第315話 キスをされた後の日常
「ふぅー、やっぱ我が家は落ち着くなぁ」
自分ちのリビングのソファで横になり、大きく伸びをすると背骨がぽきぽき鳴った。
キッチンではミライが夕食の準備中で……なんか、どこかに出かけるよりもこうして日常に浸っている方が、心が落ち着くんだよなぁ。
これこそまさに引きこもりの思考。
喫茶店が趣味とか意味わからんよね。
わざわざ出かけてコーヒー飲むくらいなら、家で飲んだ方が楽じゃん(個人の見解です)。
ああいう喫茶店のコーヒーってやたら高いし(個人の見解です)。
なんならサンドイッチとかフレンチトーストとかもめちゃくちゃ高いし(完全に個人の見解です)。
それにしても、ハグワイアムへの旅行はいろんな意味で疲れた。
クラーケンシュタインだったり、ミライとの混浴だったり、クラーケン退治だったり、リアルマネー人生ゲームだったり、去勢大会だったり、オリョウだったり、キスだったり。
「キス……」
ミライに聞こえないような声で呟く。
キッチンにいるミライを見ると、ミライは鼻歌を歌いながら楽しそうに料理をしていた。
ったく、俺は今後どういう風にミライに接していけばいいのか真剣に悩んでるってのに、ミライのいつも通り感を見せつけられると、なんかちょっとムカつく。
だって、キスされたんだよ?
キスだよ、キス?
今回はキスされたかもしれない、じゃなくて、完全にされている。
これで気まずくなるのはやだなぁとか、顔合わせるのが恥ずかしいなぁとか、心臓がどくどくうるさいなぁとか思考がぐるぐるしてるのに、キスしてきた側のミライに平然とされてたら、まるで俺が魔性の女に手のひらの上で転がされてるみたいじゃん!
だから、……だからっていうのはおかしいかもしれないが、俺もミライの前ではいつも通りを演じている。
俺だけがキスを引きずってどぎまぎしているってのはなんか癪だしね。
正直、ミライが近くにいるだけで胸のざわめきが収まらないけどね!
……あ、ちなみにこれは風の噂で聞いた話だけど、有力貴族の奴隷たちが一斉に男になってしまうという奇病が、各地で流行ったとか流行らなかったとか。
男化した奴隷を見た貴族たちのほとんどは、あまりのショックで気絶したらしいのだが、新たななにかに目覚めて、その後も奴隷と幸せに暮らした貴族がいたとかいないとか。
めでたしめでた――
「そういえば誠道さん。旅行のときに」
「り、りょこうのっ!」
ふいにミライが話しかけてきたので、咳と返事が同時に出てしまった。
せっかくなんかいい感じに終わりかけてたのに。
いまびっくりしたのは、ハグワイアムへの旅行の話が出たからではなくて、突然話しかけられたせいだからね!
「ちょっと、大丈夫ですか? 水飲みます?」
「大丈夫だ。気にせずつづけてくれ」
駆け寄ってこようとしたミライに伝える。
いま近づかれたら、なんかもっと咳き込みそうな気がしたんだ。
顔が熱くなりそうな気がしたんだ。
「ならいいんですが、にしても、どうして誠道さんはそんなに慌てているんですか?」
「は? どこをどう見たら慌ててるように見えるんだ?」
「顔が真っ赤なところとか、咳き込んだところとか、近づこうとした私から目を逸らしているところとか」
「全部気のせいだからね、それ」
「わかりました。そういうことにしておきますね」
ミライがくすっと笑う。
なんかさ、ミライが生暖かい目で見ている気がするんだけど、気のせいだよね。
ミライはからかってるの?
俺になにをしてほしいの?
全部考えすぎ?
「ってか話があんだろ? なんだよ?」
「そうでした」
ミライが胸の前で手を合わせ、にやりと白い歯を見せる。
「旅行のときに、私とやったことについてなのですが」
ぶはっとまた盛大に咳き込みそうになったが、なんとかこらえた。
りりり、旅行でややや、やったって、もしかしてキスの話題か?
これまでお互いに言及してこなかったが、ついに、しかもミライの方から……だなんて。
「創流雅楽太さんを一緒に探したじゃないですか」
「なんだそっちかよ! ふざけんな!」
はぁ、いつもの流れすぎて、ツッコんじゃったよ。
ってかこの展開が予測できないくらい、俺はドキドキしてたってことか。
「ふざける? 私は事実を述べたまでですが」
自分の思惑通りに事が運んだと言わんばかりに、ミライがにやにやしながら詰め寄ってくる。
ソファのひじかけに両手をついて、前かがみになって、俺に顔を近づけてくる。
「誠道さんはいったいなにと勘違いしたんですか?」
「ううううるせぇ」
ミライの唇に視線が吸い寄せられる。
それをごまかすかのように立ち上がって、ミライに背を向けて。
「ってか俺は創流雅を一緒に探した覚えはないぞ」
「そうでしたっけ?」
「そうだ……ってか、創流雅だよ! あいつは結局見つかったのか?」
話題を変えて会話の主導権を奪おうと試みる。
いろいろとありすぎて、創流雅の存在を忘れていたのも事実だしね。
「ああ、結局は見つかりませんでした」
残念そうにつぶやくミライ。
「そもそも、創流雅楽太さんは、ハグワイアムにいなかったみたいなんです」
「なんだよ、じゃあ誤情報に踊らされてたってことかよ」
「恥ずかしながら、あのときハグワイアムにいらっしゃっていたのは、創流雅楽太さんではなくて、実際は
「やっぱり最後は名前オチかよ! そいつの作る商品はさぞ高額で転売されてるんでしょうなぁ!」
俺のツッコみを聞いてくすくす笑うミライのことを、平常心で直視できる日はくるのだろうか。
第六部 海では誰もが強がりた
====あとがき====
ここまでお読みいただきありがとうございました。
二週間以内には、最終章『未来のために、ミライとともに』編を投稿できればなぁと思っています。
ついに最終章ですが、まあ、最終章が終わっても、誠道たちのわちゃわちゃした日常を不定期で更新するとは思いますが。
だってこの小説書いてる時が、一番楽しいからね!
今後も誠道とミライのわちゃわちゃ異世界生活をどうぞお楽しみください!
また、フォロー、評価していただけるとすごくすごく嬉しいです。泣いて喜びますのでまだの方はよろしくお願いいたします。
田中ケケ
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