青天の霹靂 

@emptybarrel

第1話 

それは青天の霹靂であった。そして私は激怒した。

私の気に食わない親戚の聡に恋人ができたというのだ。

私は思わず外に飛び出し叫びながら走りたくなった。

どこで負けたのだ。この激怒は明らかに嫉妬からくるものである。

あんちくしょうが送ってきた写真には美少女と楽しそうに写る聡の笑顔。

私はこの笑顔が憎たらしい。歪ませてやりたい。


そもそもこんなこと考えている時点で桃色遊戯からは遠ざかりそうなものである。


なぜ聡が気に食わないか。それはあの野郎の経歴である。人物である。そして風貌である。

あの野郎の経歴を話そう。

あの男はこの私の4つ下の人間である。腹が立つことに幼い頃からとても容姿が良かった。まず、完全なる中性的な顔立ち、スッキリした顔、ぱっちりとした二重の目、少しふっくらとしているがそれがまた柔らかみを与えるほほ、思わず男の私ですらドキドキしてしまうようなぷにっとした口元、少し癖毛の栗色の髪の毛。女の子に間違えてしまうような風貌だ。

一方私は、10人が見たら10人がアニメ好きそう、パソコンやってそう。服装にかける金が少なそう。ワックスの付け方知らなさそう。などと表現されるような風貌である。これは私が今までに言われてきたことだ。

同じ親戚同士でここまで変わるのだろうかというほど異なるのだ。

そして、聡は成長するにつれて顔立ちも綺麗になっていった。昔ほど女の子という感じはしないものの女々しさのない中性的な顔になり、女の子の格好をさせればカッコイイボーイッシュな女の子といった風貌の成長をしていた。

とにかく誰もが一目見ると目を見張るようなそんな奴だった。気に食わん。

また彼は帰国子女であった。5歳くらいから父親の仕事の関係で(父親は物理学の研究者であった)フランスへと行き現地の学校で10年間学んでから日本に帰ってきた。

そして帰国子女枠で男子校の私学に入学した。この時、彼の操る言語は日、英、仏であった。

一方、私は大学生であるが某ビジネス英語試験のスコアは500点を反復横跳びし、大学生の平均よりも下回っている惨状である。第2外国語はドイツ語を選択していたが再試に再試を繰り返し、担当の講師に直接謝ることで手に入れた泣きの単位である。


そして気に食わないのが奴の性格である。人が良い。とても性格が良い上に可愛らしい性格をしている。と我が親戚一同様はいうが、気に食わん。確かにそれは頷ける。

なんでも興味を持つ。励ます。困っている人がいれば助ける。以前に電車内でチンピラ風の会社員に絡まれていた中学生の男の子を助けていた。その時会社員に暴行の矛先を向けられたがこれを軽々と受け流し軽く手を蹴ることで相手に力量を示したそうだ。この男、フランスでサバットの手ほどきを受けたそうではないか。その腕前はかなりのものである。

圧倒的な暴力を見せるのではなく、受け流しと手を蹴るというピンポイントの攻撃だけで戦意喪失させるその力量たるや…


可愛らしい性格も気に食わないうちの一つだ。私は流石に親戚の前でそのような嫉妬まみれの行動を取るのはみっともないということはわかっているので良い親戚であるように演じているのだが、この男はそれを真に受けている。

本人曰く、日本の文化を知ることに関しては他のみんなよりも遅れをとっているから私にいろんなことを教えてほしいと言ってくるのだ。

漫画を知りたいです。アニメを知りたいです。小説を知りたいです。地理や地名を知りたいです…等々。そして私に色々聞いてくるので私も色々と教えることにしていた。気に食わないが、良い親戚を演じる必要があったのだ。

聡からしてみれば私が一番歳の近い親戚だし、話しやすい上に世代も同じだということを重要視しているのだろう。

そして色々教えていく内に私のことを先生とよび、信頼してくれるようになった。

あまりにもくだらない知識ばかり教えているのにそう呼ばれるのは少し後ろめたい気分であった(時々嘘を教えていたのもあるからだ)。

第一、私の親戚には大学教授も、医者も、弁護士もいたのにも関わらず私を先生というのはあまりに辛い。それも私の惨状を知っている親戚の集まりの中でもそう呼ぶからだ。もはや嫌がらせなのではないかと思うくらいだ。


だが私を尊敬している最大の理由は私の好事家的知識のせいらしい。

妖怪、怪談、地理、祭、インターネットミーム等々…さまざまな普段の生活では、一般的な大学生にはあまり受けないようなそんなオタク的知識がとても聡さんは気に入ったそうである。

