第244話 決定的なミス

 観客たちの背中からは、疑心暗鬼さが伝わってくる。


「なんか、ものすごい異様な空気が漂ってるな」


「この空気が、好意と嫌悪、どちらに振り切れるのかで、すべてが決まりますね」


「そこはもうホンアちゃんを信じるしかないよ」


「そうですね。彼女は天性のぷりちーアイドルなんですから」


 ミライがそう言い終えたところで、広場に吹き荒れていた風が止む。


 舞台の袖から、ハイヒールのかかとを一定のリズムで鳴らしながら、ホンアちゃんが歩いてくる。


「……」


「……」


「……」


 いつもなら、登場するだけでファンたちは声を張り上げ、体を揺らし、自らを熱狂の渦の一部に変えていくのだが、今日は無音。


 こつ、こつという無機質な足音だけを、みんなで共有している。


 いやがうえにも緊張という膜がみんなの上から覆いかぶさっていく。


 ――そんな異様な空気の中でも、ホンアちゃんは、みんなのアイドルは、堂々としていた。


 舞台の中央で立ち止まり、一息ついたあと、ファンの方を向く。


 その顔に笑顔はなく、ただひたすらにファンと真摯に向き合おうとする一人の人間の姿があった。


 ホンアちゃんがマイクを口に近づける。


「みなさん。今日は私のためにこうしてお集まりいただき、誠にありがとうございます」


 一切の震えのない、綺麗な声だ。


 みんながホンアちゃんの言葉のつづきを固唾を飲んで見守っている。


「そして、私のせいでみなさんを不安にさせてしまっていること、本当にごめんなさい」


 謝罪したホンアちゃんの表情に、ちょっとだけ不安の色が浮かぶ。


「これから、私は私の真実を話します。私にとって、これはものすごく怖いことです。真実を知って、みんなが離れてしまうかもしれない。だけどこれを話さないと、私はみなさんと真摯に向き合っているとはいえない。本当の意味で応援してもらえない。そう思って、私は、ぷりちーアイドルホンアちゃんをこれまで応援してくれたファンのためじゃなく、ホンアという一人の人間として、自分勝手になります」


 マイクを持っていない方の手が震えている。


 マイクを持った手を震わせていないのは、プロ根性のなせる技だろう。


「みなさん。私は……みなさんが応援してくれたぷりちーアイドルホンアちゃんは、実は……男です」


 その瞬間、ざわざわという不気味な波が広がっていった。


 ファン同士、顔を見合わせているが、具体的な言葉を発せるものはいない。


 驚きが先行している人間なんてこんなものなのだろうか。


「その証拠に、いまからスカートを捲ってあれを見せることはできますが、はしたないのでやめておきます」


「よかったですね、アレが砂場の山レベルの誠道さん。ホンアちゃんから現実を突きつけられなくて」


「ミライから現実を突きつけられてるんですが? ――いやだから現実じゃないし富士山級だって言ってるだろ」


「ホンアちゃんが話してます。静かに」


 口に人差し指を押し当てるミライ。


 なんか納得いかないが、まあ、俺が騒いでホンアちゃんの覚悟を邪魔するわけにはいかない。


「そして、みなさんが一番気になっているであろう、この街にばら撒かれた写真についてです」


 ファンたちがざわざわしはじめる。


 俺は彼らの声に耳を傾けてみた。


「いや、実は男って発言が衝撃的すぎて、なんか写真がどうでもよくなってるんだけど」


「もう一番気になってるのは、男発言だよな」


 ……うん。


 俺も薄々そう思ったけどさ。


 ホンアちゃん、絶対話す順番間違えただろ。

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