第274話 クラーケン、くらーけん

「……あれ? でもさ、釣り竿とか釣り糸がすごいってのはわかったけど、肝心の餌はどうするんだよ」


 いくら道具が優れていたって、餌がなければ釣ることなんてできない。


 まさか、すごい道具だけ用意したけど、餌だけ忘れたってそういうオチじゃ……。


「え? 餌ならここにありますよ」


 平然と言い放った聖ちゃんは、怪訝そうに首を傾げつつ俺を見る。


「いや、ここってどこに?」


「だからここに」


「なるほど、わかりました!」


 聖ちゃんの言葉を、なぜかわからないけどミライが引き継いだ。


「聖ちゃんは誠道さんを縛って餌にしようと思っているわけですね。クラーケンも釣れますし、誠道さんは緊縛プレイも触手プレイも楽しめる。そういう作戦ですね!」


「なわけねぇだろ!」


 どうしてミライはそういう思考にしか到達できないのかなぁ。


「誠道さんの言う通りですよ。どうして私が誠道さんの興奮を手伝わなければいけないんですか?」


 聖ちゃんは少し怒ったように言う。


 ほんと、こうしてちゃんとミライのアホ思考を否定してくれる聖ちゃんは偉いなぁ。


「いやそもそも俺は興奮しないから! 聖ちゃんも間違った認識を早く訂正して!」 


「それにクラーケン側だって引きこもりの誠道さんなんかに興味を示さないですよ。うわぁ、変態ドM引きこもり男がきたぁ、って逃げ出しちゃいますよ!」


「それが本当だとしたら逆に俺すごくない!? グランダラの街だけじゃなくて、魔物界隈にも俺が引きこもりって浸透してるってことだもんね。俺がいればすべての魔物が逃げていくんだから、俺はこの世界を救う救世主だね!」


「「誠道さん」」


 ミライと聖ちゃんが可哀想なものを見る目で俺を見つめ。


「「救世主って、それはさすがに自意識過剰です」」


「なんでそこだけ息ピッタリなんだよ!」


「「引きこもりは自分自身を妄想の中だけで活躍させるのが上手ですけど、いまはちゃんと現実を見てください」」


「だから息ピッタリすぎだから! ってか餌の話だろ! 俺を餌にするつもりがないんだとしたら、どうやってクラーケンを釣るつもりなんだよ」


「あのぉ、そもそもお二方とも前提が間違っています。私はきちんと餌を用意していますよ」


 聖ちゃんが目線を釣り糸の先端に向ける。


「いや、用意してるってどこに……」


 俺も聖ちゃんの目線を追いかける。


 するとそこには小さくて見逃していたが。


「聖剣ジャンヌダルク?」


 釣り糸の先端には、小さな聖剣ジャンヌダルクが括りつけられていた。


 そういや、小型化できるってこと忘れてたなぁ。


 なるほど、聖剣ジャンヌダルクが餌なのかぁ。


「いや自分のサポートアイテムもっと大事にして!」


「そうですよ。聖剣ジャンヌダルクが可哀想です」


 ミライも言葉を被せてくる。


「いま、聖ちゃんがやっていることを誠道さんに置き換えれば、私を釣り糸で縛ってクラーケンの餌にしようとしているってことです。そんな鬼畜の所業……本当に聖剣ジャンヌダルクが可哀想です!」


「ミライそれブーメランだからな! 自分で自分の行為を鬼畜の所業って言っちゃってるから!」


 だってミライは何度も俺をクラーケンの餌にしようとしていたからね!


「なに言っているんですか! 誠道さんにとっては鬼畜の所業じゃなくて天使の施しでしょう!」


「いちゃいちゃしているところ悪いんですけど」


 俺とミライの会話に呆れたように割って入った聖ちゃんは、つづけて。


「いいですか。聖剣ジャンヌダルクを餌にすればクラーケンは確実に釣ることができます。だってクラーケンの名前の由来は『食らう剣』つまり、剣を使えば簡単に誘き寄せることができます」


 自慢げに俺たちに説いてくれる聖ちゃん。


 俺はため息をついたあと、頭を抱えて。


「この結末はただのダジャレかよ! しょうもなさすぎだろ!」


 その後、聖ちゃんが聖剣ジャンヌダルクを投擲すると、本当にクラーケンが近づいてきた。


 リールを巻いていくにつれて、どんどん俺たちの方に近づいてきて、ジャンプして飛びかかれるような距離まで来たところで。


「いまです! ナナフシとワームをぐちゃぐちゃにできなかった恨みを晴らすとき!」


 聖ちゃんが勢いよく聖剣ジャンヌダルクを海中から引き上げ、そのままキャッチ。


 大きさを元に戻してクラーケンに切りかかり。


「ナナフシもワームも本当はぐちゃぐちゃにされたかったはずなのに! あなたがいたせいで……本当に許せません! 罰として私にぐちゃぐちゃにされてください!」


 なんか殺人を正当化する極悪人のような身勝手な主張を並べつつ。


「ぶちまけろ! 【聖ぐちゃぐちゃ斬】ッ!!!」


 こうしてクラーケンは聖ちゃんによってぐちゃぐちゃにされた。


 黒い墨に塗れながら愉悦の声を漏らす幼い女帝の美しい? 姿を、俺は一生忘れないだろう。


 そして、聖ちゃんはクラーケンをぐちゃぐちゃにすることが目的だったので、ぐちゃぐちゃになったクラーケンの肉片やゲソは、イツモフさんとわけることになった。


 まあ、ぐちゃぐちゃなので、買取価格は結構値引きされたけれど、それでもかなりの額になったから、これを借金返済に充てようと思います。

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