だから、私に会うたびに彼は私に先生、今日はこんなもの見つけたのですが…と聞いてくるのだ。

キラキラした目で。真っ直ぐな目で。そんな目で見られたら、私もすこしグラっときてしまった。いけねえいけねえ。こいつはダメだ。私の最大の敵なんだ。

第一、私の話は嘘と妄想の話が多いのだ。


こんな性格だが彼は奥手であった。あまりにも女の子との接点がなかったそうだ。(フランスでどんな生活をしていたのかと思ったが)

男子校ということを除いたとしても彼に声をかけてくる女の子は多いはずだ。なのにも関わらず付き合ったことがなかった様子である。

私はそれが謎で仕方がなかったが、逆に安心していた。あんなに欠点のない人間なんだ。恋愛運には恵まれていなんだろう。第一、私のような人間を先生と呼んでいっつもついてきている様子じゃあできやしないだろう。

こんな漫画の主人公みたいな人間がいてたまるか。


そんなふうに思っていたのだ。安心していたのだ。


だが、崩れた。突然送られてきたメールにはこう書かれていた。

    

    ”ガールフレンドができました”

先生、僕にもついにガールフレンドができました!

これがその写真です(僕の被写体いらないですよね)

頭が良くて話も面白いです(ウィットに富んでいるっていうんですか?)

漫画と小説の趣味も合いますし、先生にも一度合わせたいです。

ところで先生にもガールフレンドっていますか?先生みたいな人だったらいそうですよね。今度一緒にダブルデートしましょう!



と書かれていた。こいつの目はイカれているのか。それとも我々と見ている像に対する概念が異なるのか。

私に対して彼女がいそうと言った奇特なやつは聡ただ一人である。他のやつは、お前に彼女ができたらそれは騙されている時だ。とか、お前の彼女?いくら払ったの?

犯罪にならない?とか、末代までの恥を気にしなくて良い分やりたい事できるな。

などと聞いてくるようなやつばかりだった。そんなこと聞いてくる人間とは仲良くしない方がいいとなんかの本に書いてあったので仲良くしないようにしていたら友達は居なくなった。

そんな私に聡はこんなことを言ってきたのである。


聡くんはもしかしたら僕を言葉の暴力で攻撃しているのかもしれないと思ったくらいである。

私は返信の文章にこう書いた。

    ”よかったですね”

いや、羨ましい。正直、聡くんのような子に彼女が居なかったことの方が僕としては驚きですよ。一度会ってみたいですね。今現在彼女はいないので、僕にも彼女ができてから会いましょう。

その時まで待っていてください。


要するに、しばらく会いたくないですということである。

しかし、あの聡はこう思うのだろう。

先生には”今は”彼女がいないんだ。多分すぐできるよ。先生だもん。

と。


私はひとしきり走り嫉妬からくる興奮を覚まして落ち着いた。

帰り際にコンビニで発泡酒とコーンミートを買って一人晩酌をした。

「くそ…主人公め…なんだよあの彼女…めちゃくちゃ可愛いじゃねえか…」

あの風貌、あの性格、頭の良さを考えれば居なかった方がおかしく、今の方が当たり前であるから普通なら嫉妬もしないしむかつきもしない。だがそれは自分と赤の他人である場合だ。

血のつながった親戚であると比べられるのだ。そんだけ比べられると敵意が生まれるのだ。

そしてそれは正常な客観的判断ですら鈍らせるのだ。なんであいつなんかに…

あの野郎…一度苦労しろよ…なんかでよ…

おそらく向こうの学校ではなんらかの苦労はしただろう。だが相手の生活や経験を自分の価値基準で決めるような思慮浅薄な考えを持つ人間にはそんな相手の苦労なんてものは想像つかないのだ。

勝手に人様の事情に自分の土俵に持っていって相手の全てを定めるのだ。

視野が狭いことこの上なし。自分でもわかっている。わかっているのだが…


しかし、これは始まりに過ぎなかった。これから起こる事は私の人生を、その何かを変えるような出来事だ。


君、おい君。

私こと、生田 拓也。お前はここで変わるしかないのだ。主人公をサポートするのだ。

お前はここで変わるしかないのだ。

生田拓也。青天の霹靂は、お前の人生にも当てはまるのだぞ。




ある日、聡から届いたメールが発端となった。

”協力してくれませんか?”

そのメールを見た時、私はめんどくさいから嫌だなと思ったが中身を見ることにした。

読み終えると私はすぐに着替えた。

実家の車に乗り込みすぐに聡の元へと向かった。

何か変わるかもしれない。私の直感がこのメールから察知したのだ。


私の小規模な冒険は、今始まった。








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