第272話 ○○はあるんですよねぇ

「もう、誠道さんは言いわけばかり。元はと言えば誠道さんが契約書に書かれている内容を理解せずに、安易にサインなんかするからこんなことになってるんですからね。罰としてなにかいい案を出してください」


「それを借用書と聞けばなんでもかんでもサインするミライに言われたくないから! 絶対毎回全部読んでないだろ!」


 そうじゃなきゃあんなにも借金をしてしまうことの説明がつかない。


 しかし、ミライの怒りは増す一方だ。


「心外です! 私はちゃんとすべての文言に目を通した後で借用書にサインをしています! 契約なんですからしっかりとするのが当たり前ですよ! 読まないでサインなんてバカのすることです!」


「しっかりしてる人は借金をしようとしないからね! しっかりって言葉の使い方が、世間と政治家の認識の差くらい激しくズレてるから!」


「引きこもりは一般社会からズレまくった存在ですけどね!」


「しっかり全部読んだ結果借金してくるズレズレ感覚の持ち主に言われたくねぇよ! バカすぎるだろ」


「ああ! バカって言った方がバカなんです!」


「最初にバカって言ったのはミライだろうが!」


 俺とミライが非常に高度な言い争いを繰り広げていた、そのとき。


「あれ、誠道さんにミライさん。どうしてここに?」


 なぜか聖剣ジャンヌダルク……ではなく釣竿を持った聖ちゃんがやってきた。


「久しぶり、聖ちゃん。えっと、俺たちは……」


 クラーケン退治の件は金儲けのために抜け駆けしているとも取れるので、そのまま言っていいのか一瞬迷ったが、まあ、別に隠すことでもないか。


 おびき寄せる方法が思い浮かんでいないという、倒す以前の問題だし。


 一応イツモフさんに確認しようとしたが、案の定ビーチチェアの上でぐーすかぴーすか爆睡していたので、もう俺の判断でいいよね?


「クラーケンを倒しにきたんだけど、どうやってここまでおびき寄せていいかわからなくて途方に暮れてるところなんだよ。それより、聖ちゃんこそどうしてこんなとこに?」


 聞き返すと、聖ちゃんの目がきらりと輝いた。


「はい。実はとある大会がここハグワイアムのビーチで開催されると聞き、居ても立ってもいられなくなって来てみたら、クラーケンのせいで開催が危ぶまれているそうじゃないですか!」


 語気を荒らげた聖ちゃんは、クラーケンがいる沖の方をピシッと指さし、まるで死んだ親の仇を見るような目で睨みつける。


「だから私が大会の安全な開催を守るため、こうしてクラーケン討伐に来たというわけです!」


 ほぉ。


 失礼な考え方だけど、聖ちゃんってそんなにも正義感溢れるような人だったっけ?


 なにかをぐちゃぐちゃにしたいっていう自分の欲求に正直な女の子ってイメージだけど。


「……ついでにクラーケンを誰かにぐちゃぐちゃにされる前に、この私がぐちゃぐちゃにしなければ! こんな機会滅多にないですから!」


「そういうことだろう思ったよ! 俺の感動を返して!」


 やっぱり自分の目的のためじゃないか!


 クラーケンをぐちゃぐちゃにしたいという欲求に負けて、聖ちゃんの表情の方が先にぐちゃぐちゃにとろけちゃっています。


「だって、クラーケンにも睾丸はあるんですよねぇ」


「そこも本当にブレないな!」


「誠道さんにも睾丸はあるんですよねぇ」


「だから取らせるわけねぇだろ!」

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