第270話 不労所得は蜜の味
ライブの時間が迫ったという理由でホンアちゃんが帰ったあと、俺たちは途方に暮れることしかできなくなった。
「ホンアちゃんの魅力でダメなら、いったいどうやってクラーケンをおびき出せばいいんだよ」
万事休す……というほどあがいたわけではないが、本当になにも思いつかない。
海の中にいる強敵と、いったいどうやって戦えばいいんだ。
「なぁ、イツモフさん、もう作戦もないんだろ?」
俺はダメもとで別の案がないかイツモフさんに確認してみると。
「はい。その通りです。万策尽きました。忸怩たる思いです。悔しい限りです」
ビーチパラソルの下でリクライニング式のビーチチェアに寝転がり、星形のサングラスをかけ、トロピカルジュースを啜るイツモフさんにあっさりと諦められた。
「ってなに一人で優雅にくつろいでんだよ! ホンアちゃんの魅力で釣ろうなんてバカげた案しか考えてなかったイツモフさんに万策尽きたなんて言う資格はねぇよ! なんでもいいから考えろよ!」
「そのバカげた作戦に引っかかって釣られまくっていた誠道くんには言われたくないのですが」
ため息をついたイツモフさんは、ゆっくりと体を起こし、サングラスを下にずらして俺を見る。
陽光が眩しいのか、俺に呆れたのかはわからないが、わずかに目を細めた。
「そもそも、クラーケンを倒すのも、倒すための方法を考えるのも誠道くんの役割ですが?」
「は? イツモフさんが誘ってきたんだから主体的に動くのはイツモフさんで、俺たちがそれに協力する立場のはずだろ。勝手に丸投げするなよ」
イツモフさんには立場をわきまえてほしいものだ。
俺らはあくまで頼まれた側。
自発的に動く必要なんかないのだ。
「なに言ってるんですか? 私は今回戦いませんよ」
「は?」
「むしろ自分の役割を勝手に丸投げしようとしてるのは、誠道くんの方ですが」
平然とそう言い切ったイツモフさんは、またトロピカルジュースをちゅるちゅる啜り。
「動かずお金が入ってくるって素晴らしい。不労所得は蜜の味」
と満足げに呟いた。
「いやいや作戦を考えないどころか戦わないって、そんな横暴許されるとでも思ってんのかよ」
「契約」
イツモフさんが腹の奥底にズドンと響くような低い声で言う。
「しましたよね。昨日サインしましたよね」
謎の圧力に喉がひれ伏して、言葉が出てこなくなる。
契約?
サイン?
たしかに昨日そんなことがあったけど……。
「まさか、忘れたとは言わせませんよ」
サングラスを外したイツモフさんが、やれやれと首を横に振る。
気だるそうにビーチチェア横の鞄から一枚の紙を取り出し、中央辺りに書かれてある文章を人差し指でとんとんしながら。
「ここにきちんと、『甲は乙の指示に従い、クラーケンと戦わなければいけない。その報酬として討伐したクラーケンの部位は折半する』と書かれてあります」
「……は?」
「なので、わかりやすく説明すると、甲である私が戦えと言ったら乙である誠道くんは戦わないといけません。そして、その契約を破った場合の罰もこのあとに書かれてあります」
「はぁああああああ!?」
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