第260話 部屋に露天風呂があるということは

「とにかく、こんなすげぇ旅館にせっかくただで泊まれてるんだから満喫しようぜ。俺は大浴場にいってくるけど、ミライはどうする?」


 そう言いながら、部屋に置いてあったバスタオルと浴衣を持ったとき。


「え? 部屋の風呂に入らないんですか?」


 バスタオルも浴衣も落としてしまった。


 ミライの言う通り、この部屋には露天風呂がついている。


 しかも、当然のように庭に面しており、風情も楽しみながらゆったりとしたお風呂タイムを味わえる。


 頼めばお酒だって無料で用意してもらえる。


 まさにさいオブこうな待遇なのだ。


「でもさ、ほら、この風呂、丸見えだし」


「たしかにここは露天風呂ですが、外からは見えないようになっていますよ。そういう魔法を駆使して設計されていることは確認済みです」


「いや、そういうことじゃなくて」


「え? 誠道さんにはもしかして露出の趣味もあったんですか?」


「なんでそうなる!」


「だって、外から見えないことに不満を抱いているような感じですし。『この風呂、丸見えだし』と返事をしたときなんか、思い返せば顔を赤らめていました! 興奮していたんじゃないんですか?」


「違うわ! 部屋の中から丸見えだって言ったんだよ!」


 そうなのだ。


 この部屋は中から浴室が見える作りになっている。


 俗にいう、全面ガラス張りだ。


「こんな風呂、もはやラブホテルだろ! ナルシスト成金しょうもなクソださ意識高い系デザイナーズマンションという名の住みにくい部屋に住んでる俺超イケてるぜ系男しか入んねぇわ!」


「ツッコみにものすごい偏見と悪意があったような気がするのですが……」


 ミライは大仰にため息をついた後、にこりと笑う。


「でも、『せっかくこんな素敵な場所にただで泊まれてるんだから満喫しようぜ』って言ったのは誠道さんです。露天風呂、入りましょうよ」


「それはそうだけど、なんか恥ずかしいじゃん。見られるとか、それに……」 


 俺はミライの体をチラ見してしまう。


 だって、この部屋の露天風呂に入るってことは、その、ミライの裸も見ることになるって、そういう。


「なにをこんなことで恥ずかしがっているんですか。一般的に考えたら、人前で全裸になることより、引きこもりをカミングアウトしていることの方が何百倍も恥ずかしいですよ」


 ささ、早く早く、とミライに腕を取られ引っ張られる。


「いや、だから俺はいいって。ってかそんなに入りたいなら、ミライは露天風呂に入ればいいじゃん。その間、俺は大浴場にいってくるから」


「え? せっかくですし一緒に入りましょう。二人で入っても十分すぎるほどの広さですよ」


「い、ひいいい、一緒にっ?」


 衝撃発言が頭の中で反響しまくっている。


 いきなり女子に、こんなこと言われて声が上らない男子いる?


 一緒にって、あの一緒にだよね?


 それ以外にないよね?


「はい。一緒に湯船に浸かって、素敵なお庭を見てゆったりと落ち着く時間を共有しながら、お酒をくいっと飲む。至福の時間じゃないですか。今日は私も、なんだか飲みたい気分なんです」


「いや、だから、一緒って、さすがに」


「いいじゃないですか。一緒に詫び寂びな厳かを最大限感じましょうよ。楽しみましょうよ」


「完全にブーメランだぞ、その発言。それ言うやつが詫び寂びにどっぷり浸かれるわけねぇだろ。温泉だけに」


「すみません。いまの発言の詳しい解説を求めます」


「……いや、だから、詫び寂びに浸かると温泉に浸かるをかけた……もういいだろうが!」


「ものすごい汗ですよ、誠道さん。これはいますぐ近場の風呂に入って汗を流さざるを得ませんね!」


 結局、ミライの熱意に負けて、一緒に露天風呂に入ることになった。


 こここ、これはあれだからな。


 ミライが何度も言うから、折れないから、仕方なく入るんであって、べべべ、別になにも期待してないからね。


 本当だからね。

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