第318話 友達の定義
その後、なんとかミライを落ち着かせ、マダムさんに詳しいを事情をうかがうことにした。
ダイニングテーブルを挟んで、対面にマダムさん、隣にはミライが座っている。
「私のペットはあの子以外考えられない。私たちは相思相愛だったのに、あの子が急にいなくなってしまったの」
マダムさんは涙を啜りながらも、気丈に振る舞っている。
俺たちがいなければ、声を上げて泣き出してしまっているかもしれない。
「私、どうしていいのかわからなくて、あの子がいないと合法的にストレス発散――心配で夜も眠れなくて」
「おいこいつ今ストレス発散って言いやがったぞ!」
「言ってないわ」
「言っただろうが」
「需要と供給よ」
「こいつ開き直りやがった!」
ダイニングテーブルを飛び越えんばかりの勢いでマダムに詰め寄ろうとした俺の肩を、冷静なミライが掴んで止めてくれた。
「誠道さん、マダムさんの言う通りです。責めたい人と責められたい人が一緒にいる。それのなにが問題なのですか? 誠道さんが一番わかっているんじゃないですか?」
「何度も言ってるが、俺はドMじゃないからな」
あと掴んでいる肩のツボらしき部分を親指でぐりぐりするのやめて。
痛くて気持ち良すぎる……じゃなくて、いやまあ確かに痛気持ちいいけど、これはマッサージ受けてるときにみんなが平等に思ってることだから!
俺がドMだから気持ちよさを感じてるわけじゃないから。
「ああ! 私のかわいいかわいいペットちゃんはどこなのぉ!」
こらえきれなくなったのか、マダムさんがついに声を上げて泣きはじめる。
ミライが駆け寄り背中をさすっている……が、これ、真剣にならないといけない問題かな?
さっきから茶番感万歳なんだけど!
「それで、マダムさん」
俺は咳払いをしてから、嗚咽するマダムさんに一応、問う。
まあ、解決すれば多額のお金がもらえるわけだし、頼ってもらえたならちょっとは協力してあげたいなって気持ちもなくはないしね。
「オムツおじさんの行き先に、心当たりはないんですか?」
「心当たり?」
マダムさんはサングラスを外し、え? なに聞いてるのこの子? みたいな顔をする。
ってかあなた目、少女漫画みたいにキラキラ輝いてますね!
こんな目をした女子が、ドSだなんて信じられません!
「その心当たりがここなのよ。なにをいまさら?」
「え?」
マダムさんの言っていることがよくわからない。
「どういうことですか?」
「だから、私がここに来たのは、あの子の友達の誠道くんに聞けばどこに行ったかわかると思ったからよ」
「友達じゃねぇからわかるわけねぇだろ!」
ふざけんな!
あー、もう協力する気失せましたよ。
「え? 誠道くんとあの子は友達じゃなかったの?」
いや、すごい衝撃発言を聞いた時みたいに、目を見開いて驚かないでくださいよマダムさん。
「だってあの子は毎日のように誠道くんとドM談議に花を咲かせてるって」
「そんなことしてねぇわ! だいたい、オムツおじさんと最後に会ったのがいつかも思い出せねぇよ!」
「いや、絶対にあなたと友達のはずよ。あの子が嘘をつくはずないわ!」
「信頼感すごいな! でも嘘に変わりはないんだよ!」
「誠道さん」
俺のツッコミを遮ったミライが、真剣な眼差しで俺を見る。
「嘘をついて責められたい。そんなドM心が働いているのはわかりますが、今は本当のことを言ってください。マダムさんはこんなにも悲しんでるんですよ」
「なんでミライはマダムの味方をしてんだよ。しかもドM心なんか働いてねぇから」
「え? じゃあ誠道さんの言ったことは本当ってことですか?」
「ああそうだ。俺はオムツおじさんの友達じゃない」
「そんな!」
絶望顔を浮かべるミライが頭を抱えてうずくまる。
「私はてっきり、あの人が誠道さんの友達だとばかり」
「なんでミライがショック受けてんだよ」
「私がショックを受けているのではありません」
「じゃあなんでそんな落ち込むんだよ」
「だって誠道さんに友達がいないことが発覚したんですよ? そのことを考えると心が痛くて痛くて」
「俺の心配かよ! ってか友達くらい俺にだっているし」
「え? どこにですか? それは空想上の生き物ではなくて?」
「違うに決まってるだろ!」
「じゃあその友達の名前を教えてください。ネッシーとかツチノコとか言っても信じませんからね」
ミライに詰め寄られ、ふと冷静になる。
あれ、俺に友達っているの?
いるよね?
確認したことはないけど、聖ちゃんとかイツモフさんとか、友達って言ってもいいんだよね?
「それは、まあ……聖ちゃんとか友達と言ってもいいんじゃないかなって」
言いながら、少し自信がなくなっていく。
でもあれだけ一緒に色々してきたんだから、友達でいいよね?
マーズとかコハクちゃんとかも、友達でいいよね?
「それに……ミライも、これだけ一緒にいるんだから、友達、的な感じっていうか、そういうので」
改めて、しかも本人の目の前で伝えると、なんだか恥ずかしい。
思わず目を逸らしてしまう。
「へー、友達ですか」
ミライは、友達、と言う言葉を強調させて、あからさまに不機嫌な感じで言った。
「そんな風に思っていただいて、本当に嬉しいです。ありがとうございます」
「いや絶対嬉しく思ってないよね!」
「そんなことないですよ。ワーウレシーナー」
「さっきより棒読みがひどくなってるから!」
「あなたたちの痴話喧嘩なんかどうでもいいわ!」
マダムさんが俺たちのやりとりを苛立ち交じりの声で制す。
そうだった。
マダムさんが泣いていること、すっかり忘れていた。
「とにかく、あの子と誠道くんが友達じゃなかったなら、もうどこを探していいのかわからないわ」
「迷宮入り早すぎだろ! マダムさん、あなたオムツおじさんのこと知らなすぎじゃないですか? そんなんでよく相思相愛だなんて言えましたね」
ストレス発散の道具としか見てない証拠が次々出てきてますよー。
「あ、そうだわ」
マダムさんの目が輝く。
どうやら希望を取り戻したみたいだ。
「じゃあ誠道くんがストレスが溜まった時に行きたい場所はどこ? 同じドM仲間だから、そこにいるはず」
「同じドM仲間じゃねえわ!」
万事休すだった。
オムツおじさん失踪事件は迷宮入りってことで、もういいよね?
「誠道さん。こういう時は足で探せって言いますよね?」
いや、迷探偵のミライはまだまだやる気だ。
「マダムさんも、落ち込むよりも先にやることがあるんじゃないですか?」
「ミライさん。そうね」
マダムさんが、ミライの言葉で失意の底から這い上がってくる。
「とにかく探しましょう! 私のストレスはっさん……かわいいペットのために!」
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