第245話 それでも、わたしは

 実は男です、発言に対するファンのざわざわなど気にも留めず、ホンアちゃんは話をつづける。


「この写真に写っている人は、彼氏ではなく、彼氏役です。私が彼氏役をしてくださいとお願いしました。いわば私が利用した人です。だから彼を責めないで……彼はドMなのでガンガン責めて大丈夫です!」


「おいホンアてめぇ――」


「だから誠道さん! 静かに!」


 ミライが俺の口を手で覆う。


 いや、さすがにこれは言い返したいんだけど!


「話がそれましたが、皆さん、本当に安心してください。彼はあくまで彼氏役。私が彼のことを好きというわけではなく、とある理由があって仕方なくこの人を選びました。私だって、理由がなければこんな引きこもりを彼氏にしたりはしません。選ぶ権利があります」


 口が塞がれていて言い返せないのが悔しい。


 あれれー、俺が傷つけられる展開だったかなぁ?


 まったく、ホンアちゃんは正直者だねあとでちょっと裏こいや!


「マジかぁ、よかったぁ」


「あんな引きこもりだから認められなかったってのもあるんだよなぁ」


「なぁ、完璧超人ならさすがに引き下がったけどさ、あの引きこもりはさすがになぁ」


 あと、ファンたちも露骨に安心しないで。


 彼氏が誰であってもちゃんと怒って。


「よしっ、誠道さんの悪評が浸透した証拠ですね。いままでの努力がやっと報われました」


 そしてミライはガッツポーズしないで。


 そもそもあなたはなんでそんなことをするんですか?


 俺の評判が下がると、俺と一緒にいるあなたの評判まで下がると思うんですけど?


 ……っていかいんいかん、ホンアちゃんの話に集中だ。


「私は、みなさんにアイドルの現実を突きつけたかったんです。アイドルはいつかファンを裏切る最低な人間だから。応援するだけ無駄。ファンのみんなに絶望を与えたくて。あえてスキャンダル写真を撮られるような行動をしていました。クソ引きこもり野郎を彼氏役に選んだのも、その絶望を大きくするためです」


 ホンアちゃんはそこでいったん苦しそうにせき込んだ。


 目には大粒の涙がたまっていた。


 ……ま、泣きたいのは確実に俺の方だけどね!


「だって、私は、アイドルが大嫌いだから。私のお父さんが、アイドルなんかにはまっちゃって、お金を全部つぎ込んで、家族が壊れて、だからっ! 私みたいな思いをする人を出しちゃいけない。アイドルなんかにはまっちゃいけないって、アイドルファンなんか虚しいだけだって思い知らせたくて、私はこうしてアイドルになって、みんなを裏切って、みんなにアイドルファンをやめてもらおうとしました。私はみなさんを裏切るためにアイドルになったんです」


 ありったけの感情を乗せて、叫ぶように、絞り出すように言葉を発するホンアちゃん。


 やはり彼女の表情には、声には、感情には、周囲を引きつける魅力があるのだと思う。


 ファンへの裏切り行為を話しているのに、集まったファンたちはヤジを言うことも、物を投げ散らかすこともせず、まるでそれ以外の行動を忘れてしまったみたいに、彼女から目を離さずに立ち尽くしていた。


 異様な空気が漂う中、ホンアちゃんの涙ながらの告白はつづく。


「みなさんはものの見事に私に騙されてくれました。スキャンダル写真もばらまかれて、すべては私の思い通りに進んだ。だから私がこれ以上アイドルをつづける意味は、もうないんです。…………でも!」


 ホンアちゃんが力強く言い放つ。


 その声が、その迫力が、ファンたちの体を後ろに少しのけぞらせる。


「でも私は、アイドルなんて嫌いなのに、あんたらみたいなファンのせいで、みんながこんな私を見捨てないせいで、残念ながら、アイドルが好きになってしまってて。応援してくれるみんなのせいでアイドルが大好きになってしまって、やめたくなくて、裏切ろうとしたみんなの前で踊るのが楽しくて楽しくてたまらなくて。だって本当は、私も、私のお父さんを裏切ったアイドルのこと、大好きだったから。憧れていたから」


 そうだったのか、とようやく納得がいく。


 ホンアちゃんも実はアイドルが好きだった。


 そのアイドルに裏切られて、ものすごくショックを受けた。


 でも心のどこかでアイドルに憧れる気持ちは持ちつづけていた。


 だからこそホンアちゃん自身がパパラッチになって世のアイドルの裏切りを暴くのではなく、自身がアイドルになる道を選んだのだ。


 背徳感も、家族を壊された恨みも、もちろんあるのだろうけど。


 ホンアちゃんは、ずっとずっと、アイドルになりたがっていたんだ。


「だから、みなさんに今日は、お願いしたいことがあります」


 ホンアちゃんが深々と頭を下げる。


 涙で震えている声が、ホンアちゃんの不安を如実に物語っている。


「私は本当は男で、みんなを裏切ろうとして、最低のアイドルで……だけど」


 ホンアちゃんはそこで一旦言葉を止めた。


 ゆっくりと顔を上げて、歯を食いしばって、泣きながら、必死で声を絞り出す。


「こんな私でも、まだみなさんは、応援してくれますか?」


 涙が舞台の上にぽたぽた落ちつづけている。


 ファンたちは、そんなホンアちゃんを無言でじっと見つめていて、そして。


「そんなの当然だろ!」


 一番前に陣取っていた、ピンクの法被にピンクの鉢巻き姿のキシャダ・マシィが叫んだ。


「男だからなんだってんだ! 俺たちはホンアちゃんの味方だ! 死ぬまでホンアちゃん親衛隊なんだ!」


「そうだそうだ! 男がなんだ! 性別なんて関係ない!」


 キシャダの言葉に、他のファンたちもつづく。


「俺たちはホンアちゃんというアイドルを好きになったんだ!」


「性別なんてささいなことだ!」


「むしろ男だと知った方が興奮する! はぁはぁ!」


「ホンアちゃんはいつまでも最高のアイドルだよ!」


 ファンたちの歓声を聞いて、胸が熱くなる。


 こいつら、いいやつらじゃねぇか。


 なんか一人だけ自分の性癖を暴露しただけのやつがいたが……ったく、お前ら全員ファンの鏡だよ。


「みんな……」


 ホンアちゃんの顔はもう涙でぐちゃぐちゃだ。


「本当に、こんな私を、また応援してくれるんですか?」


 その問いかけに、ファンたちは声をそろえて叫んだ。


「「「もちろんだ!」」」


 つづけて地鳴りのようなホンアちゃんコールが巻き起こる。


 この声、ブラジルまで届きそ――異世界だからブラジルはないのか。


「ありがとう! みんな! 私もみんなが大好き! みんなのために、一生アイドルでありつづけるから!」


 ホンアちゃんは満面の笑みを浮かべて、ファンたちに手を振ってこたえている。


 この尊い空間はなんだ?


 ファンとアイドル、互いが互いを認め合い、尊重し、かけがえのない存在として関わり合っていく。


 なんて素敵な――


「ふざけんなよ。このクソおかまアイドルが!」


 俺たちのいる場所から五メートルほど離れた場所、最後尾左端から非難の声が飛んだ。


「そんなクソを応援するお前らもお前らだよ。こんな裏切り者を、しかもおかまと知って応援するとか、狂ってんじゃねぇのか?」


 誰だよ、こんなクソみたいなヤジを飛ばすやつは、と声の方を見ると。


 めちゃうざ古参ファンのコジキーが、ホンアちゃんを睨みつけていた。

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