第313話 さすがの聖ちゃんも

 それから、どれくらいの時間たっただろう。


 どれだけキスをしつづけてもまだまだ足りないと思ってしまう。


 もう充分満たされたとも思っている。


 唇を話すタイミングはそっと、やさしく、互いに同じタイミングで。


 本当に幸せそうな笑顔を浮かべたミライと目が合って、最後にもう一度だけ唇を重ね合って、また見つめ合って。


「どうして? どうしてわたしの魔法が解けるの?」


 そんなオリョウの声で俺は現実に戻ってきた。


 ミライも同じだと思う。


 ミライの顔が真っ赤になって、あわあわしだして、たぶん俺も同じことをしていて。


 どちらからともなくばっと離れ、ミライは赤い頬を隠すようにうつむいて前髪を触り、俺は唇を指でなぞっていた。


 キス。


 前に一度だけミライからキスをしてくれた……かもしれないと思ったことがあった。


 けど、今度は確実にした。


 疑惑ではなく事実。


 しかも、キスの病魔にやられていたとはいえ、熱に侵されていたとはいえ、一度離れたのにまた自分たちの意思で唇を求め合うという、イチャイチャカップルじみた行為をしてしまった。


「なんで、どうして私の魔法がとけて、私がはじめて惚れた、あんな、私のものなのに、私のものになるべきなのに」


 オリョウがふらふら左右に揺れながらその場に力なく座り込む。


 顔を両手で覆い、そのまま銀色の髪をかき上げる。


 さっきまで艶やかに輝いていた髪の毛は、いまはその煌びやかさを失いぱさぱさに乾いていた。


「あんな、キス……」


 オリョウがキスとつぶやいたせいで、唇にミライの感触がよみがえった。


 落ち着きはじめていたのに、また心臓が激しく鼓動を刻みはじめる。


 顔が熱い。


 胸が熱い。


 心がとにかく熱い。


「私は、わた、しは……」


 自分の太腿を拳で殴りつけるオリョウ。


「惚れた人を取られて、自分のものにできなくて、悔しいのに、悲しいのに……」


 殴るのをやめたオリョウがゆっくりと顔を上げ、俺たちを見る。


 その目から涙がつうと流れ落ちていく。


「どうしてあなたたちに憧れを、羨ましいと、思ってしまうの」


「オリョウ様」


 失意のオリョウに声をかけたのはユーリだった。


「もういいのです。こんなことはやめにしましょう」


 ユーリがオリョウのもとに歩いていく。


「ユーリ、……そういえばあなたっ」


 裏切られたことを思い出したのか、オリョウの目が鋭くなりかける。


 しかし、オリョウが睨む前に、オリョウの側に到達していたユーリが優しく抱きしめた。


「すみません、オリョウ様。ですが、あのまま石川様の側にいても、オリョウ様はきっと虚しさに襲われるだけです」


「私が、虚しさに?」


「それが恋です。だから恋は尊いのです。オリョウ様はだからこそ、あの二人に憧れを抱いたのです」


「なにを言ってるの。だいたいあなた、私のことを裏切って」


「私はっ! オリョウ様のことがずっと好きでした!」


 ユーリが涙声で叫ぶ。


「昔から、ずっと前から、出会ったときからずっと好きで、だから私はオリョウ様の側にいたくて、オリョウ様の一番近くに別の誰かがいるのが嫌で、オリョウ様のことを誰よりもお慕い申していましたから」


「ユーリ……あなた」


 泣いていたオリョウの目が見開かれる。


 はじめてユーリの本心を聞かされて、なによりもまず困惑が勝っているのだろう。


「私は、ずっと本当の気持ちを伝えるのが怖かった。でも、いまオリョウ様の一番近くにいるのは私だからって、その立場に甘えていた。私だって、オリョウ様が私のことを好きになってくれる魔法をかけたいと思ったことがあります。だって大好きだから。好きってそういう傲慢な気持ちだと思うんです」


 ユーリの告白を、俺もミライも、そしてオリョウも黙って聞きつづける。


 聖ちゃんは……お、さすがに今回は空気を読んで倒れている屈強な男どもに近づいたりはしていないな。


 でも、めちゃくちゃそわそわしているから、ユーリは屈強な男どもが意識を取り戻すまでこの告白をつづけて、真面目な空気を保ちつづけてくださいね!

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