を響かせろ。
嫌な夢だと夢の中で俺は感じる。
それを察した女が俺を夢の中に止めようと俺の欲する話題を提供して来やがった。
「今でも貴方しか想ってない。現実の私は生きた屍。何も感じたりしないから。」と
相変わらずのB型気質、自己満足の女性だ、お前は。お前の過去の強烈な我儘行為により俺が悪魔に取り憑かれたとも知らずに…
人間はそう簡単には変わらない。また、同じことやってやがる。
「俺のため」「貴方のため」
それが大義名分か。
大義があれば、お構いなしか。他の男に靡くこともお咎めなしと思ってやがる。歴史は繰り返し、今を語る。正にその通りだ。性懲りも無く、他男に寄生し、生き延び、そして、俺の前に現出して来る。現出前は俺が不知だと思い込み、呑気な顔して、プリマドンナばりに余興を演じやがる。強烈なトラウマ、裏切り、憎悪を生成した事を影に隠して…
男は女の美貌に溺れている。
「こんな美しい女性は初めてだ。俺の人生でこんな綺麗な女を妻に娶ることができるなんて。お前が別れたお陰だよ。」
親友は何も悪くない。お前が言うとおりだ。俺はこの女と確かに別れた。それは事実だ。何も間違っちゃいない。
だが、俺はこの女から別れの理由を聞いていないんだよ。大したことじゃないのか?別れの理由なんて?
ハッと目が醒める。
やはり夢か。だろう、何度も何度もリピートし尽くした、俺が最も悶絶びゃく地するネタだよ。
やはり、奴が来るのか?
布団の中でこう思い、奴の登場に備えようと俺は寝返りを打ち、カーテンの隙間から射し込む夜光を求めた。
次の瞬間、瞼が見開き、俺の意思に反して、脳が記憶を探しに過去に旅立つ。
奴の目的は案の定、過去のトラウマだ。
過去は全て事実だ。未来と違い理想や希望など微塵もなく、あるのは起こった事実だけだ。
脳はその嫌な事実を簡単に見つけ、飼い犬がご褒美を貰うように尻尾を振りながら今へと戻って来た。
「お前の飼い主は誰だ?俺じゃないことは間違いないな…」
俺はこう思い、脳の動きを注視した。
脳は一つのビデオテープを主人らしい者に差し出した。
そして、その主人らしい者がデッキにそのテープを差し込んだ。
すると俺の目前の部屋壁に映像が写し出された。
「女が男と幸せに暮らしている。女は微笑んでる。何をしてるのか?料理をしている。次の場面だ。砂浜だ。子供がビーチで砂遊びをしている。そして、その傍らにはビーチチェアーに女が座っている。眩しいばかりの白い水着を着て。大きな日除けの帽子を被り、サングラスを掛けている。その見えない瞳は笑っていそうだ。口元から白い歯が見える。女が海を見つめた。その先に男が子供に泳ぎを教えている。女が大きく手を振り、笑顔で何かを叫んでいる。男も手を振り女に応える。」
もう沢山だ!映像を消せ!
俺は、そう、怒鳴ろうとした。
声が出ない。
俺は見開いた眼を眼孔が痛むくらいに捻るように閉じ込んだ。
眼孔がヒリヒリと小痙攣を起こした。
次の瞬間である。
喉が苦しくなった。呼吸が困難になった。身体中、熱くなった。布団を蹴脱いだ。
また、瞼が見開く。
あの画像だ。壁に写る。あの家族の幸せな画像が。
決して俺の家族ではない、あの女の家族の画像が…、勝手に俺の部屋の壁に写る…
声も出ない。呼吸もできない。脂汗が額から滲み出る。
「パニック障害…」
俺は感じた。過去の苦しみを感じた。心の苦しみの後に表出する発作。パニックを感じた。
俺はパニックから逃げようと外に助けを求めた。
「窓。夜光が射し込む窓。開きたい。その窓を。そして、遠くを見たい。」
誰かがそれを止める。
「窓を決して開いちゃダメだ。我慢するんだ!」と
脳が愚かな行為をしないように、俺は深呼吸をした。
冷静になりたかった。もう、完治したはずだった。再発などするはずがないと思っていた。
俺は捥がくように何回も深呼吸をした。
「くそ!脳がまた動きやがる。」
冷静になりたいと思えば思うほど、脳が過敏に反応し、奴にアレを手渡しやがる。
脳が過去のトラウマを奴に渡してる。
奴は何者だ、鬱か?死神か?
女の映像が再開した。
あの浅はかな夢の続きのように、女は男に抱かれ、感涙している。
俺は全身の力を首に集中させ、夜光に輝く窓を見、その外に助けを求めた。
誰かの声がする。
「耐えて…、夜が明けるまで、せめて、曙光が差し込むまで、耐えるの…」と
俺は誰にするとも知れず何度も頷き、歯を食いしばり、瞼を眼孔に捩じ込んだ。
それと同時に俺の心は鼓動を高め、奴の再来を確信し、そして慄いた。
「鬱だ。また、鬱が来た…」と
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます